■ Beyblade ■

雑文 ■

 心地よい睡魔が襲ってくる。
 ロシアチームとの第1戦を追えた後の寝室。疲れた体を横たえ、カイは静かに目を閉じた。無様に敗退しておきながら、気分が良い。末期という感じだ。BBA仲良し病の。
 そこへ侵入者発見。申し訳ない感じでコンコンとノック。寝ている相手に入室許可を求めるのはおかしなものだが顔を覗かせたのは言わずと知れた金李。ベッドの上に横臥する目的の人物を見定め、忍び足で接近してきた。
 何か事件の予感。実況は、わたくしキョウジュがお送りします。
「カイ、もう寝たか?」
 表情を窺うように前にかがんで肩口から覗く。目を瞑ったまま応答なし。それでも引き下がらない。しつこい男は嫌われますよ。
「ベイの練習相手をしてほしいんだが」
 ためらいがちながら言うことは結構身勝手。ドランザーを駆使しまくってへとへと脱力ばったんきゅ〜の相手に要求することではないでしょう。
「木ノ宮としろ」
 それでも瞑目したままの相手から応答あり。愛の為せる技ですか?困った顔をして、それでも再度頼み込む。どうしても部屋から連れ出したいらしい。その魂胆は。
「カイ、生きているか!?」
 どたどたと足音がして遠慮会釈もなく扉を開け放ったのはジョニ〜・マクレガー。英国のお貴族様。あの、ここは一応部外者立ち入り禁止のはずですが。
「…うるさい」
 胡乱そうな目つきで、とうとう眠れる獅子、ならぬ部屋の主が起きあがる。かくしてわたしが名づけた『カイと愉快なセクハラメイツ(略してKYS)』に周囲を囲まれることになったカイ。構成メンバーの中には無論わたしも入っているというのは公然の秘密です。
「見事な惨敗だったからな。落ちこんでいると思って励ましに来てやったぞ」
 快活に笑う。嫌味そっちのけで地で言っているらしい。本人を目の前にして、落胆していると明言するっぷりにはお偉方の気位が見えるよう。カイにしては別段腹を立てる部類には入らなかったらしい。大方レイの気遣いも察しているようで、仮眠を妨げた責任については追及しない。
「余計な世話だ。きさまらそんなに暇なのか」
「ああ」
「いや」
 率直に返る返事と濁す返答。前者口元に笑み。後者眉への字。
「そんなにバトルがしたけりゃおまえらでやれ。勝った方の相手をしてやる」
 面倒くさそうにもう一度肘を枕につく。さながらローマ皇帝気分。なるほど。下した采配は両成敗、ならぬどっか行け大作戦というわけですね。さすがカイ。伊達にボーグで育っていません。しかもレイの特訓にもなるというまさに一石二鳥。その間、自分は遠慮なく惰眠をむさぼるというわけですね。しかしこの場合、マクレガー卿に益はあるのでしょうか?
「いいだろう」
「わかった」
 了解を取り付けて、さっさと出て行けとシーツを掛けなおしながら追い払う。善意から出た言葉ではないというのに、残された二人の目は爛々。
「明日が試合だとしても、手加減はしないからな」
 自信満満。宣戦布告。
「そっちこそ、楽しい観光旅行が露と消えなければいいがな」
 笑う角には刺がある。というか、すでに戦闘モード。
 バチバチと静電気をうならせて(ケガします)部屋を出て行く二人を背中で見送り、カイは横たえた体ごとベッドに沈んで寝息を立て始める。かわいいので(鬼の形相どこへやら)記念に1枚撮っておきましょう。あとであの二人に見せびらかすのも手です。カイ、ひとまずおやすみなさいです。ベイバトルがわたしを呼んでいます。

 決着。
 ぜえはあと息も整わないちょっとの時間で、やつれ放題のドライガーの持ち主。他方、意気揚々余裕綽綽の貴公子。これだけ見ていれば、どちらが勝者か間違えられても文句は言えない。
「これでわかったか。俺の方がカイのことが好きなんだ」
 レイ、あなたはやっぱりどこかおかしいです。
「わけのわからない煩悩と一緒にされては迷惑だ」
 ジョニ〜としては誇り高い正統な戦いとして一戦交えたというのに、相手がまったく埒もあかないことで白熱していたことにいささか不愉快を隠せない。
「ボクのサラマリオンが穢れる」
 言いきりましたよ、お貴族様。
「なんとでも言え、俺は退く気はない」
 目の前にカイという褒美をちらつかされて、どんな手を使ってでも負けたくないと思うのが実直冷静(?)なレイ。一方、カイとお近づきになりたくないわけはないマクレガー当主にとっては、褒美が何であろうがバトルはバトル。そこに余念はない。つまり、綺麗事だけでは現実の勝利は掴めないといったところか。彼にしてみればそんな勝ちなど真の勝利とは程遠いものだろうが。
「理解しがたいが、それも一つの理念というやつか」
 軽く肩を竦めて戦いを終えたサラマリオンをポケットにしまう。泥をすするような真似をしてまで手に入れたいと思えないのがあなた方の甘いところですよ、とわたしは分析しますが如何でしょう。過ぎたるプライドは幸せから遠ざけると世の有識学者も言ったとか言わなかったとか。
「まあいい。カイの相手は君だ。…今回は」
 鼻で笑う様には次回はそうはいかないと暗に予告ひしひし。本人そっちのけでライバル心をメラメラ燃やし、本日はこれにてお開き。ジョニ〜は敗者にあるまじき横柄な態度でBBAが泊まるホテルを後にした。というか、同じホテルだったはずですが。どこかで涙の酒にでも溺れるのでしょうか。想像難し。
 ほっとした金李は一転。試合会場を出て行く足で、カイの部屋へ向かった。

 ノック数回。
 そっと覗いた内部は薄暗く、夕刻の闇が包んでいた。ベッドに盛りあがりがあることから、寝室を占拠している人物がまだ夢のしじまの中であることを告げていた。
「きさまが勝ったのか」
 近付こうとする気配を察せられて、声を掛けるタイミングを誤った。先に発声を受け、こくんと頷く。なんとなくおどおどとしているのはやはりカイの体力を案じてのことだろう。相手が万全でないのなら、ごり押しは悪。レイ、出来てます。
「約束だ。きさまの相手をしてやる」
 全身を包んでいたシーツを剥ぎとって寝台から降りようとする。無意識に手が制した。やはりいい、と。
 突然の辞退に怪訝な目がむけられる。寝起きらしいがすでに覚醒者のもの。
「おまえに無理はさせたくない」
 自分が言い出したことを素直に詫び、足を下ろそうとするのを止めた。思考に一貫性のない奴、とあきれたのか、カイはそのまま口を噤む。分析するわたしから言わせれば、カイのため、がいつでもレイの中では大いなる思念の中枢に位置しているような、そうでないような。
「だったら出て行け」
 休むのに邪魔だとの発言。聞くだけ聞いていると暴君暴君。
「ああ、ゆっくり休んでくれ」
 素直に退出しようとするあなたも駄目駄目です。もっとこう、愛のアプローチをせずして、何が日本男児なのですか。(違)
 再び体を横抱きするようにシーツにくるまった肢体へ、一歩。床は柔毛がしきつめられて音はしない。そっと屈み、枕もとの頭に鼻先を近づける。
 微弱な音がして数秒、鼻で笑う声。
 レイが、して、カイが、した。
 つ、ついに恋人たちの濡れ場を見学してしまいました〜〜〜。
 わたくしキョウジュ、どきどきも〜ど。
 今夜無事に眠れるのかわかりませんっ(笑)。
 ともかくレイ、アディオス。じゃなかった、明日の試合頑張ってください〜〜。
 カ、カイのために…じゃない、わたしたちBBAチームのために!
 わたしの青春ファイルがまた一つ、ピンク色のページで埋まりましたよ…。
 サンクス、レイ(笑)。

 レイが去った後、わたしが部屋にいたことを後でカイに問い詰められたということが、ロシアホテル幽霊事件として後世広く語り継がれたというのは、また別のお話です…。

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