+ second generations +

駄話[03] ■-

 顔を合わせるなり、サポートするとはどういうことだ。
 心持ち眼を細めながら、眼前の鉄仮面を見る。
 まるでこちらを認識していない。眼だけがやけに印象に残る。無機質な海原に、突如口を開けた月か何かのように。
 見てくれからして超人だということは察されたが、名前以外の素性が知れない。一言発してから、それきり発言は途絶えている。こちらが抱くであろう諸々の愚問に答えるつもりがないということか。
「生憎だが、サポート役は必要としちゃいないぜ」
 す、と瞳が戻ってきた。改めて真正面から眺めると、際立って相手が目立っていることに気がつく。
 異彩を放っている、というのだろうか。マスクの下にあるといっても、ここまで他者に影響力を及ぼす双眸というのも珍しい。大抵は、仮面の装飾に埋もれてしまう箇所だ。
 生身の目と知れるものを浮き出させる真似を、本来超人は好まない。なぜなら、そこから表情を読み取ることが容易だからだ。感情の起伏が他者に知られてしまうなら、素顔を見せていることと大差はない。
 なぜ超人はマスクを被るのか。言及されたことはないが、素顔がマスクより見劣りすることが最も多い理由だ。別人として活躍するためにマスク超人の姿を借りる者もいたが、大部分はコスチュームと同じ飾りとしての意味合いが強かった。
 ロビン家に関して言えば、代代の家習。これを被ることで、超人としての誇りを忘れてはならないのだと教えられた記憶がある。
 父ロビンマスクが甲冑とも思えるヨロイを身に纏っていたのは、相手にハンデを与えるためと、もう一つ。自身の心構えのためだった。常に騎士道を念頭に置き、フェアな精神で戦い続ける。ロビン家の歴代の当主は、その言い伝えを謙虚に守ってきた。そして、自分も。
 好き嫌いの問題ではなく、これだけはごく自然に、昔から当然のことだと思えた。ロビン家の家訓をしっかり継いでいると主張したいからではなく、マスクを被り、振舞うことは自身には当たり前のこと。外出をする時に身なりを整えるのと同様、最低限の礼儀だと感じていた。
 ならば、この男も自分や万太郎と同じように、生来マスクを被ることが通常視された経歴の持ち主なのか。
 だが、マスクマンの多くは戦闘に参加する者たちだ。被る仮面で強面を気取るのは、敵を気後れさせるためでもある。
 なのに、どう見てもクロエと名乗った超人は、幾多の戦いを掻い潜ってきたことを彷彿とさせる、レスラー独特の雰囲気に欠けていた。
 眼光はその内面を主張するかのように力強いものだったが、佇まいのどこを取っても勇猛さを演出する節が見当たらない。普通の超人のように正義のために戦っていないのだとすれば、国の主要機関に勤める超人かと訝しむ。
「あんたに拒否権はない。すでに決定されたことだ」
 事務的で、妥当な回答。
 役人というよりも軍人染みた、簡潔で横柄な態度だった。
 毛ほどもこちらの存在を意識しての言ではない。
 自分で評すのはわずかな抵抗があるが、こっちは世界に名の知れた超人だ。無名の、閉鎖的な場所でしか活躍していないような者に、見下される謂れはない。国の権限を嵩に着て話しかけられても、生来備わっている反骨の精神が疼くだけだ。
「おまえにはその価値がある、とでも言うわけか?」
 わざわざ国から派遣されるだけの存在だ。だとしたら、こちらが要求を呑む根拠となる能力は充分にあると。
 返答はすぐには返らなかった。無表情のまま、どこを見ているのか静止したままの視線がある。
 沈着冷静。機械的で、恐らくマスクの下の表情も滅多に動くことはないのだろう。一見しただけでも随分と知れる、寡黙な人柄。
 体躯は完全にこちらが優位。見下ろす先にあるものは、人間ほどではないにしろ小さな存在としか認知できない体だ。
 超人はある程度鍛えずとも自然と筋力が備わるようになっている。わずかの運動で脂肪が筋肉に変わりやすい体質というものがあるように、超人年齢で十を数えれば通常の生活をしているだけで、人間が毎日欠かさず鍛錬をして、やっとの思いで手に入れる肉体を容易に身につけることができた。
 ならばなぜ、『クロエ』がこれほど人間に近いと思えるほど見劣りする体形をしているのか。疑問という名の興味を覚えるのは、謎に包まれた素性だけではない。血筋か、故意か。外見から浮かぶ不可解さも、今一つ掴みきれなかった。
 尋ねられた問いに適切な回答も示されず、無言のまま、時間だけが過ぎると思われた。
 沈黙は、否定とも肯定とも取れる。あるいは、発言する必要性がないと踏んでの所業か。どちらにしろ、良い性格をしていると言わずばなるまい。確かにお偉方が寄越しただけはあると、男は知らず肩を竦めた。
 まくし立てるように質問を続けたところで、相手はだんまりを通して、課せられたおのれの使命を忠実に遂行するだけだろう。その手の頑固な手合いというのは、今の時代にも結構いるものだ。博物館に収蔵されてもおかしくない類いだが、国軍の関係者ならばそれも有りだろう。軍人と聞けば、誰もが頑固で強情で格式張った爺を想像するのと同じ。眼前の超人は、その頑なな人種というわけだ。
「否応なしってわけかい」
 自嘲を浮かべ、ケビンはもう一度クロエを見下ろした。
 一人で充分だと主張したところで、どうあっても国の威信と称し、おのれを勝たせたい一心でこいつをつけるつもりなのだろう。なら、こっちもそいつを利用するだけだ。
 超人オリンピックで優勝することに興味はなかったが、打倒・万太郎の野望達成のためになるというのなら、使わせてもらうだけだ。スパーリングなどの実戦で役に立つとはどう考えても思えないが、知識面のサポートは必要であるかもしれない。また、英国軍部が独自に知り得ている他国に在籍する超人についての極秘情報も、うまくすれば手に入るだろう。
 多少きな臭くはあったが、避けては通れないお国の事情というやつであるならば真正面から受けて立つのみ。無論、自身にそれしきの度量くらいはある。
「クロエ」
 再び目線を呼び戻す。
 瞳が明確にわかるので、どこを見ているかは一目瞭然だ。何も考えてなどいないのだろう。目の色を見ればわかる。誰を前にしても、女王陛下を御前に迎えても変わり映えしないだろう、しんとした佇まい。無機質な鉄よりも感情があるようで、ない。肉眼が、チェスの駒に埋め込まれたただの綺麗な宝石のようにも思える。不思議な、印象。
 だが虚飾を取り払ったような造型は、偽りを忌む自分の主義と一致する。上の人間の人選は、あながち間違っていなかったようだ。
「オレのねぐらに来るか?それともこのまま帰るか?」
 どこに住んでいるかは知らないが、気づけば顔を突き合わせてから大分時間が経っていた。終電には間に合うだろうが、小さな雨はまだやまない。
 全身を湿らせたような恰好で見送るのには抵抗があった。風邪や病の危惧ではなく、平凡な配慮から。
 逡巡なのか、警戒なのか、若干答に間があった。
「……今日は帰る」
 引きとめる理由もないまま、ケビンは踵を返した。
 片言の挨拶を残して歩き始めると、背後で土を踏む音が聞こえる。あちらもそっぽを向いたらしい。まったく余情のない、邪魔にならない以上に冷たい存在であるらしい。精神は氷か機械か、恐らくは引っかかりというもののない物質で構成されているのだろう。
 愛想が良ければこちらも丁寧に返してやるところだが、これではまったくの逆。何を期待していたのかは知らないが、今まで自分がどれほどちやほやされていたかということを、こんなところで実感させられた気分だった。
 対する人間や超人は、必ずと言っていいほど『ケビンマスク』という超人を意識する。良しにつけ悪しきにつけ、憧憬か焦燥をぶつける。それだけ存在が大きいと、相手が認識していることが気持ち良かった。確かに自分にはそれだけの価値がある。思い込みではない自負が。
 なのに。
 自分は仕事で来ているだけで、眼前に立つのが誰であろうと興味がない。
 そう宣言されたようで、はっきり言って失望した。感動というものを一つも宿さず、まるでこちらを無以上の何者とも知覚していない素振り。あるいは自分に向けられた態度が特別なのではなく、対面するすべての存在がクロエなる超人にとっては無きに等しいのか。
 面白え。
 まるで攻略できないおもちゃを前にした劣悪な性根の子どものように、暗い炎が沸き起こる。
 尊敬の念を勝ち取りたいというのではなく、単に驚かせてやりたかった。意表を突くような真似をして、母親を驚嘆させるのに似た悪戯心が燻った。それよりももっと、年輪を刻んだ分、歪んだ、複雑な色を帯びているだろうか。
 どうやら、こちらを飽きさせない魅力だけはあるらしい。
 誰にともなく皮肉に口の端を吊り上げ、蒼いマスクの男は闇夜に姿を消した。
 反応を予測できるような詰まらないものよりは、よっぽど上等だと。
 それでも、自身の向かうところは変わらない。

Copyright(C) PAPER TIGER (HARIKONOTORA) midoh All Rights Reserved.-

back * next
2002.02.07。--2005.03.02改稿。