■ Beyblade ■
長話 ■

 天井の高い空間。空気の居場所が多いと、それだけ室温が温まるのに時間が必要になるというのに、なぜここはそんな不経済な造りになっているのだろう。暖を取るためのエネルギーは何を使っていたか。くだらないことを頭の隅に置きつつ、移り変わる画面を見る。
 多くの書棚が立ち並ぶ、ここはドアノブを押した瞬間にわかる、図書室。伝統的な建物の中。時代が、この場所だけ造られた当初のままの姿を留めている書物の住処。いや、墓場か。訪れる者は指折り数えても十指に満たない。存在を知られていない、のが最たる理由か。許された者はごくわずか。唯一日の差し込む場所で画面に向かいつつ、腰掛けにふんぞり返る。両の二の腕は胸の前で強固に組まれ、解ける気配もない。噤まれた口。存在感を示す眉も心持ち沈んでいる。目線は、ブラウン管の中に描かれる死んだような色彩を追っているようで、どこか集中力に欠くものだった。
 陽の光にはまだ熱と呼べるほどの温かさはない。それでも校外に積もった水色の物体を反射して通常の倍の光量を放つ。だが、熱くはない。眩しいだけの悪あがき。彼らにはなんの力もない。可視光線以外、さながら最後の力を振り絞っているかのような、ささやかな熱線しか。
 ああ、そういえば”紫”だけは殊の外強いのだったか。
 鈍く、重く。逆立つものが無理に擦られる音がして、入口が開かれたことを脳内に告げる。コツコツと規則的で一抹の狂いも生じないリズムが近くの絨毯を踏んで消滅する。視線を流さずとも知れる、もう一つの気配を従えた氷の正体。
 無視されていることを気にも留めず、来訪者は個別に板で仕切られた隣の机に腰掛ける。隣と同一の四角い箱を背もたれにし、器用に卓の端に片足だけ踵を引っ掛け、折った膝の上にその白い顎を乗せる。放り出されたもう一方の足元には、大柄な動物が肢体を丸めた。
 風も立たない。空気の波すら感じない、動作。
「脱走者No.E2038-z369が銃殺されたそうだ」
 興味のないことに相槌を打つ者もない。
 言わせたまま。音を拾う耳に任せる。
「見せしめという名目で、邪魔になった者たちを奴らは掃除しているらしい」
 やりそうなことだ、と。唇だけがかすかに動く。見逃さず、次が続く。
「いずれオレたち以外誰もいなくなるだろう」
 言葉には発した単語以上の重みはない。現実に”二人”きりにされたとしても、彼らには実害と思しきものは何一つ挙げられなかったからだ。
 顔を知っていても話したことがなければただの偶像。温かい血潮を皮の裏に宿しただけの塊か、張りぼてか何かが行き交うだけに見える世界。深い意味など、取り巻く環境には存在せず、ただ身の内と対するものにある。顔を突き合わせる、限られた名称という形で認識している”物体”にのみ意識は動くから。

「そのうち、オレたちもいなくなるかもな」
 画面で繰り広げられる硬質な人形たちの、どこかで見聞きしたことがあるようなおとぎばなしから目をそらさず、椅子に座す者は口を開いた。頬に引かれた、鮮やかな色彩が表面にインパクトをつける。
 投げかけられたわけでもない行き先不透明のボールを、拾った側が硬直したままの口端にようやく感情らしき起伏を宿して声を発する。
「それはないだろう」
 有無を言わさぬ断言。根拠は独断。だからこそこんなにも力強い。
「オレたちのどちらか一方がそうなっても、二人一緒にいなくなることはない」
 意味深な答えは、真意を如実に相手に伝え。伝達された者はただ黙した。
 対する者たちは切磋琢磨し合うのではなく、殺ぎ落とされる運命にある、と。
 否定の行動を導く指令は、脳の中枢からは発信されない。及ぼされた相手の意思という言葉の前に、彼らが見知るあの男ならそうするだろうと承服を促すだけの思考がどこからか生まれ。まるで呼び水のように、身体全体にそれが行き渡るのを傍観するだけだった。
 そのとおり、と自我が認めた瞬間。
「だが」
 接続詞は二つの口から同時に飛び出す。
 同じ口調。同じ呼吸。同じ文法、発音。ためらい。
「オレはおまえを傷つけない」

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