雑文 ■
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「ねこは好きか?」 昼間、誰もいなければ窓辺の近くの椅子でうたた寝に興じたい時間。不意の訪問者。詰問されるのは好きじゃない。どうせそこには導きたい方向性があるから。下手に出る奴特有の胡散臭い芝居。日本の家で周囲にいた連中と同じ”おべっか”を使ってくる男。目に付く。ためらいがちに見上げてくる視線。 「毛がつくから嫌いだ」 返答に道行きを阻まれて苦虫を噛み潰した顔。何か続けるネタにしたかったのだろうが、そうは行くか。 「じゃあ、大型動物は好きか?」 何を企んでいる。無表情を気取りながら内心怪しむ。占領したかったホテルの一室の小さなテーブルの前。向かえに腰かけた来訪者とのにらみ合いは続く。 「でかい図体は邪魔なだけだ」 そうか、と今度は目線を外に逸らして応対。会話の成立しない、一方的に打ちきられる話の流れに困ったような笑みを浮かべる。困窮しても良いだろうに笑えるというのは余裕の現れか。それとも、これが遊戯だとでも。 窓から天気が一段落した眼下の景色を眺める。見えるものに意味があるのかとつられてずれる。瞳だけ、横に。 「それなら虎は嫌い、か」 呟きが洩れる。言い聞かせるためのものじゃない。思考のついで。自嘲とも取れる。 「乱暴者で大酒呑みの代名詞」 腹に一物あって、態度がでかく、意のままにならない。 勇猛との賛美もあるが、例えられるどれもがそう良いものばかりではない。その生き物が表すものはどれもいかつい。図太くて、半分馬鹿にしたような響きすらある。手に負えない人物がそれによくなぞらえられる。 「ひどいことを」 言うな、と咎めるような語尾はなかった。たしなめるような苦笑い。 にやにやしやがって。 鼻につく口もとの歪みが気に食わない。意思に倣ってとうとう眉間に皺が寄る。眼は細められ、いかめしい顔つきに。 「何が目的だ」 隠し持っているそちらの用件。読み取れないから尋ねる。周りにいた連中の多くはここまで苛立たせはしなかった。反抗を誘発されたことがあっても、理由がわかっていた。なのにこいつは。 「自分探求、かもな」 明らかだった口元の笑みがわずかに治まる。まだ笑っているのだが、恐らく地顔だ。普段からよく表情豊かな奴(何がおかしいのかわからんが笑っている奴)というのは、気分がへこまない限りこの調子だ。いい顔、と俗に評すのかもしれない。 「こんなものがか」 端的な問答。一方的な質問攻め。半ば意地になって否定している節もありそうな答えの応酬。自己探求というなら、もっとそれに見合った方法ややり方があるだろう。学問として知識のある自分には、到底理解できない珍答。 正気を疑う。 「そうだ」 してやったり、と満足そうな双眸の隙間。瞼が心持ち下がり、顎が上向く。わずかだが見下ろす態度に憮然とした。稚拙な怒りなど当に治まっている。 「俺を巻きこむ意味がわからん」 「カイじゃなきゃ意味がない」 膝の上に肘をかけ、掌に頭部を乗せる。今度は顔ごと横に逸れた。拓けた風景は夕付きはじめている。 「で、何かわかったのか」 馬鹿馬鹿しさに投げやりな問い。返答などすでに期待してない。喉で笑う声。思い出し笑いか、傍目からは無様この上ない。礼儀に悖る。 「ああ、よくわかった」 それはよかった、と無意味な話題に終止符を打とうと台詞を投げる直前。視線を戻さないまま、言い聞かせる相手を定めずぽつりと本音が洩れた。 「カイの一答ごとに弁解する自分がおかしくて」 取られる態度そのものにまでそうじゃないんだとつぶさに誤解を解こうとする自身がいると。行動にいちいちフォローを考えていたらひっきりなしだ。通常の生活では不必要な動作。心理的動揺。まともな思考回路の者なら1週間も続ければダウンだ。それだけ無駄な労力(ゆえに必要性がない)。 自分がさせた一挙手一動に、食いついてしまいたいと思わされるのはどうしてだろう、と。レイはただひとりごちる。言われる意味が解せず、黙す。 不愉快にさせるつもりはないのだと。不快を興させてすまないと。拝み倒して、わかってほしい。 これらの行いは、ただひとつのことに起因していると。 冷静。分析。衝動。抑制。自制と、興奮。 わだかまり、渦を巻き、放出を望むもろもろの、そしてそれを留めんと働く理性。どのようにつながっているか、作用し反作用しているのか。見極めて沸くのは、どうにもならない自身に対する愛着。 確認で、相乗。 より深く覚えるのは覚悟。 「暇な奴だな」 探求とやらの題材にされていたらしいことに隠さず不興を示す。それも、予期していた範囲だとほざく。ああ、だから。 「今度からは頭を使ってカイを口説く」 陳腐で埒も飽かない質問ではなくて。相手にもっとわかってもらえるように。 投げかける石によって起こる形を異にする波形の紋。 目にすることができるたび、楽しくて嬉しくて、困惑して。 その原因は内にある。 それをより深く味わいたいがために取る仕業。 その、どれもこれも、向かう先はひとつ。 自分の中で育つ思い。 |
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