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駄話 ■ 馬王子2

 冬が来た。いや、秋の到来あたりからもうすでにカミューは凍えかけていた。
 山の麓は寒さが厳しい。それは故郷でも通念と言えた。だが、ここははるか北方の国。同じ高原でも風が強すぎるとカミューは日頃から実感していた。寒い。寒すぎて鼻水も凍りかける。
 決して大仰ではなく、実際風邪を引きかけたような症状が伺えた。初めての冬に、慣れない気候で体調を壊すのではと案じた馬主が馬舎に自分用のヒーターを入れてくれた。それで少しは凌げたのだが、足元はともかく上が寒い。
 冬場はあまり遊びに来れない良心的な常連のお嬢さん方が『プリンス用に』と厚手のショールのような、タオルのようなものをわざわざ名前入りで作ってくれたのを何枚も体の上に重ね、カミューはぶるぶると人知れず震えていた。
 そして、はっとして馬小屋の端で寝ているだろうマイクロトフの姿を探す。普通、母子でない限り、馬は一般に一頭ずつ区切られた小屋の中で眠る。
 人目のないうちに喧嘩にならないようにということもあるが、要は人がベッドで一人で寝るのと同じことだ。だが、寒い。野生の馬は寄り添い合い互いの身体を押し付けることで厳しい寒さの中で暖を取るというが、飼われている彼らには屋根と少しの風を遮る壁があるとはいえ寒さに対処し得る術がない。
 カミューは眼をつぶったままじっと凍えながら眠っている他の仲間を眺め、視界を遮られて姿を見ることもできないマイクロトフのことを思った。
 小屋の端は特に吹き込む風が強い。たとえロックアックス生粋の馬だろうが、冷たい冬を冷たいと思わないわけがない。
 意を決したカミューは器用に前足の膝を折って小屋の前の柵を持ち上げた。かたん、と音がして木製の錠が外されると、かぽかぽと気品のある足音を忍ばせつつマイクロトフが眠る小屋の前に立った。
 気配に気づいていたのか、マイクロトフは眼を開けて訪問者を迎えた。眼差しはしっかりしていたが、やはり小刻みに全身が震えている。カミューはここで自分の羽織っているタオルの一枚を彼の身体にかけてやろうか思案した。
 一枚では足りないだろうし、ないよりマシとはいえそれは自分にとって甚だ卑怯だ。分けようというなら半分。いや、それ以上。
 むうと頭の中で考えをめぐらせつつ、無言のままのマイクロトフの小屋を一望する。
 広くはない。かといって狭すぎるわけではない。
 設計が悪かったのか、それとも大柄なマイクロトフ用にここだけ幅を多く取ったのか。他の馬小屋に比べて場所が少し大きい。特賓のカミューの小屋と同じくらいの広さがあった。
 じっと見詰め合う視線に何か意図したものが篭っていたわけではなかったが、それを勝手に了解と取ってカミューはマイクロトフの小屋の前の錠を先ほどと同じ方法で開けると狭いスペースに身体を割り込ませた。
 いきなり窮屈になったことに声を上げそうになり、ぶるる、と鼻息だけで押し留めると、相手はカミューの顔にその馬面を合わせてきた。
 何のつもりだと言いたいところなのだろう。つもりも何も寒いからだよ、と心中嘯きつつ、身体を密着させる。いきなり慣れない人肌が触れて驚いたのか、マイクロトフが数センチ身を離す。追いかけっこをするようにしてまた身体を寄せれば、また数センチ。どうやらくっついていたくはないのだろうと遅まきに意地悪く察し、カミューは2,3センチの距離で手を打つことにした。
 少しの隙間も、側に体温があるというだけで温かい。足元を暖めるヒーターがないことはこの上なく寒く感じたが、それよりも何よりも、誰よりも近くにいられることを幸福に思った。
 向かいの馬小屋の馬が真っ青な顔をして一部始終を目撃していたということなど、もはやどうでも良いことだった。


 雪が降った。カミューは悩んでいた。とても季節的な悩みだった。
 カミューのマイクロトフとの『くっつき寝』はすでに周知されて久しいが、出会ってから初日以外は欠かすことのなかったお花贈呈の習慣がこのところ滞りがちになり、頭の中は危機的状況に陥っていた。
 継続は最大のほにゃらら。そんなことを念頭に置いていた彼の誇り高き信条が覆されそうなほどの大ピンチだ。優雅をかけ離れたようなここでの生活の中には、ドライフラワーすら存在しない。
 このままでは『おまえの愛はお遊びだったのだな』の一言でマイクロトフに愛想を尽かされてしまう。今更尽きるような愛想があったのかどうかも謎だったが、カミューは真剣に頭を悩ませていた。
 色々、小賢しいことなら頭に浮かぶのだが、何といっても計画性がない。口八丁の誤魔化しなど本命相手に使いたくはない。形よりも今ここある私の心を感じてほしい。などとのたまったら、マイクロトフに踵落とし(蹄落とし?)を食らわせられそうだったからだ。
 だが花花とどこを探しても見つかるわけがない。だとすれば如何な天才馬とて観念する他はない。
 頭を心持ち下げながら、カミューは日向ぼっこをして日中の暖かさを体内に蓄えようとしているマイクロトフの側に歩み寄った。
 どうした、とマイクロトフが首をかしげて一度だけ瞬きする。意見を促そうという行為も今までは見られなかったものだ。これも打ち解けてくれた証拠だろう。いちいち相手の反応に踊りだしかける心を抑え、カミューは神妙な面持ちで詫びた。
 訝しむ眼差しに促されるように、カミューは毎日欠かしたことのなかった花を贈ることができないことを告げると、相手は鼻白んだような顔をした。
 したように見えただけだったが、確かに彼は呆れたのだろう。別段大きな意味はないだろうと軽んじている風情。無理もなかったが、口に出さないだけカミューを慮っていると考えて差し障りない。何より相手の心根を尊重してくれるのがマイクロトフだ。
 だったらなぜ贈るのだとマイクロトフが逆に問いかけてきた。
 贈り物の意味を正確に捉えていなかった事実はカミューには幾分ショッキングだったが、黙秘に逃げず真正面から問いに答えた。
 一瞬『友達になりたいから』と声が出掛かり、留める。友人という名前を使った時点で、自分の価値がマイクロトフの中で固定されるのではと懸念したからだ。
 この勘は多分外れてはいまい。多分、悩みの少なそうな彼の頭の中では友人が恋人に発展することはない。それらは同等で、しかも至高という点ではどちらも同位にあるからだ。
 友も愛する存在も、尊敬の念があるだけで差異がない。違いがないと判じているならば、どちらがどちらに移行するということはないのだ。少なくとも、マイクロトフはそれを履き違えることを何よりも嫌悪するだろう。
 どっちつかずというあやふやな点を憎んでいると評しても良い。潔く一度決めたことはあまり簡単に覆すことのない思考であるということは、少ない会話の中でなんとなく『読めた』。
 だから、カミューは単刀直入に好きだからだとマイクロトフに告げた。
 好意を持って、愛しているからだと答えたとき、マイクロトフはやはり予想にたがわず驚いたように眼を見開いていた。


 日々が巡り、陽射しが温かさを感じさせるようになった。
 ふきのとうが大地から顔を出し始め、これでようやく花が贈れるようになるとカミューを喜ばしくさせた。この際、この薄黄緑色の無骨な物体を花と称してもいできても良かったが、考えてやめた。
 マイクロトフならば文句のひとつも言わずカミューの口からその太い茎ごと受け取って食してくれるだろうと思ったが、今は陽気な気分になどとてもなれそうになかった。
 関係は、相変わらず寒いからという理由で寝食を共にしているだけで変化はない。花を贈らなくなったのも、冬だから仕方なく。だから、もしこの土地が温かさを取り戻したなら、自分はまた別の小屋で眠らなければならなくなるだろう。
 一緒に居る理由がなくなる。そして、マイクロトフも側に居させる根拠を失う。
 思いを告げてから明確な答えを彼から得たわけではない。ただ、変わった点は何一つないし、拒絶されているわけではないということは明らかだった。
 嫌悪の対象として受け取られなくても、このまま思い続けても良いのかどうかという点が、カミューにマイクロトフへの感情を躊躇させる枷になっていた。
 実際、そんなものとは無縁でいたかったのが正直なところだ。好きに愛させてほしいと思うし、嫌いならばそれも甘受してそれでも思い続けることもできただろう。
 恋い慕うという行為そのものは、双方が思い合わない限り終わりというものがない。接触がなければ始まりも同時にないものだが、自らの感情が終わりを告げる好意の結了という点でもあやふやになる。自然消滅を願うのも、結局互いの認識が先になければ成り立たない。思慕というものが永続的に続くとすれば、それは報われないということを見越しているからだ。逆に報いを望まなければ永遠に抱き続けることもできる。不毛だが至高とも思えなくもないのが恋愛や愛情の妙というものだ。
 だから、カミューは自分の恋というものが半永久的に続くものだとの自負があった。なぜなら相手も自分と同じ性を持つ対象だからだ。子どもを作りたいという衝動は、本能的なものだ。雌馬に感じるもので、牡馬にはない。絶対にあり得ないものを道理とばかりに感じている時点でこれは一種の思慕なのだろうと感じた。
 そして、春にはその衝動が現実的なものとして現れる。マイクロトフには衝撃だろうし、一悶着どころか怪我人が出る恐れもある。それどころか自身の命すら危ういかもしれない。
 蹴り殺されても文句は言えない。雌馬と間違えて同じ牡に襲い掛かるような奴もいるくらいだ。故郷には飢えた哀れな男たちがたくさんいた。優秀でなければ去勢されたり当て馬扱いされる。
 カミューはまだ子を成したことはなかったが、名馬をここで生産するために買われたのだということは察しがついている。別の厩舎に雌馬が集められていてその姿を幾度か拝んだことがあるが、今はそんな気分でなくとも人為的にそうなればああなるだろうと、具体的な想像を避けつつも考えることが多くなった。
 女性たちの前から逃げ出したいとは思わないが、マイクロトフがもし彼の家族を作らなければならない状況に陥ったのだとしたら、自分は冷静に見ていられる自信がない。塀を蹴破ってここから連れ出したい気持ちが満々だ。家族など持たなくて良い、と。
 考え出すと切りがないことだったが、刻々とタイムリミットは近づいている。


 騒々しい時が続いている。欲求不満な牡たちの哀れな鳴き声。いななき。
 独身寮に住まわされている(間違いではないが)気分を存分に味わいつつ、カミューは憂鬱な日々を過ごしていた。馬屋のヒーターを取り外され、冬の間大目に見られていた小屋を別にされたため、マイクロトフとは最近朝の顔合わせ以外一緒にいられる時間がない。
 しかも、色めき立った連中の騒々しいことといったら、話をする邪魔にしかならない。時折あやしい目線でこちらを見つめる極限状態の輩もいないわけではなかったが、ほとんどは二頭と他との圧倒的な体格差の前にすごすごと去る。二人だけで並ぶと尚壮観であるというのは、久しぶりに足を伸ばして来てくれるようになった常連のお嬢様方の言だ。どちらも背が高く体格が良いので女性を乗せると神馬並みだと評する始末だ。要は、普通の馬らしくないほど大柄だというのだろう。
 本命が決まっているカミューと、発情といった概念にとんと執着がないらしい老成したようなマイクロトフの二人は、確かに周囲の目に異様に映るような雰囲気をかもし出していただろう。
 だがおかげで、マイクロトフと一緒にお嬢さん方と仕事ができるのでカミューとしては願ったり叶ったりだった。ただ、マイクロトフは女性を背に乗せるのは慣れないらしく、緊張してかちこちに固まっている。嫌われているのかなと女性客が困惑するのも無理はなかった。
 馬屋の掃除の世話まで焼いてくれた馴染みの客が帰り、そろそろ厩舎に帰らなければならなくなった夕刻、不意にカミューは呼び止められた。
 立ち止まるとマイクロトフが整った歩調で側に寄り、鼻先を近づけてきた。ぎくりと顔を強張らせると警戒されているのかと察した彼はす、と身を引いた。
 耳をぴくぴくと動かし、なんとか動揺を振りほどくことに成功したカミューが、今度は数歩近寄る。マイクロトフは退かず、そのまま口を開いた。
 まだあれは有効か、と彼は静かに問うた。
 相変わらず具体的な表現を避ける会話のために何のことかと邪推しかかり、もしかしての可能性を留めたままだった冬の終わりの告白を思い出した。
 そうだよ、と肯定し、そして改めて告げた。好きなんだ、と。
 受けて、マイクロトフが生真面目だがどこか試すような視線で見つめてきた。眉間を寄せて相手を図るように睨みつけ、そして急にそれを解いた。少し微笑んだようだったのは気のせいだろうか。
 わかったと一言言い、彼はさっさと自分の小屋の中に退いた。最後の言葉が確認だったのか、何に対しての合図だったのか、まさに捉えどころのない返答だった。


 春の盛りにマイクロトフがこの牧場を去ることを人間たちの会話で知らされたとき、カミューは心臓が飛び出るほどのショックを受けた。
 もしかして自分がどの雌馬も気に入らず事に及ぼうとしなかったのがマイクロトフのせいにされたのかと、危うく勘ぐってしまいたくなるほど唐突な報せだった。
 理由を問おうにも情報収集以外馬には出来得る術がない。冗談じゃないと思うと同時に、カミューは当人に問い質すことを決意した。本人の知らないところで物事が運ぶことはない。たとえ他人に執着しないマイクロトフでも、だ。
 そしてはたと気づいたことは、今日は今朝から彼の姿を見ていないということだった。花を探しに行った帰りも牧場に姿を見つけることはなかったし、新しい干草を宛がわれるときも彼がいた形跡がなかった。
 これで馬小屋にまでいなければ、本気でどこかにすでに連れ去られたという事実を認めなければならない。早すぎると思い、そこまで気づかなかった自分をカミューは恐ろしく恥じた。
 ぎりぎりのところまで来ている余裕のない自分の精神状態が、それまでの異変に無頓着になってしまっていたのだとしたら致命的だ。一番執着して、ほしいと思って、手に入れることが駄目でも側に居られることを至高だと思っていたのは単なる思い上がりだったのかと自らを責めた。
 駆け足で小屋に舞い戻り、寝床の草替えを終えた人間と入れ違いに厩舎に入る。マイクロトフがいつも使っていた一番端の小屋の前には、見慣れない人物が立っていた。
 カミューはその後姿に不可思議な印象を覚えつつ、牡馬の匂いで埋め尽くされた中に今まで嗅ぎ慣れていた香りを見つけた。思わず香を辿るように鼻頭をもたげる。自然体が頭の動きに倣うように前進し始め、とうとうその謎の人物の頭上にまで到達したとき不意にその青年が振り返った。
 ふんふんとあからさまな馬の鼻息はここに現れた時点で当に気づいてもおかしくなかったただろうに、物思いにふけっていたのか相手は極端に驚いた顔をして目を見張った。
 青い法衣のようなものに身を包み、濁りのある銀細工で布を止めている。人間にしては背が高く、騎士としても見劣りのしない体格は充分に成長した男のものだった。腰には重そうな大剣を携え、黒光りするなめし革のブーツを履いている。
 普通なら馬の糞がつくようなこの場所にそんな正装した姿で踏み込んだりはしないだろう。それ以前に、なんで城仕えをしていそうな身分の人間がこんなところにやってくる必要があるのか。もしかして軍馬を選びに来たのだろうか。軍馬、で思い当たった途端、カミューはそれがマイクロトフのことではないかと直感した。
 しばらく青年はカミューを無言で見つめていたが、何を思ったのか突然手を伸ばしてきた。白い手袋をわざわざ外し、同じく雪のように白い毛並みに触れる。手つきが『慣れている』者の手だったため、警戒心はない。だが、懐疑心が晴れたわけではない。マイクロトフをどこへやったのかと問う前に、人間は小さな口を開いて呟いた。
 こうして見ても好い男だな。
 よしよしと鼻筋を何度も往復して撫でられ、わけがわからず目を中央に寄せる。手の甲だけとはいえ筋が張って逞しい骨筋は、誰かを髣髴とさせた。
 驚いてカミューは手の動きに逆らって顔を寄せ、鼻先を相手の耳朶の下に潜り込ませた。白い肌と短毛の黒髪から嗅ぎ取れたのは、何度も毛並みを整えるために噛み揃えた馴染み深いものと同じだった。
 噛み千切るなよとたしなめられつつ、ぽんぽんと顔の側面を軽く叩かれる。これはあのマイクロトフだと悟り、それでもところ構わず身体に大きな鼻面を押し付け匂いを嗅ぐ。仕立てられて少し時間がたっているのだろう。服からは少し湿った匂いがした。
 ひとしきり気が済むまでカミューに確認をさせ終えると、青年マイクロトフは今まで口を閉ざしていた自分の身の上について話し始めた。彼らしく、余計な感傷はなくただ淡々と事実をありのままに述べる。自業自得だという念が頭にあるのだろう。それはひどく冷静な言葉だった。
 肉好きが祟って馬に姿を変えられたのだと、わずかに自嘲を含んで語る様は、国の王族というよりどこかの子どものようだった。確かに馬にされたときは若輩だったらしいが、誰に、とかなんで馬なのかということに関して、同じ動物であるカミューには問い質す思考はなかった。だから草ばかり黙々と食べていたのかと考えるとあまりに皮肉すぎるとは思いつつも、カミューはやはりまじまじと人間マイクロトフを見詰めるしかなかった。
 ではなぜ元の姿に戻ることができたのかと問えば、そっと視線を外してまた目線を元の位置に戻してマイクロトフは告げた。
 愛しいと思ったからだと。
 好きだと改めて告げられて、それを受けてそうとしか思えなかったからだと。
 畜生を『食らうもの』というだけの認識しか持たなかった無慈悲な人間が、動物を愛する心を得たときからくりが解ける。ただ一筋縄ではいかないのは、改心するために呪いをかけられた当人がこのまま馬の生活でもよかったと思っている点だろう。
 確かに、馬生活はとても馴染んでいたようだったとは、驚きを通り越してなんだか達観したようなカミューにはやはり言うことができなかった。
 馬のままなら、もしかすると自分の思いも遂げられたかもしれなかったのに、という後ろめたい思いがあるのは当然のことだ。性別だけならまだしも、種族が違ってしまったらどうやって子作れと。
 よかったと祝う気持ちの反面、やはり消沈する気分を和らげることはできなかった。マイクロトフのためを思えば、自分が役立って人間に戻れたのなら誇らしくもあるが、もっと遠い存在になってしまったのでは泣くに泣けない。しかも、自分を思ってだという。鬼か、ととりあえず自分も含めた全てを恨めしく思った。そしてそれは間違いではなかった。
 ここは男らしく、彼を生家であるロックアックスの城へ見送るしかない。そのあと自暴自棄になろうが知ったこっちゃない。カミューはせめてマイクロトフの前では潔くあろうとした自分を振り返り、そう決断した。
 おまえも来い、と言われたとき、よほどカミューは自分の馬耳を疑ったほどだ。
 その上、畳み掛けるように口説かれたときはこのまま襲い掛かっても本気で良いだろうかと神様に尋ねたい気分に浸った。
「おまえを愛している。だから一緒に来い」
 来てくれ、じゃないのが偉そうだというのも王族ならば仕方ない。百歩譲ってカミューは何度も頷いた。頷きすぎて、顔は縦に分身の術を披露していた。


 その後、立派に成人し、馬にもなれる特技を身につけたロックアックスの第6王子が5年振りに城に戻ったという噂は瞬く間に広がった。
 プリンス・デ・カミューがずっと心に秘めていた願いが叶ったかどうかは、120%大丈夫っぽかったのが、さらに奇奇怪怪の伝承として恐れられたとか。
 怖過ぎ伝承。


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