■ Beyblade ■

雑文 ■

「カイは何をしたい?」
 脈絡皆無。その場の一言だけでどう解釈せよと言うのか。いや、理解せよと端から考えていないのかもしれない。だとしたら、沸くのは怒り。
「なにも」
 ぶつんと言葉を切ってやる。不平を垂れ流すにはプライドが邪魔をするし、わざわざ事を聞き返そうとも思わない。奴らの会話に聞き耳を立てるような酔狂な性格もしていなければ、それが無礼にあたることも承知していたから。建前はどうあれ、本音はいちいち構っていられるか、が純粋な理由。
 相手が仏頂面のまま眉一つ動かさないのをどう取ったのか、覆い被さる台詞は複数あった。
「カイ、チームワークだぜ」
「いえ、それよりもっと真ん中に来たらどうです」
「遠くじゃ聞こえないネ」
「うるさい」
 一遍にまくしたてるな。そう一喝して数秒。
「やはり子どもっぽすぎるか」
 当初の問いを投げかけた者の台詞。ははは、とはにかむ。何がやはりだ。知ったかぶった顔をするな。
「ガキの戯れ事には興味がないだけだ…おまえらで勝手にやれ」
 音ならぬ音をたて、白い布が舞う。どうして彼らと同じ部屋にいたのかと一抹の後悔を抱えつつ、情け容赦なくドアを開け放ち、閉めた。自らの機嫌を悟られるような態度に出るのは大人気ないとわかっていながら、閉めた扉は大きく鳴った。それに、ち、と舌打ちする。論議と喚き合いを勘違いしている奴らと時間をともにするだけ馬鹿を見る。大体テーマは季節時候。イベントなど自分にとっては取りたててありがたいものでもない。めでたくもない。お気楽な連中だけが酔えばいい。最初からお門違いなのだ。
 追ってほしくないと思うときに限って、余計な者がついてくる。正確には金魚のフンもどきなど、いつ何時だろうと欲しくはないのだが。
「何の用だ」
 言い慣れた台詞。飽きもせず繰り返す。受ける側も然り。
「抜けてきた。騒々しいのはあまり好きじゃないからな」
 方便だ。単に欲求が先に立っただけだろう。どんな、と問われて答えるつもりはないが。
「牙族自慢の舞劇を見せるんじゃなかったのか」
 中国チームから耳にしたことがある。時節の政の度に、披露する芸があると。京劇のアクションと似たその舞いは、かなり高度でリズムも良く、音楽も歌もない、無音の舞芸なのだそうだ。村の中で行われることであるために滅多に人の目には触れない。腕前を自慢できるいい機会じゃないかとほのめかす。
「俺は来年の春節にその役を任されてるんだ。それまでは見せる気はない」
 牙族の放蕩児。一族の住処を出ているからといって逃げ回っていたのがとうとう年貢の納め時で捕まったらしい。新年を迎える旧正月の祝いに棒技を披露するよう仰せつかったそうだ。名誉なことではあるだろうが、諸国修行の旅が終わらぬうちに頼まれたことが釈然としないらしい。一人前になってからがレイの希望だったのだが、そこまでのレベルを期待されてはいないらしく、それがあまり乗り気でない理由のようだ。
「もったいぶるような代物か」
 む、とレイの口がひしゃげた。
「一朝一夕でマスターできるものじゃない。一つ間違えば大怪我をする」
 連続する回転と、地面に足を一秒と付けていられない連続的な動作は誤れば骨折は愚か一生不随になることもある。武人の言だが、何をするにも心するのは当然の信条だと。
「大体隠し芸なんぞ、そこらへんの年寄りがやることだろうが」
 チームの話し合いの内容を回想して吐き出す。一応、聞き耳ではなかったが聞くだけの参加はしていたようだ。BBAの離島のようでも、端くれということだろう。
「タカオたちらしいじゃないか」
 フォローは苦笑いを若干含んでいた。恐らく多芸に秀でているらしい祖父の手ほどきもあり、いらぬ技を色々と身に付けていそうではある。BBAきってのムードメーカーは。
「とにかく俺は不参加だ。木ノ宮たちにそう伝えておけ」
 区切りをつけて立ち去ろうとする腕を引きとめる。力強く、容易には払えない。
「俺もカイと不参加だ」
「だったら俺は参加する」
「なら俺も参加だ」
「ふざけるな」
 気づけば叫んでいた。張り上げた声は掠れていたが、威圧は充分にある。
「人の真似をするのが趣味か。貴様は」
 蔑視のまま真上から見下ろす。怒り心頭。押し問答は得意ではない。
「わからないか?」
 わかりたくもない。
「俺はカイと一緒にいたいんだ」
 勝手にしろ、と。
 気を抜いていたらそのままずるずるといつもどおりなオチまで持って行かれそうだった。融通の利かない奴、というか、意のままにならない奴。興るのは憤りと苛立ち。後者は自身に向けられる。
「貴様とよろしくやるつもりはない」
 きっぱりと言いきる。仲良く時間を過ごすなど、群れる習性の女じゃあるまいし御免だというか、ポリシーに反する。時とは自身のためにあるのだから、それを侵すことは誰にも出来ない、と。
 言われて顔面に朱を上らせたのはレイ。ぱくぱくと唇が開閉し、しどろもどろに言葉をつなぐ。
「お、俺はそこまで要求しているわけじゃ」
 どこ。そこってのは、どこのことだ。
 それ以前に、『よろしく』に他の意味があることを知っていること自体に問題がある。どういう教育を受けている。何か意思疎通というものがない。いや、あるのだとしたらこんな不毛な会話が成立するはずがない。苛苛していると、頭のどこかが痛みを訴えてくるようだった。そうして根を上げる自分がいる。
「好きにしろ」
 捨て台詞を、承諾もなしに勝手に拾われる。
「好きにする」
 本当にいけ好かない奴。
 払えない腕が、なおのこと疎ましかった。

 BBAの忘年会は、外国チームを交えてぎやかなものになったらしい。
 ただ、その途中姿をくらましたのが数名。
 別の部屋で賞品を賭けてのバトルがあったのだそうだ。
 無論、その戦利品は切れかける理性と葛藤しつつ成り行きを見守っていたらしいが。
 必ず煙に巻いてやる、と果たせそうになさそうな野望を胸に抱いて。

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