■ Beyblade ■

雑文 ■

 再会早々、新型ベイを使いこなせるかどうかでチームは大もめ。
 絶対今日中に操作をマスターしてやると意気込む者あり、さっさと家屋に引きこむ者あり。挙句の果てには、縁側で昼寝に勤しむ者も出る始末。
 一応良識を備えているマックス、キョウジュ、ヒロミの三人だけは、操作を逐一収録していたデータから何かポイントとなるコツを掴めないかと画面を注視中。小さなディスプレイの周りに三人も密集していればそれだけうざったいだろうに、と襖の奥に隠れる瞬間、カイは思った。
 新型ベイは荒馬同様、数回のチャレンジではものにならなかった。手に馴染まないというのだろうか、勝手が違ってやりにくい。今までずっと側にいて、誰よりも『わかって』いるはずだったのに、その事実がやけに口惜しかった。
 とはいえ、ドランザーを手放したのは自分だ。あまつさえ、よく知りもしない人間に使われたことすらある。それほどこだわりはしなかったが、主である自分自身の管理が行き届いていなかったことを、改めて痛感させる材料でしかなかった。いや、むしろ『封印』とは名ばかりで、単に失望していたのかもしれない。ベイを操る、自分自身に。

 敵がいなければ戦えない。
 仲間がいなければ競い合えない。
 一人、名門校の寄宿舎に押し込められた自分には、望みのない境遇が目の前に佇んでいるだけだった。そこで抵抗することも、壁を押しやろうという気持ちすらなく、恨めしそうに、卑屈な眼で城壁を見上げていただけだ。無感動無関心の正体を暴くことなど容易い。要は、気力が萎えただけだ。それを周囲のせいにしていた。燃え立たせるものが何もない、と、自らの手で道を切り開くことを諦めて。
 自身を棚に上げて、か。
 自嘲に思わず頬が歪んだ。
 精神的困窮、逼迫によっていつのまにか巻きこまれる『スランプ』という奴に囚われていたのかと思うと、情けなくすらある。だが、もうこれ以上は考えまい。今は、少なくとも籠に閉じ込められた身分ではない。たとえこの現状も彼らにどこかからか監視されたものであっても。
 そんなのは奴らの勝手。気にするものか。
 ご苦労なことだと思いながら、ベイの整備を始めた。


 セッティングに手を加えては外に出てシューターから放ち、様子を探る。
 その間にもうまく行かないことに腹を立て、余計な疲労を増して横たわるチームメイトや、今だ惰眠を貪って身動きすらしない者もいた。その忙しない時間に終止符を打ったのが、道場兼家の主の声。
「そろそろ昼ご飯にするが、どうかのう?」
 にこにこと上機嫌でかけられた声は、少年たちを素通りして紅一点の少女に向けられた。はい、と大きな返答が返り、老人の顔の皺をまたひとつ深くさせる。そうかそうか、と満面に喜びの表情を称えつつ、木ノ宮家現当主は再び奥に消えて行った。
「おっしゃ〜。腹ごしらえしてからまた考えるか〜」
 騒ぎ疲れて畳みに突っ伏していた上体を起こし、大きく全身を伸ばす。たった数時間のことなのに、大仰なことだ。
「タカオは何か考えて、ベイを動かしていたのかい?」
 暗にとてもそうは見えなかったとの揶揄がある。マックスはカラカラと笑いながら横を通りすぎた。言われた意味を解すまで数秒を要し、遅れて怒声が金髪の少年の背を追いかける。
 何をやっているのだか、と呟きつつ彼らのあとを眼鏡の少年と少女が従う。どん尻は常に自分だ。動作が遅い、のではなく、先立って行動を起こす質ではないからだ。隊列を組んだとき、後方には最強の軍を配置するのが兵法の決め事。後ろからなら前方にいる隊のすべてを網羅し、彼らを援護することもできるからだ。また敗走するときも、敵の追っ手をかわすために最後尾には最も強い軍勢を配するのが上策。これは人間の知恵ではなく、群れる習性の動物によく見られるものだ。何らかの迷信があってのことではなく、必然的理由によるところが大きい。
 とはいえ、一番乗りが好きらしい木ノ宮なるチームメイトを気遣っての所業と言えなくもない。BBAのムードメーカーでもあるタカオがいなければ、自分がチームの行動の先陣を切らなければならないかもしれない。その点では、少々口やかましい少年の存在もありがたいと思えてくる。口を噤んでいても眼につくらしい自分が、わざわざ目立った行動を取らずに済むのだと思えば。
 物珍しいとか、周りの奴らとは極端に毛色が違うとか。
 いい加減かつ独善的な理由で、よく難癖をつけられることが多かったが、それに関して何も思うところはない。ちょっかいをかけようとするのはそちらの勝手だし、目の前をちらちらと蝿がたかってきているだけだと思えば気にもならない。無論、数が数ならば鬱陶しい以外のなにものでもなくなるが、大抵は無視と無言の威圧であしらえる。それらを乗り越えてこちらと接点を持ちたいという奴らは稀だが、多い。今のガキには慎みがないのかと疑うところまでは行かないが、面倒な奴らも確かに少なくない。延々視界に入れず思考から爪弾きにしていれば、激昂ないし愛想を尽かして離れて行くが、時にはそれすら超越したような大物に出会うことがある。
 大器の人物など世の中には結構いるものだと、自身の身を差し引いても自覚してはいるが、興味の対象として要求されれば話は別だ。
 こちらは何の感慨も沸かないと跳ね除けても、容赦がない。
 食いこんで、捕まえて、そして堂々と居座る。手に負えない環境廃棄物の類いだ。そんな奴らが”居場所”を要求することは、それらを不法投棄されたに近い。即刻撤去するよう命じるし、長居されでもしたら厄介なことこの上ない。
 現在、措置を取り続けたにも関わらず、その粗大ゴミの最たるものが約2名。
 一人は意思の疎通皆無ということで諦めにも似た感があるが、もう一方は。
「俺たちも行こう」
 背後から、いつ覚醒したのかもしれない人物が肩を叩く。
 それこそ、当然とばかりの仕草。まったく遠慮がない。まるで声をかけるのを待ち構えていたような口振り。先ほどまでぴくりとも動かず、横臥していたくせに。ざんばらに伸ばした髪に寝癖すら残さず、整然とした佇まいがさらに気に食わないものとして目に映る。
「昼飯、食うだろ?」
 返答が返らないことに不思議を感じ、再度尋ねる。
 言いたいことならある。どうせ飯の文字を聞きつけて、大好きな昼寝から目を覚ましたのだろう。ちらりと蔑視を送れば、さらに縦に裂けたような金眼が見開かれる。
「腹の調子でも良くないのか、カイ」
 案じ気味の様子。腹が立つ。
「貴様の分まで食べられるほど調子はいい」
 心なしか苛立ちを含んで毒づく。当然、体調が良くても2人前を収納できるような胃袋はしていない。正常な自律神経。視床下部の働きも常人よりよっぽどまともに出来ている。
「食べ過ぎると太るぞ」
 レイにとっては単なる売り言葉に買い言葉。
 たくさん食べる=脂肪に変わる(太る)という安直な図式が、頭の中に浮かんでの発言。それは正しい。確かに、間違ってはいない。
 だが。
「おまえとは意思の疎通がありそうでないな」
 吐き捨て、そっぽを向く。
 つかつかと木の廊下を靴下のまま歩いて行けば、レイはただただ首を傾げ思案に困った。
「それは俺の台詞だろ」

 わかりそうでわからない。
 通じていると思っているのに、どこか当てが外れたような交わり。
 意のままにならない。
 どうしてか、とか、ワケはきっと大したものではないはずだ。
 思いが先走りすぎて、その部分を補うものが行動から抜け落ちる。
 些細な気負いが自然とぎこちなくさせる。
 極端な意識過剰。

 病名は、か行とあ行の一文字ずつ。

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