空の民草の民
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その日マイクロトフはためらわず某所に突き進んでいた。目は猛烈に血走っていたが真っ黒なので全然わからなかった。というか、血走る場所は白目じゃないのかというツッコミはどんとうぉーっりーっ(雄叫び)だった。少なくともマイクロトフはそうだった(笑)。 「エマ殿ぉおお!!!!!!」 長身の大騎士(元)にしてはノックもせずに入室して、気でも違ったかというよりももはや人間やめたか?と頭をかいぐりされまくりそうなとんでも事態に、名前を呼ばれた麗人はおや、と口元に手を当てた。まあ、とかなんとかひっきりなしにボヤキながら、それでも血が繋がらないとはいえ『あの』兄を一応家族に持っていた赤毛の美女は微笑を湛えて元騎士を部屋へ招き入れた。いや、すでに入っていた(笑)。 「実は、お聞きしたき儀がございまして!!!!」 高身長コンビとはいえ身長差がとりあえず人並みにはある男に怒涛の如く突っかかって来られても、美剣士は笑顔を崩さず大声をさらりと流した。 「わたくしでお役に立てることがあればなんなりと」 カミューに瓜二つとも言える(それは彼女にとって甚だ不名誉)絶好のタイミングと絶妙の柔らかさで笑みに一層深みを与えると、顔面に朱を立ち昇らせて大男は押し黙った。あれよあれよと言う間に先ほどまでの勢いを欠いて、マイクロトフはとうとう萎縮してしまった。 「ご用がなければお茶でも如何です?」 若い女性の部屋にノックもなしに入りこんで、何を言い出すかと思えばなんでこんなことを聞かねばならないのかわけがわからない。そう。書いている奴もわけがわからないよ(笑)。頭の中でそんなことをぶちぶち呟きながら、エマの雰囲気に流されるままマイクロトフは席に腰を下ろした。腰。そうだ、腰だ!!!!これで連想するのはなんだか不埒な気分だが、本件を問えなくて何が騎士か。もうそんなのとは自分からおさらばしたのに勝手なことだと自ら切り込みつつ、ダン、と力任せに卓上を叩いた。ポットに注いだお湯が少し手にかかったが、火傷を構っていられるほど心に余裕はない。ハンケチを出して濡れた手を拭こうとするエマに切り出した。 「エマ殿、オレは一体どうすればいいと思いますか!!!!」 どうもこうも何も言ってないでしょ。笑顔に彩られた白い顔はそう鋭くツッコんでいた。が、そんな心の機微をマイクロトフにわかれとはさすがに考えていない(聡い)某氏の妹。ほとんど霊感的に男の言わんとすることを察すると、さっさと濡れた手を取り丹念に元お湯を拭った。 「マイクロトフ様のお好きなようになさればよろしいと思います」 わ。 語尾に何気なく力を込め、目を上げた先の困惑した顔に再び微笑いかける。好き、の言葉を聞かされ、ますますマイクロトフの顔は紅潮した。もう赤が強過ぎて茶色に近くなっていた。何かの病気としか思えない風情をかもし出しまくりの元マチルダ騎士団長に、エマは根気強くお説教することに腹を括ると、拭っていた手を止め大きな掌を卓の上に戻した。 「カミューを愛していらっしゃるのでしょう?」 小首を傾げつつ覗き込むと、本音を突かれた大の男(三十路前)はさらに恐縮した。 「では男らしくカミューを受けとめてさしあげればよろしいのでは」 全く卑屈も嫌味も無味無臭な口調は本気でそう思っているのかなんなのか、全然謎だった。だが、マイクロトフは感じ入ったように彼女の言葉を聞き入った。心なしか、うんうん小さく頷いている。とても図星のようだった。ある程度までエマの言うことを自分の中で肯定していたが、マイクロトフは彼女の言葉が途切れたところを見計らって口を開いた。 「ですが、その、オレは経験がありません…!!!!!」 あられちゃカミューの立つ瀬がないわ。 心底でなんとなくあの兄に限ってそんな穴(?)を見過ごすわけがないと合点しつつ、エマは困ったように柳眉の端を下げた。 「わたくしも男の方ではないのでわかりません」 そりゃそうだ。ガーンと除夜の最後の音を理性が聞いたのをマイクロトフは夢うつつに感じた。というか、なんで自分は女性にこんな初男性経験について相談なんかぶっこいているのだろう。そのことの方がとんでも事件だった。マイクロトフはこのまま墓地に埋葬されても全然恨まないような心境で居たたまれなさすぎの境地に立っていた。金輪際人間やめようか。そこまで思いつめた(笑)。 「ですがわからないと言ってこのままというわけには…」 今まではなんとか誤魔化してきたけれどもう限界っぽい。オレがなのかカミューなのかはわかりたくもないですがそれっぽいのです。そんな感じの台詞がまさかと思うような人物から洩れ聞こえているのを美女は冷静に見守っていた。おいおいと泣き崩れてしまいそうなほど意気消沈したマイクロトフの呟きは今わの際の危ない雰囲気だった。このまま放置すれば完全に御陀仏だ。それはカミューが決して許さない。許さない以前に大変だとエマはかなり平和的に直感し、やんわりと助け舟った。 「そうですね。マイクロトフ様はカミューをちゃんと愛してらっしゃる」 ぼ、と再び生命の火が灯った。むしろぼーぼぼと首から上がマッチ棒だった。どこかの歌手のことではないが、とりあえず目の前はファイヤーだった。 「ええ、オレはカミューをその…てます」 「そうでなければ、男の方を受け入れるなどということを決心されませんよね」 ぐさ。かなり刺さった。なんでこんなに心千里眼。わかりすぎなんじゃボケ、とは品の良いエマの頭には思い浮かばない。彼女はマイクロトフに好意的だった。カミューと同系列的にと言うと彼女の魂が危ぶまれるので言わないが(言ってる)、見詰める瞳は100万ボルト。保護者のまなこだった(笑)。 「具体的にアドバイスはできませんけれど…」 されても困る。ここにいない誰もが思った。 そうですわ、とエマは微笑んだ。勝ち誇ったような笑顔には後光が差していた。マイクロトフには目の錯覚どころの騒ぎではなかった。 「子どもを一人出産するのだと思えばよろしいのですよ」 他の追随(兄除く)を許さないほど光り輝くビューティフォースミャイルの美女は、発想すらも抜きん出ていた。でも全然現実的。マイクロトフはなんとなく助け舟られまくっていることを実感した。持つべきものはやはり心を打ち明けられる親兄弟なのだなあ、と本当にあとほがつくほど思いまくった。 「わたくしもまだ子を産んだことはございませんけれど、聞くところによると男性の方がお産をしたら、死んでしまうそうです」 激痛で。 エマが言いたかったのはその下りの部分だが、マイクロトフの耳にはどこから産むのだろうというとても率直な疑問が木霊しまくっていた。助けて大地の封印球。 「し、死ぬほどの痛みということですか…」 そこまで言ったつもりで言ってはいなかったのだが、エマはそんなものだろうと思った。無論、それくらいの覚悟がなくてカミューに甘い飴をくれてやる必要もないとまるで昔からの因縁の相手のことように考えていた。自分で言ったことに両腕を組んで唸りまくる黒頭を心配そうに見詰め、その頭がおもむろに持ちあがるスピードまで時速に換算した。彼女が思うにもはや音速。 黒い単細胞生物と呼ばれ(謎)約1名(某赤い人)にのみ迷惑をかけまくっていたと伝説にもなっている元騎士団長の頭に電球が一つ灯った。30キロワット。良心的な灯りだった(どこが)。 「死ぬほどの痛みなら、オレは戦場で幾度も経験があります!!!!!」 でもお産。痛む部分が未知数なのでは。エマの表情が無意識にマイクロトフに抗い難いツッコミを入れる。もはやそのタイミングは長年慣れ親しんだ笑いの同志の如き絶妙さだった。 「大丈夫です。見ていてください、エマ殿!!!!」 別に見たくない。言われた当人を含めて何千何億の人口が同じ祈りを神に捧げた。 「わたくしもマイクロトフ様なら必ず乗り越えられると信じています」 エマの笑顔に追い風を得るように、マイクロトフの顔がキラキラ輝いた。ああ、これが死期の前の一瞬の輝きというやつね。今まで見たことのないもう一人の自分がエマの中に生まれた(笑)。 やって来たときと同じようにものすごいスピードと音響を残して黒いつむじ風(大)は消えて行った。お湯を注いだティーポットの中身を今更ながらにカップに注ぎ入れながら、エマは苦くなり過ぎた紅茶をしずしずとすすった。 「蚊未鵜ーーーーっっっっっ!!!!」 絶息しそうなほどの小さい『つ』のあと、猛烈な勢いで飛び込んできた恋人をカミューは真正面から受けとめた。後ろの壁に一緒に激突したが、そんなことは流血茶飯事だった。むしろ一緒に地獄へ行きたいと常々思っているくらいにだ。 「オレは、何人でも子どもを産むつもりだ!!!!!!」 わあ気が早い。それとももうお迎えが来たかな? いつでも笑いのネタに事欠かないマイクロトフの脳細胞を心配しつつ、言われたことを率直に丸呑み鵜呑みにした。 「私も出来る限り頑張るよ」 「ああ、手加減は無用だ!!!!!!!」 そうして二人で今夜はファーストナイトにすることを誓い合った。人が往来する廊下で熱い抱擁をするのは問題ありすぎだが、二人は全然構っていなかった。カマロの世は公認だった(笑)。 夜。 意気込みが強過ぎてマイクロトフが枕ととても親密な関係になったということを風の噂でエマが耳にしたとき、遠くの道脇で座り込む寂しげなカミューの背中がなぜか目に入った。 |
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