■ Beyblade ■

雑文 ■

 3月14日はでんじゃーでー。
 誰にはなくとも自分にはそういう危険な日だということは、身の危険など露ほども感じずともそういうことになっているらしい。世の中の七不思議どころではない、自分の周りにだけ起こる奇奇怪怪な摂理というものが立派に存在しているらしかった。

「カイ」
 堂々とした歩調で後方から一人と一匹がやってくる。顰めっ面を崩さず、名前を呼ばれて赤い絨毯が敷かれた廊下を振り返った。
「今日は日本では『白の日』と言うらしいな」
 言ったがどうした、と腹の中で呟いたが、それはそれに留めて言葉の先を促す。大体中身は読めている。読めているからわざわざ自分の口から確かめたくはなかった。
「欲しいものはないのか?」
 カイのためならば氷山の一つくらい作ってやろう、と公言する。まったく常識というものが欠如している。それもまあ、仕方のない範疇ではあろうが。
 上空の主とその対峙者の顔を見上げながら、犬のような犬じゃないけど狼なんだな、な氷狼はちょこんと床に座った。話が長引きそうだと思ったのだろう。
 生みの親に似たのか、自信に満ち溢れている白い貌を一瞥し、それから今度は真っ直ぐに足元の犬を見た。
「ウルボーグがほしい」
 はっきりと明言する。他は駄目だと目でも口調でも訴えた。
 しかし、そんなことはお構いなしなところが、どこかの虎と似たり寄ったりだと不名誉な見解を見る者に与えなくもない。
「ネオ・ボーグはすでに俺とカイのものである手前、今更やろうと言っても、それは内容が重複するというものだろう」
 ふうむ、と細い顎に指をかけ、ユーリは何事か思いをめぐらしているらしい。
 構うものか、だった。話を聞いていないのならば、こちらもまったく聞かないまでだ。いたちごっこと思しき行動の果てに、一体何が待っているのかなど当然憶測すらしていない。なんとかなる。どうにかなる、という本能のままにというよりは、投げやりな態度の方が場がうまく治まるということをいつのまにか学習してしまったようだ。
 それも人としてどうかと思うのだが、ベイそのものと、『戦うこと』以外にあまり脳細胞を占有させない人種には妥当な選択だっただろう。相違の少ない者同士の攻防は、果たして同じような結論に落ち着くものなのか。
 それは、最後まで見てみなければわからない事柄だった。
「ウルボーグがほしい」
 眼下の犬を名指しして要求する。くれるというならもらってやる。夏に重宝しそうな巨大な氷の塊だったり、日の光が及ばない暗闇の空間だったりするよりは、目の前のかわいこちゃんの方がはるかに必要性に溢れていた。犬だし。どうせ今更、飼い動物が一匹増えたところで大した変化はない。
 すでに大虎にとり憑かれている手前、カイの懐は広かった。無駄に広げられた観も無きにしも非ずだった。
 何十回目かの往復ののち、奇跡的に要望が正確に伝わったらしい。わかったとの承諾を受け、心持ち驚嘆したのが外面に現れたのか、表面上部にあるはずの自分の瞼が上に持ち上がったのがわかった。
「だが生憎、今は手元に書類がない…」
 表情がいつも一定で変化に乏しいはずの顔面が、目元だけ困惑の感情を訴える。何かやばい。
 しかも、書類。何のことだ。
 血統書でもこいつについていたのだろうか。狼なのに。
 言い出した手前、後には退けなかった。そのプライドの高さが災いした。ああそうか、と赤毛の少年はぱちんと指を鳴らした。頭の側面の、高い位置で。
 ぬっとどこからともなく巨体が現れ、無造作に一枚の紙を手渡した。それにしげしげと目を通し、運び屋のセルゲイに早々に立ち去るよう指示を出し、再び相手に向き直った。
「喜ぶが良い、カイ。役所に届を出さなくとも、ボーグの法律では夫婦と認められる儀式がある」
「誰と誰が夫婦だと?」
 あんまり聞きたくない二文字を聞き咎め、思わず返した。知らず声が硬化したのは自然の成り行きだった。
「俺とおまえがだ、カイ」
 自信満々ではなく、飽くまで当然の論だと言わんばかりの平静な顔がそこにはあった。
 ここに至って、白の日は前の月のVデーと対になっているから、先月贈り物をされなかった者はお返しを考えなくとも良いんだという偏りのある事実を話すべきか話さぬべきかを悩んだ。
 そもそも、要求したのは犬の方だ。間違っても人間の方(?)じゃない。怪訝からどす黒い後悔に神経を汚染されながら、カイはそのことを主張した。
「ウルボーグは俺だ」
 然るにカイは自分がほしいと言ったのだと平然と返された。
「約束ひとつでどうなるとは思わないが、カイがそうしたいというなら、俺には譲歩する余地はある」
 というか、前前から自分たちはひとつだったのだから、改めて周囲に認めさせる必要もないのだが、と付け加える。
「必要がないなら取り消せ」
 あわあわと内心慌てながら、心情など億尾にも出さず音速2の速さでそう切り替えした。
 やばい。虎のときと違って妙な同情心があったりなんかするから、こうやって付け込まれるんだ。取り返しのつかないところまで来て我に返っていれば世話はない。
 俺は漬物にはならん。なってたまるか(字違)。
「おまえは、何を言っているのかわかっているのか?」
 数瞬、ユーリ・イヴァーノフの中の高圧的な態度が表に出た。親御さんそっくりですね、とは口が裂けても言わないが、言っていることは正しかった。
 いや、そもそも間違いであって、どこをどうやって軌道修正すれば良いのかということにのみカイは心中で言及した。
「ユーリ、もう一度頭の中を白紙に戻せ」
 デリート、デリート。削除削除。メモリーに陳列されたこれまでの経緯をもう一度まっさらな状態に帰すことを命じた。

「で、日本には『白の日』というものがあるが」
「そうだ。それはどんな日のことだ、カイ」
 ぐ、と詰まりそうになる言葉を無理矢理喉をこじ開けて外へ出した。嘘八百は信条に反する。だが例外中の例外もある。今がそれだ。まさにそのときだ。
 恐れることは何もないと自らの理性を鼓舞し、生真面目な視線を相手に向けて投げた。
「かまくらを作って遊ぶ日だ」

 その日。ネオ・ボーグの基地の外で、雪で作った壕の中で体育座りをしたまま無言で過ごす二人と一匹の姿が目撃され続けた。

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