駄話
■ 馬王子3(番外)
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番外。 ロックアックス城には人望厚い王子がいた。すでに一番上の兄が王位を継いでいたので、王子という身分ではなかったがマイクロトフと呼ばれる生粋のロックアックス人魂と外見の持ち主は城内城下で広く慕われる王子だった。 派閥に分かれた実の兄弟に妬まれることも少なくなかったが、彼の恋人が実は馬であるという点で彼を憎らしく思う人物はかなり稀だった。というか、呪いは恐ろしい、と皆がこっそり哀れんでいたというのが本当だったりするところが、さらに酷過ぎた。 それでも人当たりも馬あたりも動物あたりもすべてが卒なく丁重かつ慇懃であったために、誰も彼の有能ぶりに口を挟む輩はいなかった。 今日もマイクロトフは愛馬カミューを連れて偵察がてら城門の外の草地まで足を伸ばしていた。 「どうして私に乗ってくれないんだい、マイクロトフ」 白い馬面がぶひひひんと顔を寄せてくるのにほのかに赤面しつつ、王子は唇をかすかに尖らせた。 「恋人に自分を運ばせる奴がどこにいる」 「馬は人を運ぶものだよ。乗っていない方がおかしいと思われる」 頭が、とは言わない。それは自分もだということを重々承知しているからだ。馬なりに。 「城内で馬になることを父上や母上に禁じられているから、おまえといる間は不便で仕方がない」 馬慣れしてしまった(馬になることに慣れてしまった)マイクロトフにとって、人間でいることの方が不都合が多いらしい。大事な思春期を馬で過ごしたというのは大問題であったのだろうが、過ごしていてくれなければ彼らは出会うことすらできなかった。 「こっそり馬小屋では…なんてばれてしまったら後が怖いね。確かに」 「ああ………」 真剣にため息をつく恋人を、カミューは複雑な気持ちで眺めていた。 「いっそのこと、私が人間になれる術を身につければ少しはおまえの風当たりも優しくなるだろうに」 同じ男(牡)同士で、種族が人間と馬ほど違えば(言葉がおかしいです)誰だって奇異の目で見つめる。世界が愛を解いていてさえ、禁忌というものはある。間違っても日本の地域のことではない。 「馬鹿を言うな」 即座に否定され、カミューは何でやねんという目で恋人の横顔を見つめ返した。 「人間のおまえより、オレは馬のおまえを…その…」 口ごもり、顔を背ける。なんだそりゃ。人間の私の容姿が馬のときよりも劣っているとでもいうのか、という言葉は本能的に飲み込んだ。今はとてつもなくそれどころではない。 「マイクロトフ……」 ふんふんと顔を寄せるとカミューは馬語でマイクロトフにささやきかけた。 「ここでなら、馬になってもいいんだよ?」 馬鹿な、と返答が帰り、馬なんだから、とカミューは答える。ベタ過ぎだったが、ツッコめるほど彼らの周りを吹き抜ける風は穢れていなかった。 お盛んなときは春だけです、という貞節。定説は、もっさり覆されそうになったというのが、まことしやかに囁かれるロックアックスの秘めたる危機管理情報だったというのは、あんまりだ、な事実すぎて資料として残されませんでしたとさ。 怖。怖すぎ事件簿。 猛烈に完。 |
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