太い熱量を含まされた。
男にはそれが服従の証だと思っているのだろう。
小さい影は差し出されたそれを前にただ眼球を睫毛の内でさまよわせる。惨めなものだ。助けを求める声すら、もうもれることはない。引きつる口内の粘膜、喉が、むなしいほど乾いた空気を往き来させる。
人の手から放され、連れて来られた石の世界。
灰色。沈んだトーンの色彩。物言わぬ壁が無情にも跳ね返す冷気。どれもが今までいた世界と異なる姿で周囲に広がった。恐ろしいと知覚するよりも、これからどうなってしまうのかということに唇を無意識に引き結んだ。所詮、ない頭で考えたところで無駄に等しい。予測できるほど重厚な知識はないし、待ち構えているものがめでたくないことくらいしかわからない。肌で感じることなど、その程度。反面、拒否しているのかもしれない。はっきりと、形ある恐怖に体を支配されることを。
にこやかに微笑する男の前に引き出される。
名を名乗られても誰かわからない。
ここの主だと言われて、おず、と視線を合わせる。あまり良くない印象。上出来だ。懸命に虚勢を張る。悲しい性。不自由なく育てられた卑しくもない習性がそうさせた。それでも、助けを求める声は出なかった。ここから帰せと言ったところで何になる。目的は明白だ。ここに閉じこめたいんだろう。そうなんだろう。
いつのまにか、周りに配置されていた人影がなりを潜める。灯りをおとされ、促される。前に進むように。奴の顔は影で見えなくなっていたが、口元だけは形がわかった。言う意味も、また。
預けられたのだとほざいたが、どうせろくな教育を施すつもりではないのだろう。そんなに疎ましいのか。それとも他に。恨みの他に、自分に何かを為させたいのか。血がつながっているということすら、どうでもよいと思えるほど、そんなにとらわれたことが大事なのか。
まだ目に焼き付いている面影を思う。涙が出そうになる。だが出さない。流すのは、もっと別な。体外の痛みが良い。それなら、いつでも堪える自信がある。心の傷みは駄目だ。自分が自分でなくなりそうで。
これからともに生活するために必要なことは何かと問われる。知らない。ぶっきらぼうに返す。逃げ出したかったが、後ろを振り向くことは出来なかった。仁王立ちした足の両脇に拳を握る。血が滲むほど。
もっと仲良くなることが大事だと説かれる。余計なお世話だ。誰も俺に触るな。欲しくない。拒まれるなら、端から欲しがったりしない。
腕を引かれ、前のめりになる。眼前に浮かぶ光を察知する。視界に佇むのは、あまり見なれない大人の一物。
先ほどの意味を反芻する。うまくつながらなかった。行為がイコールにならない。相手はただ、言葉で要求する。促されることが理解できなかった。だが、否はない。許されない。目の前の男は、確かに支配権を握っていた。そして、自分にはない。今の自分には。
選択の余地のないものをどう拒めというのか。方法など、いくらでも探せたのかもしれない。睨み上げる様を、相手は満足そうに嘲笑う。目つきが誰かに似ていると。それがなおのこと気分を良くするのだと。嗜虐心ではなく、ただの復讐かと幼心にも勘付いたところで詮無し。拒絶ができなければ、続行だ。むせ返る熱気を舌先に感じ、侵入して満たす事実を意識の外へ放り出そうと試みる。
そうして何度も舌で往復させ、欲望を充足させて従者たちに連れ出される。たどり着いたのはあてがわれた私室。高い天井に一つしか窓のない牢獄。枷をひとつふたつとはめられて、ずしりと身体が重くなる。汚れた口の周りを拭えもせず、呆然とされるがままに。思考の遠くで閉ざされる最後の音がする。やがて満ちるのは静寂。孤独という世界の翼。
灯りはただひとつの黄金。
頂きからこぼれる蜜。
金色のゆりかご。
冷気だけを伝える床に、投げ出した四肢が凍えた。
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