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駄話 ■

 あっはっは、と朗らかな談笑が青い芝生に響き渡る。
 そこはお城の中庭。図書館の脇にある木漏れ日の世界。
 集まっているのは、赤青両団長の他に、配下の赤青両騎士数名と、馬。いや、正確にはユニコーン。おまえ、乙女以外は駄目なんじゃなかったのか、という問いは図書館の責任者エミリアさんの一存で握りつぶされた(なぜ)。
「で、互いに動物に当てはめたら何だろう、という話になったんですよ」
 中年なのに心は少年。…かは謎だが、一人の青騎士は笑う。赤騎士との喧嘩でようやく1週間の謹慎を解かれた身で、よく笑えるものだ。殴り合って全治3日の怪我を負わされた当の赤騎士もほがらかなものだ。
「やはりここは包み隠さず互いの本心を明かそう、ということで始まったんですがね」
 すでに年齢不詳の赤騎士も、屈託なくそう述べる。何にせよ仲が一層悪くなったのか良くなったのか判断に悩むところだが、上辺良ければすべて善し(いいのか)。青の団長はそうか、と微笑した。
「それが、ひどいんですよ。モンスターに当てはめるんですよ?こいつ、最低だ、と思いましたよ、本当に」
 ははははははとぶひひひひん。笑って良いのか(馬)。
 マチルダ元騎士団は城の中でもとても奇怪なオーラを放っていた。抵抗なく輪に加わることができるのは、人間をやめた連中くらいだ。その意味で言えば、キニスンやエイダも加わることができたかもしれない。心がなければ(笑)。
「動物とはいえ、モンスターはやりすぎだな。そうだろう?マイクロトフ」
 鮮やかに微笑みつつ、赤の団長は隣で肩を並べて腰を下している親友に問いかける。なんとなく、肩が密着しているのは気のせいだろうか。その下につづく手なんか重ねているっぽいのは、多分、光が織り成す幻想の世界だろう(笑)。
「うむ。モンスターの中にも美味そうな…いや、見目良いものもいるだろうが、あまり例えてもらいたくはないだろうな」
 幻聴が聞こえたらしかったが、一同はとりあえず無視した。歓談の中、あまりほころぶことを知らない団長の顔が、穏やかであるというだけで眼の保養だ。というか、取り替えられでもしたのではと思しき柔和さだ。仕事と私事ではこうも変わるものなのか。その、変貌振りの方がさらに恐ろしい。
「そうさ。仮に私がマイクロトフを例えるにしても、モンスターなどには当てはめないよ」
 ちらり、と隣に一瞥を投げかける。心なしか、二人の間にピンク色の花びらが散った。はーと、だとは、誰も認めない。
「それは俺の方こそだ、カミュー。いくらその手の問いが不得意な俺でも、おまえをモンスターになぞらえるものか」
 確かに、女たらしのモンスターはいなかったと思う。多分。いや、もしかするとなぜか一緒にぶひひと笑っているあの聖なる生き物こそが、カミューに当てはめるべきモンスターだったのかもしれない。
「だったら、カミュー様はマイクロトフ団長をどのようなものに例えるのですか?」
 適当な質問が上がったのを、ああ、と微笑を湛えたまま真面目な口調で赤の団長が受けとめる。
 まるで歌うように、ラブソングを口ずさむように流暢なマチルダ公用語を操った(何語)。
「マイクロトフは、そうだな。…鯖(saba)のような、鯵(aji)のような、鰊(nishin)でも良いな。いや、鮎もかわいいかもしれない」
 ………こやつ、いつから寿司屋の店主に。
 故郷では絶対聞きなれない諸々の青魚の名前に、配下一同はさりげなく硬直した。
「どれも小振りだな」
 親友が少し自嘲気味にそう指摘すると、何を、と赤団長は真正面から見つめ返した。
「小振りのものも確かにあるだろうが、旬のときの彼らの背油といったら、本当に厚くてそれはそれは美味しいものさ」
 それに引き締まった身といい、おまえを味わってるそのもののようさ、と。
 危険。危険思考回路。その末端に触れてしまった。しかし、勇者というものは、どのような地獄にもいるようだ。無駄に勇気ある青騎士が、天下無敵の炎の団長の前に立ちふさがった。というか、一言添えた(笑)。
「お、俺は団長は背がお高いので、旬の丸々太った秋刀魚もお似合いかと…」
 一瞬。激烈な勢いで猛火が目の前をよぎった気がした。気づかない振りをするには、みんな(青団長以外)の服の前面だけが炭になりすぎていた。
「なるほど。一理あるね。これは一本取られたかな?」
 ははは、と笑いに変えたが、微笑む眼の奥は怒りにぎらついていた。というか、あれは憎悪の類い。やばいモンを敵に回した、とは、命あっての物種と達観している赤騎士連中は、突然の不幸に見舞われた青騎士(勇ちゃん(仮名))に親切に指摘することはしなかった。
「では、マイクロトフ様は如何です?カミュー団長はどのような動物に当てはめられるとお考えですか?」
 まさに助け舟。憎悪の矛先を赤の団長が命よりも大事な(それ以上)青団長に向ければ髪の毛一本くらいは助かるだろう、と見越した素晴らしき機転。切り出した赤騎士は後世まで誉めたたえられたという(笑)。
「ああ。そうだな」
 幾分頬が赤らんでいる。きっと、この短時間で日に焼けないと噂される鋼鉄の肌がちょっと遺伝子組替えでもされたんだろう。そう、思うことにする。
「俺は、カミューは、金目鯛だと思う…」
 でけえ!!!!!!!
 内心、みんな声をそろえた。そんな大物に例えていたのか。というか、目出度過ぎる。どうしてだろう。この、マグマ以上に底知れねえド迫力を秘めた優男(外見)を、なんでそんな小学生が喜びそうな獲物に例えるかな!?
 覗き見たい気持ちもあったが、やっぱり宇宙の七不思議の一つとして、青の団長の思考回路というものには誰も触れなかった。賢明すぎてノーベル賞だった。
「恥ずかしいじゃないか、マイクロトフ」
 でも、嬉しいよ。とかなんとか。いっそのこと、二人にしか通じない暗号で通信してほしかった。うんにゃ。もうすでにやっているだろう。
「しかしそれでは、おまえと釣り合いが取れないよ」
 披露宴の時どうするんだ?と心底案じ気味に問う。なんでそんなことを心配するのか、平凡な頭脳しか持ち合わせなかった者にはわからなさすぎた。その前に、これ以上公衆の面前で晒すつもりなのか。そちらの方が、凄過ぎだ。
 親友のツッコミにうむ、と腕を組んで頭をひねる。そんなことまで追求されるとは思わなかったといった風情だ。大丈夫。周りも全然思わなかった。
「では、我々二人でマグロにするか」
 海のステーキ。肉好きを自称するマイクロトフも目を輝かせる一品だ。
「なるほど。外見はマイクロトフで、中身は赤い私というわけだね」
 マイクロトフの中にいる私。などと、不敵な呪いの言葉を呟いたという事実は、デュナン城今週の見回り兵らが書きとめる『本日の日誌』で黒塗り削除された。
「ああ、マグロだ!!!!勇ましく、立派で、人気もある!!」
 両団長ご満悦。配下は顔だけで笑って頷くしかなかった。

 以後、元マチルダ騎士団は、マグロ騎士団と改名したかどうかはわからない。

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2002.10.06up