駄話[07] ■
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上からの命令で、急遽超人オリンピック英国代表選手のお目付け役に抜擢されたものの、ケビンマスクとの間に『契約』というものは存在していなかった。 暗黙的に『この大会が終わるまで』、が任務の期限となっていたが、両者の間で細かな規則事項はないも同然。 無理もない。出会って1日か2日経っただけなのだ。しかも、ケビンにとってはまさに寝耳に水。強制的に国からサポート役を与えられたに過ぎない。押しつけられたと言っても過言ではないだろう。 誓約が設けられていないと言っても、所属機関及び”国”に離反と見なされない限りにおいて、優勝候補と名高い超人に尽力すれば良いだけであって、取りたてて問題があるわけではない。定期的な連絡を欠かしさえしなければ、どのような行動を取っても許されると判断している。だからこそ、こうして国の管理下であった”住処”を移すことも、面倒な書類審査を受けず認可されたのだ。 早朝、ケビン宅を出てから家に帰って荷物を整理した。もともと仕事用の機材以外、めぼしいものは置いていない。であれば、持って行くものは自ずと限られ。 結局持ち出したのは、ノート型のPC一つ。これまで収集したデータもすべてハードディスクに落としているので、付属品も何もない。 殺風景なものだ。いつどこでのたれ死んでも、遺留品の処分には困るまい。 「どこへ行ったか心配したぜ」 出迎えるように、ドアを開けた途端呟かれる。ベルがないので数回ノックをしただけだが、広い室内で聞こえるかどうかはあやしい。なのに、飛んできたとばかりにすぐに応答があり。 無言で見つめ返せば、大方を察したようだ。肩を竦めて中に入るよう促す。小脇に抱えているものがただの機械だと知ると、妙な表情になった。 「それだけか」 引越しをするにしては身軽すぎる、と言いたいのだろう。だが、それに対してどう返答すべきか考えあぐねる。良識を備えていても、答えに窮する話題だったろう。 意味などない。必要で、実際家にあったのがこれだけだったから。 ケビンは洗面所から出てきたところらしく、頚のあたりが濡れていた。泡が拭い去れていないことから、髭を剃っていたのだろうと当たりをつける。超人とて人間と同じだ。朝の嗜みくらいはある。 目線で指摘すれば、思い出したように自らの顎を撫でた。すっかり忘れていたと付け加える。そんなに慌てることだったのだろうか。自分勝手に育ち、何もかも放任されてきたようなナリをしているのに。 ケビンの出生の地であるロビン家で、何があったか詳しいことまでは耳にしていない。だが、父親と確執があって、家を飛び出したことは聞いている。それが若気の至りだったのか、根本的な主張の違いからだったのかはわからないが。 ともかく、正義超人の家を出て悪行超人に走った。そのことだけで随分と『ケビンマスク』という超人の輝かしい経歴に影を落とすことになるだろうに、それを中傷の”タネ”にするのは口さがない者たちだけだ。あとは、圧倒的なファンによって支持されている。 生来持つカリスマ性、というのだろう。これこそ、誰もが平等に持つことを許されない”天性”。羨ましくないといえば嘘になるが、才能や素質というものが集中的に備わっている逸材もいるところにはいるのだな、と思わされる。本人は感謝も敬服もしていない。他が羨望して止まない究極の至宝を。 「オレがそっちに要求することはただ一つ」 支度を終え、Tシャツを被っただけのケビンが卓の椅子に就く。豪奢な金髪を無造作に垂らし、相手を見据える眼は真っ直ぐで曇りがない。自信に満ち溢れている。当然の、態度。 「クロエ、おまえにはオレの手足になってもらう」 無論、ブレインも兼ねているが、と告ぐ。 プロの超人レスラーにはなくてはならない者。それは、トレーナーだ。自分の体力やスタミナを客観的な目で測り、管理する。決して自身ではできないことの”全般”を任せる、言わば片腕的存在。 それなくしてはいつまで経っても超一流の超人とは言えないし、また認められもしない。もちろん、端からそのつもりだったので、異論はない。 御託を並べ立てる気はないが、と続く。 「協力は惜しみなくしてもらうぜ」 頷き返せば、相手は笑ったようだ。鼻から軽く、空気が抜ける音がする。 仮面越しでもわかる、表情の微細。いや、ケビンのマスクはかなり感情が出やすい。眼の影が明確だし、当人自体、クールと言うわけでは決してない。 むしろ、熱い。若さに溢れている、というよりは、情熱が先走る気質なのだろうか。熟達した伝説超人(レジェンド)たちとは明らかに違う、新世代の気風に近い。パワーに満ち溢れ、影響力が強い。幼い頃から正義超人のリーダーとなるべくして生まれたような存在。かって、かの父親がそうであったように。 ケビンマスクには絶対的な魅力がある。たとえ少々無鉄砲で計画性に乏しかろうが、付いて行こうと思わせられる”熱情”がある。まやかしでも一時の幻覚でも、それを意義あるものと思わさしめる力が。 ただ、自分はそれに惑わされることはない。共鳴することなく、却ってこの男に反発さえある。恵まれた素質に対する嫉妬のような、かすかな憎しみ。だが、冷静に相手を分析できるからこそ、パートナーとして勤まることもある。恐らく、今の立場はそれだ。 馬が合わなかろうが、どちらにせよ任務遂行に支障はない。なぜなら、これも『仕事』だからだ。 「で、早速だが、率直なおまえの意見を聞きたい」 自分と、万太郎。 キン肉マン2世を名指しし、ひたと視線を眼前の対象に置く。 戦った場合、どちらに勝算があるか。 有無を言わさず答えを要求される。 対面して一日経ったくらいの者に、その評価を求めるのは浅はかであったかもしれない。だが、分析能力を買われているのだと思えば、自然と答えは出てくる。知り得た知識から導き出される回答。 「万太郎だ」 結論から述べる。勿体振りはしない。理由は続きを聞けばわかるから。沈黙するのを続行の許可と踏み、淀みなく答える。 無表情ではあったが、若干の動揺もあったのかもしれない。ケビンはただ黙って耳を傾けていた。 広い室内のリビングに、一人の声が淡々と響く。 「素質、という点で、万太郎には目を見張る潜在的な能力がある」 第一に、やはり父親の遺伝子が強い。 正確にはキン肉族特有の、筋肉質的体躯だ。どんなに鍛練を積んだところで、元来超人に備わるべき筋肉細胞の性質を変えることは出来ない。彼らのそれは人間と同じく、生まれた環境によって様様な特性を持つ。筋肉がつきやすいかそうでないか、という体型的な差から、筋肉特有の特長まで千差万別だ。たとえ鍛え上げようと、もともとの筋肉が一族特有のものであれば、他のより秀でたものに作り変えることは不可能。であれば、それは生まれ持った『素質』に他ならない。 万太郎にはそれがある。キン肉マン2世としての戦いのセンスを受け継いでいるのかということばかり取り上げられ、そこに目が行くが、本来彼が持つ素質自体がすでに優れているのだ。戦いを有利に進める肉体的な資産。最後の切り札ともなるそれは、望んで手に入れられる代物ではない。 無論、特性を生かした特訓を課せば、万太郎が生まれ持った素質に打ち勝てる可能性もなきにしもあらずだが、実力が拮抗するギリギリの場面では、優れた素質こそが物を言う。戦うことに最も適した体質。それが、キン肉族の肉体的財産だ。 第二に、母性遺伝子。 キン肉族は、伴侶は代代多民族である民衆の中から得ている。同じ星に生きているのだから、元来祖先をひとつにするものだ。そして、彼らキン肉星の民は人間ではなく、すべてが超人だ。力は他の超人と比べて非力であっても、戦闘型でないだけであって人間より体力ともに優れている。 対してロビン家は、地球に移住してきてからずっと人間と結ばれてきた。子孫は混血で、代を重ねるごとに超人の遺伝が薄らいできている。数値を測っていてよくわかった。確かにケビンは超人強度は父親ロビンマスクを上回り、体格的にも見劣りがしない。だが、いざ細かな計測をしてゆくうちに、母親の遺伝子がその成長を妨げていることが窺えた。 素質は、悪くないのだろう。超人としては。しかし、その伸びは確実に小さい。地獄の特訓を課さない限り、他の超人の成長に追いつかないほどに。 「つまり生粋の超人である万太郎と、混血のオレとでは勝負にならないというわけか」 わずかに自嘲を含んだ声が遮った。話を止め、相手を見つめる。 すぐさま、ではなかったが、ケビンの独白を否定する。 「戦いの最後にモノを言うのは、生まれ持った素質だ」 努力だ、と言う者もいるが、それは詭弁だと断言する。 意識は朦朧とし、体力が削げ落ちて足元すらおぼつかなくなる極限の状態で、無意識のうちに引き出される”もの”が日々の鍛練によって培われた”技”や何かであるはずがない。 百歩譲ってそうだとしても、最後の最後でそれを出しきれる境地に達すには、並々ならぬ修行が必要だ。熟年の、数々の戦歴を積んだ者でなければ到達できない極地。であれば、今の時点では万太郎の素質を追い越すことは、ケビンには無理。 「だったら、オレに勝算はないのか?」 幾分苛立ったようにケビンは放った。予測していた応答だった。自分が負けるだろうという見解を聞かされて、心穏やかな者などいない。平素を保っていられるなら、戦意がないと見なされても仕方ないだろう。その点ではケビンは合格だ。少なくとも彼には、戦う意思がある。執念深いとも言える、勝利への執着が。 「あるにはある。だが、まだ不確定な事柄だ」 目の前の人物が言葉を濁したことに、怪訝な目を向ける。まさかここで返答に詰まるとは思わなかったのだろう。あれほど蕩蕩と答えを論じていた相手が。 このままお茶を濁されてはすっきりしないのだろう。聞かせろ、と命が下った。権利があると主張するように。 合点し、続ける。 「超人の潜在能力について、研究している」 超人のポテンシャル。 聞きなれない言葉に、ケビンの眉間がますます寄せられた。 |
PAPER TIGER midoh.
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