+ second generations +

駄話[05] ■-

 男同士のセックスに、元より遠慮はない。
 女のように気遣わねばならないほど柔でなければ、行為が示す目的は処理以外の何ものでもないからだ。
 前戯は不要、とクロエは言った。
 その言葉通り、暗闇で器用に服を脱ぎ捨てるとすぐに後ろを向いた。上着を取らずに下が着脱できることにも驚いたが、上半身を隠すのがせめてもの羞恥だったのか、それはわからない。
 背後から相手の力量を測ろうというのだろうか。躊躇いも恥じらいもない姿態。四つん這いになって高く掲げた腰を前に、正直鼻白む思いがした。
 実際行動に移すことで、自分が望んだことがどれほど馬鹿げた提案だったかということを暗に認識させたかっただけなのか。犬のような恰好のまま、挑発しているのは精神なのか肉体なのか、その区別すら判然としなかった。
 どちらにしろ、乗りかかった船を途中で降りる気はない。
 それに、興味があった。
 この、クロエという超人に。
 だったら、体を押し臥せて相手を知るのも悪くない。
 だからこその要望だ。
 でなければ、最初から口に出すものか。

 無言で脱いだシャツを床に放ると、地面に這った肢体の脇に手をついた。
 覗き込むように上体を伸ばせば、わずかに白い面が見える。目を見開いたまま羞恥の色すら見せず、じっとどこかを凝視し続けている。
 クロエにとって、これも仕事の一環なのだろう。
 筋力を含めた身体能力の計測のために、敢えて付き合っているだけだ。ゆえに、遊戯でもなければ快楽を得る行為であるとも知覚していない。実務として、そつなくこなすつもりだろう。あまり、このケビンマスクという男を舐め過ぎてやしないだろうか。
 敢えてかける言葉も見つからぬまま、何も施していない指の先端を腰骨から下へと滑らせた。
 入口を確かめるように、丘陵の間を軌跡が這う。
 びくり、と肩が竦んだところで動きを止めた。微動だったが、肌越しに伝わる動作は滑稽なほど明らかだ。どの部分に反応したのかは、わかりきっていた。
 使い込んでいるのだろうか。
 露骨な反射に、怪訝に眉を寄せる。
 かすかな反射であるとはいえ、今まで無表情を気取っていたからこそ、尚更極端に思えた。もしかしたら向こうの肉体には神経が通っていないのではないかと思ったが、どうやら一応生身の人間ではあるらしい。
 後ろの窪みに指の腹を添え、数回押しつけると、引き攣れるように密集した膚が締まった。
 経験がなければ、元より他人と性交を持っても構わないと思うわけがない。他人とは、無論男を指しての言だったが。
 だが、そんなものをここで質す気はない。婚姻の約束をした男女ではないのだから、交遊関係について言及するのは些か馬鹿げている。
 初めてではないのなら、確かに遠慮は要るまい。
 言葉もないまま、次第に汗ばみ滑りを良くし始めた先端を、有無を言わせず挿入した。
 何に興奮しているのかは知らないが、掌に集まる汗腺の異変を見るに、自身の身体に少なからぬ影響を与えていることは事実であるらしかった。今の、この状況は。
 ずぶりと太い関節を埋め、内部の面積を確かめるように前後する。
 肩口に隠された口元から、くぐもった嗚咽が洩れた。
 それは苦痛ではなく、動きによって齎される疼痛への純粋な反応だろう。だが、徐々にそれが一種異様な媚態を帯びてくる。咥え込ませた体積を蠢かせる度、浅く胸を喘がせる呼気が口元から熱く漏れ出した。
 男を組み敷くのは初めてではないからこそわかること。
 クロエはここの使い方を知っている。侵入されることを嫌悪するものではなく、歓迎し得るものだと既知している。
 信じられないという思いと、なんとなく合点したような冷めた思考が交錯した。
 体格や体力が平均より見劣りする超人が、強さのみで価値を評価される彼らの世界で生きるには、それなりの手段が必要だ。そのために、後ろを使うことを許容ないしは強要されたとしても何ら不思議はない。超人界で生き残るための処方であるなら、同じ超人に身を差し出すことも避けられないのが現実なのだろう。
 適度に力のある者ならばそんな屈辱は堪えられないと、自ら無謀なる戦いに身を投じて命を落とすことを選択するだろう。
 しかし、超人強度が平均に満たない一族として誕生した者は、強度以外の部分で他より長けていなければ、この世界で立身することは不可能だった。ゆえに戦闘には参加せず、舞台の裏的な役割を担うことを専らとした。
 最も周知の成功例というのは、言わずもがな初代キン肉マンの補佐役として脚光を浴びた知将アレキサンドリア・ミートだ。
 超人の一族としては、はるかに見劣りする体型でありながら、生来備わった類い稀な頭脳で主をサポートし、数々の戦いで正義超人らを勝利に導くという偉業を成し遂げた。
 ミート自身に、自らの素質に対する引け目は確かに存在していただろうが、それを差し引いても尚彼が果たした功績は大きい。だからこそ、今でもその存在を超人界で認められている。
 ミートの存在は、非力な超人の出身でありながら活躍することに成功した最も良い例だ。
 だが本来、超人強度が並み以下の一族というのは、人間とは異なる種族として認められながら、超人の中でも貶められる者たちだった。
 人間と彼らの差は、歴然。
 人よりも優れた戦闘能力と体力の保持者として、超人という部類に分けられながら、『有力』か『無力』かで万別されている。
 比類なき強さこそが超人の真の証だと思われがちだが、実際は超人の中にも平民と思しき一般市民と呼ばれる者たちも少なくない。
 いや、正確に言えば、それこそが超人という種族なのだ。
 超人強度が一〇〇万近くあるということは、それだけで素質に恵まれた、有力者となるために生まれたような人材だ。
 代代特異な能力が受け継がれる者もいれば、時として神に選ばれたが如く、無力な血筋から生まれ出でることも多い。また、日々の鍛練によって、不朽の力を手にする者も然りだった。
 自分自身、超人生命学を専攻した覚えはないのだから、彼らに関する様様な不思議については詳しく解明することはできないが、クロエという超人は恐らく、強度が劣る一般的な超人の出身なのだろう。
 ひとたび宇宙に出れば、そんな奴らは五万といるし、決して珍しいものではない。ただ災いしたのは、クロエの肢体が人型であった点だろうか。
 体の各所に、人間とは異なる部品が取りつけられているわけでもなく、改造の痕跡すら見当たらない。クロエの身体を慈しんできた者が故意にそれを避けたのかはともかく、肩から下は真っ当な人間ですら羨むような、均整の取れた骨格と筋肉を保有していた。
 ああ、だから。
 納得する。手を休ませることなく動かし、喘がせている最中、暗闇に潜みながら冷静に知覚する。
 俺はこいつを男だと思えないわけか。
 体つきが女性らしいのではなく、腕にすれば簡単に拘束できそうなおのれより見劣りする体型。
 比例して筋のつき方も人間からすれば立派に鍛え込んだものであろうとも、慎ましやかにしか映らない。
 相手にしてみれば甚だ無礼千万だろうと、同じ超人として認識できないならば抱いても良いだろうと思わせられるのも然り。
 誤っても、生殖の相手ではない。そんなことは百も承知だ。
 けれど、なぜかしら沸き立たせるものがある。
 情欲であり、欲求であり、苛立ちも征服欲すら含有した衝動。諸々の劣情とともに、奮い立つのは下肢の獰猛さ。
 恐らく、使い心地は満点なのだろう。この指の具合から察するに、夜を徹して抱くくらいの価値はあるほどに。
 熱を蓄え始めた部分から名残惜しげにそれを引き抜くと、ジーンズに隠れたおのれの欲望を剥き出しにした。
 眼下には、後方を窺うことなく、一瞬だけ許された平穏に浅く息をつく姿が見える。
 長時間身体を支えていることに震えも見せない肩から先、手には拳が作られていた。だが、床を掻き毟るような苦悶があるわけではない。くぐもった声を洩らしても、嬌声を発さないのは仕事の一環だとの意識からだろう。枷を取り外されることなく、上っ面の仮面を被ったまま。
 現実の素顔ではなく、放たれた本当の痴態を見てみたい。
 陰湿な欲求など、自身にあることなどすでに承知している。いつまでも世間知らずな子どもではない。自分の中を形成するものがすべて、清らかで光り輝いているものでないことなど熟知している。
 だからこそ、外道に堕ちることもできる。
 そう開き直ることこそ、誇り高い精神を貶めていることに他ならないと、あの父親ならば言うだろう。それは正しい。嫌というほど理解しているからこそ、認めたくはない。
 醜さも美しさも、そのすべてが自分であるというなら、それを主張することが自らの解放だった。

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2002.02.17。--2005.03.09改稿。