+ Gensoh-suikoden2 +
駄話 ■

 昼下がり。
 昼食というには若干遅い時刻、珍しく町に繰り出して食事を摂っている最中、急にマイクロトフが切り出した。
「カミュー。おまえが最近ひどく疲れていると、素敵な噂になっていたぞ」
 表現の仕方が間違っているなんて、お気に入りの仏頂面で言われたのでなければ微笑んで丁寧に指摘するところだ。
「マイクロトフに心配をかけてしまったかな?」
 力のない笑顔を晒し、ふう、と額に指を当てる。最悪だ、と小さく呟くのは本心からだ。大事な親友が自分の身を案じているということは、イコール全世界のレディたちに悲しい思いをさせていることに他ならない。
 なぜマイクロトフが全世界の女性の代表格になっているかなんて、そんなことはカミューに説明させると日が暮れる。たった一言で済みそうなものだが、年寄りは余計な話をすることを惜しまない。いや、むしろそれに命を賭ける。なのに長生きするわけであるから、実際の人間の寿命というものは思っている以上に結構長いのかもしれない。
「俺はおまえを信じているから大丈夫だが、不安に思っている者もいるだろう」
 さらっと全然問題外、というようなことを言われて、それでもカミューの『出来た』脳は自身に都合の悪いことを無視した。出来た、というより、膿んだ、と言った方が相応しかったかもしれない。
「そうだね、気をつけるよ。済まない、マイクロトフ」
 慇懃に頭を下げると、驚いたように目を見開いた。
 眼球取り出して舐めてみたいね。
 危うい幻想(幻想に失礼)を抱きそうになって微笑って誤魔化す。ただ今人の目があるために、至って人当たりの良い表情。別名、作り笑顔。
 すでに何十年も続けているために、作ったものが本性だと思われている。地上でも最も難儀な病気におかされているのだとは、本人に自覚があるかは謎だ。
「おまえが謝ることではない、カミュー」
 まるで素敵座とかいう劇団の演劇を鑑賞しているかのように、会話はなんとなく淡々と続く。抑揚がない、というより、現実味がなさそうな、というか。本当に親友なのか、とある意味危ぶみたくなるような仲睦まじくなさそうな雰囲気である。理由は、マイクロトフという名前の青服の青年がとても事務的な口調だからだろう。色気も素っ気もない。だから良いんだよ、という思考の美剣士は、すでにもう、どこか行っちゃっている脳味噌である。
「それでも、おまえの耳に届くまで自分で気づかないなんて、まだまだ修行が足りないよ」
 いつから修行僧。口を噤んだマイクロトフは内心ツッコミを入れた。ここが二人きりの執務室であれば、空かさず腰に愛剣とともに携えたスリッパ(青)で後頭部を一撃している。
 残念無念、と思っているかは、朴訥とした表面からは窺えないのが、ポーカーフェイスと謳われるカミューすら凌ぐガラスの仮面である。
「とにかく、何か悩んでいるのなら、俺に相談しろ」
 何の為の友人だ、と告ぐ。正義感もりもり。そして一口にしては大きいだろう肉の塊をひょいと口の中に投げ入れる。曲芸ではないんだよ、とはカミューは言わない。
「別に、悩んでいるわけではないんだよ、マイクロトフ」
 いちいち台詞のあとに名指しするのは愛情確認か。はたまた結びの詞(ことば)か。二人の事務的な会話の中にはことごとく『互いの確認』がある。愛なら目と目でしろ、というのは、彼らの周囲で生活するごく一部の者の賢明な意見。
「そうか、それなら」
 手の脇にあった水の入ったグラスを取る。ぐっと男らしく呷り、一気に飲み干す。喉仏が襟元から覗く、唯一のチャンス。絶景だ、と半ば脳味噌陶然として上下する男の証に、テーブルの上で肘をつきつつカミューは見惚れる。
「人にばれないように疲れろ」
 無茶言うな。
 心の底から微笑を湛える親友は思った。
 わかっていたことだが、こいつは鬼だ。まあ、お互い似たり寄ったりなので、そこには全然問題は生じない。まさに出会うべくして出会った運命の恋人。どれだけ金を積まれても離せません(笑)。
「努力するよ、マイクロトフ」
 努力、友情、熱血。男の三拍子。二人の間で特に多い回数交わされる単語だ。もう、通じ合っていると言っても良い。マイクロトフのお気に入りの語句でもある。恐らく、彼は自分の墓場までその言葉を座右の銘として持って行くだろう。一緒に墓に入れてほしいといったら、快くダンスニーを使ってまで介錯してくれるだろう。そういう無駄なことにも労力を惜しまない人物だ。なんて誇り高い騎士だろうか。
「ああ。信じているぞ、カミュー」
 ズバン、と殺し文句。いっそ瞬殺されてくれ。
「マイクロトフの信頼を裏切らないのが私のモットーだからね」
 抜け抜けと。
 口端に微妙な笑みを浮かべながら、マイクロトフが口元へカップを運ぶ。嚥下される濃い色の液体。なれるものなら飲み下されるブツになりたい。
「それよりまた食事が冷めているぞ。店の者に温め直してもらうか?」
 親友の手元に並べられた白い食器を指す。すっかり食べ終わった青団長は襟元からナプキンをはずしてすでに畳み終えている。ああ、とようやく我に返った危険な美青年は納得する。
「いや、手をつけていなかった私が悪いのだからね。このまま食べるよ」
 そりゃそうだ、とは、どこかに隠れている店員の心の声。どんなにナイス・タイミングで皿を出そうが、適度な温度で食事をとったことがこれまで一度もない。というか、マイクロトフとの『デート』では冷えきった料理はいつものことだ。むしろ、誉れ高い気分でかちかちになった鶏肉の料理にナイフを入れる。それを、別段呆れた風もなく眼前の席に座るマイクロトフは眺めている。
「残すなよ。見張っていてやる」
 出血大サービス。これだからデート(?)はやめられない。
 了解、とひとつ笑みをこぼし、カミューはようやく遅い昼食にありついた。
 空腹であったにも関わらず、今まで腹の虫の音の一つも鳴らないのはすでに超人技だ。いや、神を超えている。そんなのは確認するまでもない、と赤騎士全員が口を揃えて言うだろう。
 優しい恋人(一方通行)に見守られながら、穏やかな時間を過ごす。
 これだから、やめられない。

 そんなこんなで、赤騎士団長の食事は、いつも青騎士団長のあとになる。というのは、のどかな城下の食堂でしか見られない光景。

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2002.10.04up