雑文 ■
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暑い日の戦利品。 といえば、やはり冷たいものだ。とりわけ子どもに喜ばれるものと言えば、ジュースだったりかき氷だったり。ナンバーワンとは言い難いかもしれないが、年頃の子どもたちのズボンにもし小銭が入っていれば、コンビニへ買いに走るのは間違いないだろうそれは。 「おじいさんが好きなの一つ取って良いって!」 ちゃんとお礼を言うのよ、と一人前の教師のようなことを言い、お使いの袋の中に小分けにしておいたらしい水滴のついた透明なビニール袋の口を開く。 わらわらと散ったクモの子が親の元に戻るように、てんでばらばらの場所でくつろいでいた少年たちが集まってくる。 一番乗りを意地でも守らんと、帽子を被った元気印がハイハイハイーっと列を割ってくる。当然の権利とばかりに数本あったアイスキャンディーの中から一番気に入ったものを素早く掠め取る。順番を守らず不公平であると低い位置にいた眼鏡の少年から抗議が飛ぶが、無視してがばりとカラフルな模様が施された入れ物の口を開けた。 さすがにそんな横暴の真似は出来ないといった風情の黄色頭の少年が、遠慮なく氷にかじりつく相手に尚も言い募ろうとする仲間を誘って自分たちの取り分を話し合う。 渋々、ではあったが、最初に奪われた種類が自分が好むものとは異なっていたために、損ねた機嫌を軌道修正したようだ。意気込んで手に取ったのは、緑色の袋。 隣にいて一緒に何を選ぶか悩んでいた少年も、わりとすんなりと自分が食べる分を見極めたらしい。先着順ではあったが、すぐ後ろに控えていた白い布地に身を包んだ中国衣の仲間を振り返る。 これを選んでも構わないか、と差し出した茶色のレーベルを見せ、目線で承諾を得る。問題はない旨を頷かれることで獲得し、眼鏡の少年と同じく嬉々として縁側に出る。冷たいものを食べようというときに、わざわざ暗い場所を好む者はいない。 長い尻尾を地面すれすれでふらふらさせている少年は、残りの三つの中から無難な線を選んだ。そうして、やはり後ろを降りかえる。 すぐ近くにいるわけではなかったが、あまり我関せずであるはずのチームのリーダー格の姿を見定めて、自身の取り分を前にかざす。 文句があるか?と無言で尋ねるのを無視するように、少女と袋の前に仁王立ちする。 何をするかと思えば、荷物を運んできた少女にどちらが良いか選べということを言葉少なに催促する。レディ・ファースト、というよりは、どれが当たろうと知ったことか、と思っているのだろうか。促され、1回だけ目をぱちくりさせたあと、少し慌てた様子で彼女は自分の好きな方を選んだ。一番最後に残ったもので構わないと思っていたようで、目の前の蒼い装飾の施された少年の顔と手にしたアイスの間を、視線が行ったり来たりしていた。 構わず、帝王は袋の底に落ちている残りの一つを手に取る。 そのまま何事もなかったように振り返り、いつもながらの愛想のない調子で自身の居場所に立ち戻った。 木の床は、きしりとも音を立てない。 道場の真ん中に陣取るのは脳のない奴くらいだ。 中心部は安定感に欠くし、第一持たれるところがないのなら、大の字になって寝る以外するべきことがない。 皆各々所定の位置がある。 これは家の主だからこそ発見できたことらしいが、彼らの知らない事実をそっとお気に入りの少女に耳打ちしたことがある。 道場の長方形の四方を、彼らは好んで居場所にした。 入口に近いところから、レイ。 ぐるりと回るようにして遠くに、カイ。 外に続く扉の近くに、タカオ。 入口からそう遠くはなく、外からも近い場所にマックス。 その位置が、日の出のどの方角に当てはまるかを思い起こせば自ずと秘密は知れただろう。そう、まるで申し合わせたかのように東西南北、おのおのの四聖獣が司る位置に納まっているのだ。とはいえ、当人たちにそれを明かしたところで、『あっそ』の二文字で終わる。知り得た情報に歓喜した少女が意気込みタカオに耳打ちしたところ、返ってきたのはそんな頓狂な声だけだった。 聖獣など関係なく、彼らには自然なことであるので、取りたてて興奮の種にもならないらしい。確かに、彼らの身に宿るものとあまり『他人』という気持ちのない者にとっては、それらによる影響で居場所を選んだのではなく、ただの偶然だという認識だけに留まるのだろう。 そして、そんな聖獣に伴う胸踊るワクワクとは無縁の虎は、二口で甘くて冷たいものを平らげると、食後の運動とばかりに場所を移動した。 西が南を侵蝕する。 「カイのは何だ?」 壁に背を預け、片手で腹を抱くような恰好で利き手に持った甘くて冷たいものを数回に分けてかじりついている。口があまり大きい方ではないわけではなく、大口で食らいつくのは品がないと理解している動作だった。 食事中も構わず、虎はすんなりと伸びた脚を相手の横から正面に突き出す。ぶつかりそうになる寸出でその『邪魔者』を避けつつ、いきなり狭まった居場所を非難するように、侵入者に軽く睨みを利かせた。 大して気にした風もなく、相手は脚を開いて伸ばしたままの体勢で前かがみになる。窮屈ではない程度の屈伸で、顔を覗きこむ。正確には、口もとの物体を。 「??」 言葉にならない問いのニュアンス。 何を言っても引き下がらないだろうことを視野に入れての回答。 「…だ」 「え?」 もう一度、と乞う。 「あずきミルクだ」 わずかに口端を歪めて低く吐き出せば、途端に目を丸くした間の抜けた顔ができあがる。予想だにしなかった、というよりは、なんでそんな年寄り臭いものを、という懸念だ。大きなお世話だ、と居場所の主は思う。 「美味いのか?」 それは。 どうにも小豆と聞いて味覚の想像が出来ないのか、名前にくっついてきた最後の3文字のおかげで食べやすくなっているのかな、と考えをめぐらしているらしい。しきりにひねられる頭の中では、小豆と聞けば日本では餡を一番に連想するが彼の故郷でいう餡は赤飯で代表されるような桜色、もしくは赤紫色はしていない。どちらかといえば黒の部類に入る。月餅という菓子を想像しても、日本のものとは違うということが想像できるだろう。あまり甘味は強くないし、どちらかというと油分が強いのにぱさぱさしている。 そこにミルク。 どんなものか、味が思いつかない。 じっと見つめてくる視線に気づき、そういえば相手に食べているものの正体を教えさせておいて、自分は言っていなかったことに思い至る。 「オレは牛乳アイスだった」 美味だったことを言外に込め、胸を張る。当人の食べっぷりをよく観察していた者であれば、あれが味わったということになるのだとしたら、食べ物に対して失礼だと立腹したかもしれない。 そして、怪訝な表情になったかと思うと、先ほどと同じ問いを口にした。 具体的にどのようなものかと当たりをつけることも至難らしい、その名称が表わす味について。 「食……」 反射的に食べかけのものを差し出しかけて押し留まる。 待てよ、と思考は待ったをかける。このまま、もし気軽に手を突き出せば簡単に自分の取り分が減ってしまうかもしれない。 ぐ、と思い詰まって眼前の相手を睨み据える。 この、きょとんとしたような、如何にも無害そうな風を装っているコイツは、大の大食漢だ。というか、食道楽と評しても過言ではない。食べる量が半端ではないと同時に、食べ方が尋常じゃない。 一息に食べる。一気に食べる。それこそ、獲物を頭からがぶり、のごっくんだ。 そんな奴に食い物を差し出して、果たして自分が食べられるだけの量が残るのか。 計算は迅速だった。すぐさま答えがはじき出される。 つまりは、『否』、だ。 たとえ短くとも、数歩進んでしまった距離を引き返すのはかなりの決断が要る。脳が命令を下せば一瞬で終わるのだが、なぜかは知らない無言の圧力があった。どこで、引き返すか。今か。少し間を置いてからか。 しかし、よし、と思ったときにはそれはすんなりと胸元に戻った。何の危害も加えられず。 神は居たり。 そんな、漠然とした思いが沸き起こった。 むぐ、と持ち戻った薄いサツマイモの色をした塊に白い小さな歯を突き立てる。心なしか表情がむすりとしているのは、束の間の緊張から解き放たれた安堵を表わしているのだということは誰も知らない。 「……………」 虎は無言で見つめてくる。 少しずつ、時間をかけて体積を減らして行く冷気を帯びたその食べ物を見つめている。 かし、かしゅり。 ようく耳を澄まして聞いていなければ聞き分けられないような、小さな音が相手の口元で繰り返される。 ごくり、と生唾を飲み込む音がやけに生々しく聞こえた。 ヤバイ。 奴はこれを狙っている。 不思議そうに眺めていた物体が、どうやらお眼鏡に適う魅力を備え始めたようだ。 奪われてなるものか。 火渡姓を名乗る人間として、手にした獲物をみすみすわけのわからない奴にくれてやるものか。 身を乗り出す。 瞬時に距離を詰めてくる顔というか牙という印象の強い『他者』に対処すべく、狭くなった居場所でどうにか体勢を立て直し猛然と挑みかかる。 防御に回れば敗を喫す。 そんな、理由なき前提が頭の中にはあった。 而して。 がつ。 日常では絶対に聞き慣れることのない音が、和気藹々としたムードを別の場所で作っていた連中の間にまで届くところとなり。 何かおかしな音がしたな、という顔で振り返った数人の少年少女は、一様に首を傾げた。 視界にあるのは、互いの口と口を抑えて押し黙る二つの影。 双方ともに顔が赤いのが謎だった。 その前に、どうして彼らはそんなに、脚を絡めるほどの距離にまで近付き合っているのだろう。そっちの方が、はるかに謎だ。 謎を解き明かす彼らの言い分は以下。 結構美味しいかもしれない。 歯が欠けなくて助かった……。 口で勝負するときは、歯が折れないよう気をつけましょう。 |
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