■ Beyblade ■
長話 ■

「理由は」
 驚くほど冷静な応答だった。
 聞き返されるかと思っていたのに、至極落ちついた声音が返った。
 緊迫した雰囲気はある。だがそれは畏れによるものではない。
 ”闘い”を持ち出されて身構えるというよりは、これも一つの鍛練だと思っているのだろう。先ほど館の前の広場で修行に励んでいた大勢の子どもらのように、自分にも相応の修練の場が必要だと自覚している顔。妙に落ちついた風貌から読み取れるのは、端から殺し合いとは思っていない佇まいだ。無論、自身もそのつもりはなかったが、言わなくても熟知しているらしい相手は楽だった。
 そう。その意味で言えば、貴様は本当に”理解者”だ。
 腹に据えかねる現実だったとしても、カイは自分でも驚くほど素直に、李を認めた。
 わかっている。
 理解するのではなく、頭からおのれの存在を”見留めて”いたと評した方が無難か。
 きっと、李でなければそんな真似はできなかっただろうと思わされる。本能で持って事の真実を捉えることのできる相手が、自分より上手だと降参するのではない。ただ、こちらもまるで呼応するように相手を”見た”。見ていた。
 発言の内容も行動も、意味がわからないと思考の中では答えを出しながら、実際細胞という無心に近いレベルでは、適確に意思を掴みとっていたのかもしれない。
 言葉にしなくても、伝わる。
 否、わかりきっている。
 こんな、悔しいとさえ思える感慨を呼び起こしたのは、これで二人目だ。
 見開き見据える目の裏の奥には、青い影がある。

 『近しい』人間というのは、そう頻繁にいるものなのだろうか。
 考えてみれば、そんな奴らがもし大勢いるような世の中なら、確かにやりやすいだろう。人との間で起こる摩擦や苦悶などは些細なもので、衝突の一つ一つが意義あるものだ。互いに研磨し合い、醜さも優美も認め合う。生きやすい世の中だろう。
 自身の腹の内を何人もの人間に容易く見透かされるのは面白くないが、恐らく”難しい”世界ではない。自分という者であっても足掻くことなく存在できる。信ずるものが、誰しも同じ役割を担ったものでありさえすれば。
「勝負に理由が必要か?」
 答える代わりに問う。
 相手はひとりごちた。考えを巡らせるように開いた口を噤む。
「いいや」
 そして出たのはごく普通の声。
「カイがそうしたいのなら俺は構わない」
 ふと語尾を言い終えてからその頬に笑みが浮かぶ。微細なものだったが、凝視し続けていれば変化に気づいたことだろう。李は笑った。それこそ、自分も望んでいたと主張するように。目元の微笑が深いことから、心の底から感じているのだということが知れる。
 おかしな奴。
 気に入らない、とさえ思う。
 何でも知って、なんでもわかって。自らのことを疑問に思うこともないのだろう。おのれだけではない。他の存在に対しても同様の気概でいるつもりだ。いや、”いる”だろう。
 それだけの確証がある。裏打ちする、絶対的信念。心の形。
 見上げた奴、と思う。
 今まで勝負を挑まれて逃げ腰にならなかった奴などいない。組織の中で名が知れていたがために、目の前に立てば誰しも面を引きつらせた。叩きのめされることを知っているから、眼前に立たれたことを我が身の不幸と嘆いたものだった。つまらなかった。そんな、自分で自分の”先”を決め付けてしまう者など、賢くはなく愚かだ。できないとわかっていても、立ち向かう勇気こそ弱者にはなくてはならないものだろうに。そう思うのは、弱小にはそれこそが最後の砦だろうと、強者の視点から許諾しているからかもしれない。同等のレベルの者であれば、賢明でない判断は嘲笑いの種にしかならないが。
「異論がなければさっさと始めるぞ」
 時間がない。
 心の中で呟く。
 ほとんど直感と言って良い。何かが差し迫っている。自分たちに残された時間は、恐らくもうわずかしかない。
 ああ、と端的な応答が返り、足を肩幅より大きめに開く姿が映る。土の上を滑った靴先から、黄色い土埃が上がる。上体は、すでに均整の取れた構えに入っている。重心を体の中心部から下に据え、その様は安定感を欠くことはない。武術の類いを修得しているだろう憶測は、相手の身のこなしからも予期していたが、実力が如何ほどまでに及ぶかはカイにも知らない次元の話だった。尤も、事前に聞いていればご丁寧に教えてくれただろうということは簡単に想像できる。情報も感情も惜しみなく与え、決して奪うことも故意に真意を探ることもしない。
 カイにとってはまさに、自分が体現する”誇り高さ”だった。自分と同じ、高潔な意思を持った魂。言い過ぎれば買い被りに終わるだろうが、あながち間違ってはいないという自信もある。それが、どこから来るものかは知らない。同時に、知らなくてもいいと感ずる。理屈は不要。蛇足だ。
「手加減はしない」
 常に真剣勝負をモットーとしているのか、それとも抑制が利かないのか。それにしては落ちついた声が耳に届いた。低く。不機嫌かとさえ思える低音で。
「それはこっちの台詞だ」
 悠然と返す。李は、かすかに笑ったようだ。
 互いの身に潜むのは、力をつなぎ合わせることへの愉悦か。

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