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駄話[06] ■

 今、堰を切らんばかりに駆け出すものを、止められるものなど何もない。この瞬間も同じだ。いくら下劣極まりない行為だとしても、衝動を抑制するものなどありはしない。そして、認めない。
 誰がこの自身という宇宙を支配する王かと問うなら、自分自身以外に在りはしない。
 決まりきった、そして覆すこともない事実、現実。

 数回掌で扱いただけでそそり立ったものを、焦らすことなく入口へ宛がう。先端だけでも大きさが知れるのか、ぎくりと大臀部が痙攣した。
 知った者ならば躊躇はない。そこに施しは無用と言ったことを後悔させてやるのも面白い。
 無表情の仮面のまま、腰を進めた。
 途端、上体が反り、膝立ちになる。衝撃を紛らわすためか、次に起こるだろう負担を和らげたかっただけなのか。眼前に広がった相手の白い背を引き寄せ、腕に力を込める。抱きしめた体躯は、なるほど予想通りぴったりと手に馴染んだ。
 脇腹を通って胸部を探る。上着によって外気を遮られていたものが露出する。指の腹で捕えたものを弄ると、顎が反り返った。緊張が走ったように後ろを締めつけ、背後を制する者へ刺激を与えた。
 だが、声は出ない。まるでマスクで口を塞がれたように、鼻でする呼吸音だけが空気を乱し続けた。
 反った肢体を抱きこむように、引き寄せ肩口に顎を乗せる。蒼いカブトから覗いた、唯一の頭部の生身。
 相手の無防備に開かれた襟元からこぼれる地肌に直接擦りつければ、互いの汗によって独特の粘りが生まれた。

 人肌、というのはどれも気味が悪いくらい心地よい。つながっているときは特に実感する。腕に抱える存在が、真に自分のものであることを知覚し、得る恍惚。倒錯的であろうがなかろうが、この麻痺する感覚がたまらなく薬漬けにするかのような魔力を孕む。

 盛りあがった胸筋を掌で愛撫しながら、空いた片手を下へ滑らせる。それまで無防備に相手に添えられていた腕が、異変を見せた。
 追いつくのが先か、伸ばした指先が引き締まった下腹に触れる。節くれだった長いもので、そこに本来あるべきものを絡めとろうとした。新たな刺激を与えて、自身に快楽を及ぼさせるためだ。女でも、後ろの充足とともに最も敏感な局部を責め苛むことがある。それと同じだ。なのに。
 触れた部分には、男が備えるべき箇所がなかった。
 滑らかな腹筋の流れに逆らうことなく、滑り落ちた指先はそのまま両腿の奥へと容易く侵入を果たした。
 その間も行為は続行され、断続的な喘ぎとともに注挿は繰り返される。頭の隅で事実に愕然としながら、下半身は欲望の成就を愉しんでいる。それは別におかしなことではない。頭とともに下の興奮が冷めることは稀だ。常に独立した神経が通っているかのように、別個体として本能が動くことは彼らには珍しいことではない。
 それは良い。だから尚更。
 ようやく大きな掌で覆われた草むらにクロエの手が届く。後方から間断なく与えられる感覚をやり過ごすことも出来ず、もどかしげな動きに阻まれていたのだ。それでなくとも上半身は抱きかかえられ、自由に動くことすらままならない。
 こいつは本当に女なのか。
 2本伸ばした長い指で奥を探れば、挿入を繰り返す熱の部分に行き当たる。そっと、触れぬぐらいの動きでわかるのは、羽毛のように生え揃えられたわずかな体毛くらい。
 だが、内部は女のそれではない。
 器官は直腸だ。出し入れする箇所を何度も穿っているのだから、断言できる。
 表情を窺うように密着させていた首を傾け、マスクの上に乗った生身の瞳を見上げる。今だクロエは瞑目することなく、目を見開いたまま前方を睨んでいる。行為によって得た快感が大きすぎるのか、手足の動きはまるで溺れかかる人のようにも見える。なのに、頭から上だけは必死に何かを堪えたように微動だにしない。
 意識がどこかに呑まれてしまったのかと怪訝になり、思わず下肢を侵していた腕を持ち上げて顎を捕えた。
「クロエ」
 動きを中断し、太腿をぴたりと合わせて腰を引き寄せる。密着させた刹那、奥深くに埋められた体積の圧迫に硬直を見せたが、律動が止んだと知ってふと全身から力を抜いた。
 静止して初めて、肩で呼吸をし始める。それだけで余裕のなさが窺えて、無理をさせたのではと後味の悪さが胸に沸いてきた。
 だが、今も他人の内部で脈打つのは紛れもないおのれ自身。おとなしくさせるには、相応の時間が必要だ。後生だろうが、ここで終わらせるつもりはない。
「身体のことは言うな、といったのはこのことか」
 抱きしめた体から腕を放さず、直接耳元に語りかける。胸を大きく喘がせながら、ようやくクロエはこちらを見た。
 凝視する双眸は闇夜に溶けて薄暗いグリーン。それでも、鮮やかさは変わらないままだ。顔面に広がる白い鉄の原野に不釣合いなほど、色鮮やかに浮かんだ玉石。感情がまったく見当たらない、まさに宝飾の類いだった。
 マスクの裾から止めど無く汗を流しながら、ごくり、とその喉仏が応えるように上下する。その動きを目にしただけで、再び熱が上昇する。下肢の、秘めた部分に及ぶ熱量が一段と広がるように。
 恐らく受け入れている相手にも微細な変事が伝わっているだろうに、こちらを見つめたまま文字どおり眉一つ動かさない。感動とは無縁の顔立ち。しかし、確かにこの瞬間も呼吸を乱しているのはその当人なのだ。
 ギャップに驚くとともに、得も言われぬものがある。
 理解できぬのなら、支配したい。
 おのれの指戯一つで化けの皮を暴いて見せるように、”動かしたい”。”静”ならば”動”に。同じ”動”であれば、決して興らぬ思念。破壊的な欲求にも似たそれが、どうしても防ぎきれない。もとより、抑制など働かせなければならぬ謂れはなかったが。

 再度問えば、無言のまま下腹を覆い隠した。
 恥じらい、ではなく、事柄を取り上げること自体が無駄な時間だと主張しているように。
 倒錯的なまでに没頭している行為の目的は、情報収集以外の何ものでもない。前言したのだから、それ以上の論議は不要。
 確かに、クロエの考えは間違ってはいない。下心ありで提案したのは、こちらの言い分だ。であれば、問いに対して答えなかったとしてもクロエに何ら非はない。
 理屈はわかる。例え現にそれが道理でも、納得はできない。
 肌を合わせたならば、質すことは許されると過度の優越がそう思いこませていた。だが相手が黙秘を決めこめば、それ以上追求することは出来ない。ならば、想像を働かせることしかできなくなる。

 超人であろうと、人間の雄雌と変わらない。
 性器によって生殖するし、外観からの判別が難しかろうが機能はある。遺伝子でのみ区別がつく類いの者たちもいるにはいたが、ごく一部に過ぎない。
 だとしたら、男性器を持たないクロエは何者なのか。
 容易に予想できるのは、去勢されたという事実だ。この宇宙にどういう風習があり、どのようなことが忌避されるか仔細までは知らないが、星によっては優良種のみを残して他は”雄”であることを許されない部族もあるらしい。
 あるいはもっと下卑たものとして、子どもの頃から抱き人形として生かすために、必要のない部分を取り除いてしまうかだ。
 無論、どこかの地球の国のように、罰として去勢する例もあるのだから、一概には断言できない。
 超人の身体は生れ落ちた星や系統によって様相を異ならせる。
 であれば、持つべき器官がないからといってそこにどんな由来があるのかなど、頭をひねらせるだけ思考が迷宮入りするだけだ。
 本人の口から聞けば一発で解決する問題だが、当人は話しそうにない。まだ知り合って幾日も経っていないのなら、人見知りをするのだとすれば無理もない。
 太い腕に拘束されたまま、浴びせられる視線から逃れようともせず見つめ返す瞳に眉を寄せる。
 掴みがたい人格。

 いや、もうすでに大体のことはわかっている。
 実務に熱心で、忠誠の厚い国家の”犬”。
 間違っても頭から信じられる”味方”ではない。
 元来そんなものとは無縁であるらしい自分には、痛くも痒くもない事実だが。

 欲しいと思うのは、自分自身だけが勝ち得ることの出来る誇り、意義。そして、それらの実証。
 目的が明確であれば、手段に恵まれていなかろうとも実践する自信がある。努力もそうだが、何より才能があるという意識が強い。
 でなければ、無謀ともいうべき高みを目指す階段を、駆け上がろうという気になどなるものか。
 愚者はそれをやってのけんとして身を滅ぼすが、賢者ならばその識別くらいは容易。そして、自身にはその素質がある。自負しているからこそ、挑むのだ。
「つべこべ言わずにさっさと果てちまえ、か?」
 皮肉な笑みを口元に浮かべ、内太腿の柔らかい部分に手を差し入れて持ち上げた。脚が浮き、結合部が離れそうになる。意図的なものなのか、クロエの肉壁が抜け落ちる肉塊を引き留めるように収縮した。
 余程仕込まれていなければ、この手の反応は返せない。
 侮蔑に歪む。
 本当の畜生のようだと。
 小奇麗な仮面の下で、一体どれだけの雄を咥えてきたのか察されるものだ。
 その”雄”の一人に自分も加わろうとしていることに自嘲を感じつつも、先以上の猛攻を望む下肢には抗えなかった。

 引いてしまった汗を再び呼び起こさせるように、上着の下から胸を探る。かすかに触れただけで硬質になる先端を転がせば、鎮まっていた媚態が再燃する。
 反り帰った素肌を愛撫するように、蒼い鉄面皮でそこをなぞる。冷たいのか熱いのかすら知覚できず、露になった胸部をクロエは喘がせた。
 それまで動きを見せることのなかった腰を前後に揺らせば、不安定な体勢のまま内部が適度な圧迫で締めつける。

 それも、能力を測るための技能ってわけか。

 口中で呟き、表には出さない。
 擦れば擦るだけ、自ら放出する粘液が反復動作の手助けとなる。
 相手の背後を上体から溢れる汗で犯しつつ、下肢も同時に征服する。腕に抱えた体が次第に余裕をなくしたように、蠕動する間も身じろぎを繰り返す。
 行き場のない両腕が、上と下を束縛する手にかけられる。
 戒めから逃れようとするよりも、もっと安定した体勢で受け入れたいのだろう。もどかしさが見え隠れする、身悶えするようなわずかな抵抗。まるで興奮剤か何かを勘違いしているのか、それらの反応を受けていよいよ欲望が上り詰める。
 弾かれたように敏感に絶頂を感じ取り、ついにはクロエが声を発した。言葉にならない、媚びすら含んだ悲鳴。
 それは、与えられる後ろからの刺激に呼応するように断続的で、間断がなかった。同時に、”落ちて”いる実感を後方に与え、内壁の締まりとともに精神の昂揚へと追い詰める。
 肉欲の充足が限界を迎え、その”きわ”に心すら追いたてようと数度強く腰を叩きつけた。
 欲望のまま、最も奥深いところまで届く連続した刺激に、タガが外れたようにクロエの声は続いた。
 汗が伝い、溢れる。
 流れ落ちる流星のようにとめどなく落ち、床を汚す。
 がつがつとぶつかる膝や腰骨や鎖骨と肩甲骨。
 すすり泣きに近い嗚咽が吐き出されると同時に、狭い空洞に浴びせられた熱量が広がった。
 先端から、全体を侵すように粘液が壁に叩きつけられる。
 絶頂を得て与えられる刺激に、クロエは背後にある存在に反らせた身体を委ねた。
 つながれた部分を引きぬかず、下から支えるように抱き留める。相手の腰の上に乗せられた形に満足しているのか、そのままピッチが上がった息を懸命に整えようと試みているらしかった。
 肺活筋を酷使しているのは、こちらも同様。
 さらに体温を密着させようと身体にかけた腕に力を込めれば、気を和らげるために後方の襟首に後頭部を預ける。
 慣れた具合だった。
 男との性交を熟知した仕草。
 のめりこむほどの快感を得られれば、”経験”に関して責めはない。それに嫉妬を感じるのだとすれば、余程の自意識過剰だと言わずばなるまい。セックスは愉しむための行為だ。それ以上でも、以下でもない。だとしたら、今以上の意義を見出そうとするのは、愚かなことでしかないからだ。
 愛し合うことが目的だとしても大差はない。とはいえ、これはまさに欲求不満の捌け口以外の何ものでもなかったが。

 互いの温もりを貪るように背後からの抱擁を交わしながら、答えも求めず呟く。
 いいデータは取れそうか、と。
 果たして、返答は返らず。
 視線だけが注がれる。真っ直ぐ、曇りも引け目もないほど開眼した緑が。
 マスクを被る超人にとって、素顔のことを口にするのはご法度だ。同種の人間であればその禁忌はもはや通念に近い。
 話題に上らせることも異常であるなら、下の素顔を想像することもまた。
 妄執を抱かせるから良いのだと倒錯的な人間は吐くが、仮面こそが彼らにとっての素顔であるなら、その下を見たいというのは面の皮を剥いで頭蓋骨を見たいというのと同じだ。そう、他人であれば。
 だが、そうでないときだけ曝首を晒してでも求めたいと思う。それが自分の父親と母親の世界だった。
 決して分け入れない絶対的な信頼関係というか、そこに居場所はなかった。恨めしいわけではなく、そういう誰の邪魔も許さない、揺るぎ無いつながりがただの一人と存在すれば良いだろう、と思った。
 そう、面の皮を剥いで骸骨を直接見せ合う仲がもし本当に実現するなら。

 顎の下でまだ光る汗の粒が見える。目を奪われて、なぞるように指を這わせれば、弱いのか阻むように倒していた頭を持ち上げた。
 定位置から追い出されたように、喉の突起を撫で、胸の谷間を伝って下へ逃れる。モノがなくとも、下腹が性感帯であることは変わらないらしい。落ち着いた思考で各所の反応を確かめながら、じわりと獰猛なものが鎌首をもたげ始めるのも実感する。
 薬漬けどころか、慣習になる恐れがある。それだけ、”馴染む”体躯だった。背後からかき抱いても持て余しもせず、物足りなさも感じさせない、恰好の肢体。超人としての重みも、決して目障りではない。

 答えがないのを良しと思い、もう一度挑もうと今度は正面から床に倒した。つながったまま、器用に身体を入れ替え、下に毛布を敷く。
 組み敷かれた側の人間が、じっと相手の行いを洞察したままようやく重い口を開いた。
 聾唖だと思われても致し方ないくらい、口数のない超人。
「データを収集させる気があるのなら」
 声を出させすぎたのか、幾分掠れてかぼそいものになっている。
 だが、単語の節目節目には重みが置かれ、アクセントとなって発言の力強さは失せていない。
 軍人は発声の仕方まで流儀があり、それを仕込まれるというがクロエもそれに近いものがあるようだ。耳障りでもなく、通る”本質”の声。
 続く台詞を待つように、相手のはだけられた胸の両脇に腕を突いて見下ろす。長い鬣が肩から滑り落ち、肘までを覆った。
 そこに、つと手が伸びる。
 ずっとはずさなかった手袋を片方だけゆるゆるとはずし、今まで目に触れなかった白い肌が近付く。
 絡めとり、かすかに引く。
 動作だけを見ていればしおらしいが、表情はいつもの鉄仮面だ。
 けれど、知れるものはある。
 それが、一度の交わりで手にしたものの正体なのかもしれない。
 それとも、ただの目晦ましか。
「もう少し、手加減をしてくれ」

 最後の台詞は、哀願か悪ふざけか理解に苦しんだ。
 本当に勘弁して欲しいなら、それ相応の表情を作るものだし、ふざけるにしては声調が硬質すぎる。あるいは、もともとその手の冗談に耽ることなどないのかもしれないが。
 情報を得るのが仕事なのだから、本気で役割を全うさせてくれと思っているのかもしれない。その可能性が一番高い。

 おかしな、独特のペースを崩さない真人間。
 地を隠しもしなければ、虚栄に染まることもない。
 かごめるべきだと、思考のどこかで判決が下った。
 味方につけてしまえば、見た目以上の効能を見せるはずだと。
 元来、自分の側につく人間など必要としなかったが、それが”クロエ”ならば迎えるに値するかもしれない。
 自身の願望のため、そしてそれに伴走するようについて回るもう一つの本能のために。

「ああ、わかった」

 理解した。
 この男が、目の前に現れた意味を。

PAPER TIGER midoh.

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2002.02.17。--2005.03.09改稿。