駄話[--] ■
|
後ろから挑まれ、急激に突き上げられる。ねじりこまれた熱塊の動きに容赦のないことを察して、反射的に背後を窺う。 血痕がまだ残る蒼いマスク。無言で、腰を揺らす。抗いきれない。 思わず反射的に動きに倣って放たれる声に誘われるように、内部の収縮が加速する。簡単に馴らされる身体。今更何を言ったところで、泣き言にしかならない身の上。ならば、忘れるに限る。思い出すことさえ、夢の中でもありはしないのならば。過去は棄てきれないが、流すことは出来る。現実に痕跡が形として残っていても、痛覚を麻痺させて受け流すことは。だから、どれもこれもが自分にとっては無意味なものだ。けれど、これは違う。 ああ、熱い。 この熱さがケビンにも伝わっているのだろうか。灼熱の棒で貫かれて身をよじる。所詮、哀願したところで力を緩めてくれるわけではない。 腹部を密着させ、下から腰を入れる。技巧の巧い下手がどのようなものかは知らないが、動作の一つ一つが確実にこちらを追い詰めてくる。ツボを心得ているのか、ただ単に”合う”のかはわからない。それでも病み付きになる。すでに大部分が手遅れなほど。 一定のリズムで刺し貫かれると、身体を抱きこまれる。先ほどまで腰に添えられていた汗ばんだ掌が前へ回る。胸の隆起を愛撫し、広げられた脚に温もりが這った。 超人オリンピック緒戦を制し、試合後控え室に戻った矢先のことだった。 痛め付けられたその身を懸念して、まずは過度に消耗した体力と筋肉の休息と修復に当たらなければならないこと示唆したにも関わらず、身体を奪われた。引き寄せられ、有無を言わさず侵入された。 本気で抗おうとすれば、よほどの覚悟が必要だ。実力の差はわかりきっている上、腕に物を言わせて強制的に抱かれたことも少なくない。試合前の選手にとって、性交は厳禁だ。1週間。せめて試合までの3日間は色事を控えてくれと言ったにも関わらず、求められたこともある。これには正直辟易した。何がケビンをそこまで駆りたてるのかは知らないが、大会優勝を狙うならば少しは節制して欲しいと思ざるを得ない。別に自分がその役を担っているからいやなのではない。ケビンの精液の捌け口であること自体は構わない。余所で励まれれば管理するにも限界があるし、対象が自身であれば、どうにか節度を保つよう諭すことも可能だろうからだ。 だが、実際はどうだ。この体たらく。 背後から脚を広げさせられ、下から放熱するものを受け入れさせられる。逃げることも出来ず、入口にあてがわれただけで次の刺激を予測して内側が機敏に反応する。目をそむけることもできない愉悦の波が全身を侵し、ついには欲望を最後まで遂げさせてしまう。 認めよう。自分は悦んで受けている。与えられる熱量も激しさも快楽も。当然の報酬とばかりに受け取り、歓喜している。 それでも理性は警鐘を鳴らす。ケビンのことを思うならば、これ以上の放任は許されざるものだと。 口を引き結んで洩れる嬌声を堪える。くぐもった鳴き声に変わったことに異変を感じたのか、胸の丘陵を通って喉に長い指が伸びた。 問われる。良くはないのか、と。粗い呼吸に紛れて、美声が届く。それすら耳から注がれる媚薬のように、脳神経を刺激する。麻痺させ、要求を拒絶できないものにする。下半身の欲望を。 仰向けにされた喉を反りかえらせ、頭上に見える相手の顔を凝視する。汗が光る露な肌。マスクにこびり付いた血痕が体液と混ざり合って、かすかな異臭を放つ。異様な光景も、今はただ理性を溶かす陶酔を得る材料にしかならない。ケビンだけが欲情しているのではない。自分自身も、まるで通年発情期かと見まごうほど没頭してしまっている。 もともと、超人は人間ほど性欲が強くない。性的欲求よりも戦闘本能が強力で、みなぎるほどの力を持て余すことを最も厭う。なぜならば、彼らにとって強さこそが自身の存在条件であり、証だからだ。それをオープンに出来ないこと。生存意欲とも言うべき力の証明を他に見せ付けられないこと、実感できないこと。それが不可能だと悟ったとき、高潔なはずの理性が悪道に堕ちる。 正義超人には”活躍”というものに制約が存在し、栄光と賛美を受ける反面その闘争本能を平和の枠の中に封じられる。戦う相手もなく、能力を自他に認めさせることなく一生を終えるやもしれない。戦わざるして、何が超人か。『正義』という名のもとに自らの限界と失望を感じ、悪行超人に堕落する者も少なくない理由はそこにある。悪行に堕ちれば、正義超人のすべてと戦うことが出来る。また、正義超人も彼らと戦うことで本能を充足させるのだ。 この世の悪行超人を全滅させることを目的とせず、飽くまで向かってくれば倒すことを名目にする正義超人たちのポリシーは、一見クリーンに思えるが別の観点から見れば自身の不満を発奮させる材料として『悪』の存在を容認していることに他ならない。そして、それは悪行サイドでも同じだった。 なぜ、悪が滅びないのか。人間ならば不思議に思うことだろう。正義超人が、なにゆえ彼らを根絶やしにしようと宇宙に飛び出さないのか。からくりはそこにある。どうしようもない、超人としての本能が悪行超人たちの根絶を断固として阻むのだ。 修羅地獄。無限に続く闘争の歴史を、超人排斥を掲げる人間たちはそう評す。間違いではない。その認識は、間違ってはいない。 だが、潔癖なまでに超人たちの生態系を危険なものとして排除するよりは、彼らの”致し方ない”生き方を認めることこそ、真に人間と超人が理解し合える環境なのだ。人道だ、という理由で彼らに人間たちの枠組の中に閉じこめるよりは、世界を認め合うこと。姿形が人に近い者が確かにいるかもしれなくても、超人は超人であって、人間ではない。であれば、最初から人の世界に入って生きるには無理があるのだ。たとえ、努力でその大半の問題は解決できるかもしれなくても。 話を戻そう。なぜ超人が性欲を強く感じないのか。根拠は簡単だ。 強力であればあるほど、彼らは次代を必要としない。もともと自意識が過剰なのは、才能に恵まれている者ほど極端に顕れる。資質に裏打ちされたプライドの高さは、そのまま能力を高めることに移行し、愛する者との間に子を成そうという考えは稀少に近くなる。前述した通り、力の証明を本能とする者に、生命に対する危険は希薄だ。であれば、自身の能力を次に託すことが大いなる使命であるとは夢にも思わない。特に、彼らは早くに肉体が成人してしまうため、性欲を自覚することが体の成長から遅れるきらいもあった。彼らにとっての成熟とは、体力筋力が熟し、戦闘において大人たちと遜色なく渡り合えるということであり、子を成すことが出来るという合図ではない。超人の生育メカニズムのメインは戦闘であり、”生殖”は能力を高める次の、本能から数えて3番目の順位に位置された。弱者ほど、この三つの差が決定的なものではなくなり、時として入り乱れることがある。だが、強者は絶対だ。選ばれし、と銘打って差し支えないほど才能に溢れた超人たちは、戦い、実戦において能力を高めることこそ至上であると謳う。 ならば、どうしてケビンマスクはこれほどまでに性欲に貪欲なのか。 仮説は立てられる。ロビン一族は地球出身の超人ではない。いや、超人自体地球には存在しない外来の種族だ。どうして彼らがそこに住むことを許されたのかといえば、環境に恵まれ、労働力となる人間たちが数多く住んでいる星を支配下に置きたいと目論む悪行超人たちが攻め入ってきたからだ。 特に英国を拠点として数々の功労を上げたロビン家は、国家から深い尊敬と感謝の念を贈られ、祖国を代表する名門となった。また、功績だけではなく、外見も見た目を重んじる英国の気風と一致した人型の超人であったことが幸いした。 見目ともに麗しく、才能に長け、礼を重んじる。 ゆえに人間との婚姻が容易であり、常に人の間から良き伴侶を得てきた。それが災いした。いかに超人の遺伝子が優秀であろうとも、代代別の遺伝子と交配を続けていれば伝達される情報が組みかえられる恐れがあった。力と外見の美しさが比例しないのと同様、ロビン一族には人間に近い素質が段段と備わるようになってきたのだ。無論、傍目にはわからない微々たるものだが、数値には完璧に表れる。超人強度は生来の基本値を日々の鍛練によって伸ばすことが出来るが、筋力の落ち方は尋常ではない。このまま地球人との交配を続ければ確実に”人間”に寄る。何十年後になるかは知らないが、ロビンの一族は確実に人と同化するだろう。 だからだろうか。人間に近い超人。 ケビンマスクがこれほどまでに性に執着するようになったのは。 まるで獰猛な野性を背後に抱いているような錯覚すらある。突き上げられ、揺さぶられる振動が脳をぶれさせる。与えられる愉悦は確実にこちらに伝わってきているが、最後の砦までは侵せない。覚めた部分。覚醒し、自身をじっと見下ろす眼。どれほど狂態を繰り広げようとも、真に酔うことのない魂の頂き。 愚かしいことだと思う。獣のようなこの交わり。相手の射精のために奉仕する行為ならば、無様としか言いようがない。 これが、超人だ。行動に没入することなく、冷静に判断する。戦いにおいて、正気を失うということはすなわち死を意味するからだ。今のケビンのように、この一点に集中するなど土台無理な話。身体が愉楽に呼応しても、覚めている。見つめている。喉から解放されたように止めど無く放たれる声音すら、向こう岸の火事のようなもの。 荒荒しい呼吸だけが満たす空間に、一際熱い猛りがうずめられる。灼熱の度を増した、絶頂の間際。むず痒い箇所に届いた塊が、一瞬のうちに破裂する。歯を食いしばる気配。息を止める音。 かちあった頭部を覆う金属の鈍い響きが、終わりの刻を告げた。脱力したように覆い被さる体重に、バランスを取れず目の前の壁に持たれる。汗だくで、流れるものが誰のものであるかも定かではない。 放精する機能を失った者に、快感の際があるのかと問えば、現実にはない。奥深くを穿つ熱量に侵される刺激とイメージで快楽を得ることがあっても、最後の到達は相手のそれとの精神的同調しかないからだ。もともと、初めての射精を体験する前に取り上げられたのだから、男の得る絶頂というものも未だによくわからない。 わずかに苦味のある思い出が甦った気がして、我知らず唇をかみ締める。背に体重を預けていたケビンも、束縛を解放するかに見えた。しかし。 ぐ、と前部に回していた両腕でしっかりと身体を抱きこむ。すっぽりと納まった感覚に満足したのか、そのまま動こうとはしない。無論、ぬめりとともに内部に存在するものも、依然居場所を得たままだ。 心地よさを貪っているのだろうか。確かに、悪くはない。この、今の感覚は。 極度の脱水症状から、いつもより肉が削げ落ちてしまった胸筋を服越しに背中に感じながら、止まった時間を弄ぶ。腕を取り除いてしまえば自由になれることはわかっていたが、そうさせないものがあった。自身と同じように次第に落ち着いてくる他人の粗い呼吸を耳元に受け、温もりに身を任せる。 欲望の充足と、相手の反応に文字通り神経を溶かされたのか、陶然とした声が届く。 「もっと最中に集中してくれればな」 咎めるような口調に、顔をかしげ表情を窺う。鉄騎兵の仮面が視界に映るだけだが、内側の変化くらいは馴れれば容易に読み取れる。調子は平然としているが、なんとなく臍を曲げている節がある。それを口に出せば、即否定されるだろうが。 「良くなかったのか」 ケビン、と問う。 苦笑の吐息が吐かれ、小さく相手は笑ったようだ。行為中も尋ねられ、返答しなかったのと同じ問い。 「身体は最高だがな、クロエ」 剥き出しになった喉を撫でる仕草をする。汗で湿り、肌が吸いつく。小さな刺激すら、与えられているのだと思うと疼痛すら感じる。過敏に察し、反射的に後ろに力を込めた。息を呑む声が耳に入り、やがて忍び笑いが届く。 「そう焦らなくても大丈夫だ」 何が大丈夫なのか。卑猥な揶揄に憮然とする。こちらは反射で、誘いを意図しての行動ではない。わかっていながらの発言。目に見えて明らか。後方から抱きかかえられ、伸びた首を肩口に寄せられる。間近にある、蒼い仮面。汗で流れたのか、血の鉄臭さは大分治まっていた。試合で吐いた自らの血に興奮していたのか、それとも戦いの余韻が神経を昂揚させたのか。どちらにせよ、この度の弁解はなかった。何が不服なのか再度目線で促せば、にやりと皮肉な笑みがこぼれた。 「ときどき、マスターベーションをしているのかと錯覚して、腹が立つときがある」 抱えた腕のもう片方をわき腹に忍ばせながら、呟く。自嘲のようでもあり、こちらを責めているようでもあった。向きになって苛んでくるのは、そのためか。明確な暴力という形ではなかったが、無理矢理押し入ってきて、その上手加減をしないのは。 「どうすれば、ケビンの不興を買わずに済む?」 愚鈍を晒すようであったかもしれないが、素直に尋ねる。打開を見出す努力など不要の代物だが、理由もなく言葉は出ていた。あまり、追い詰めたくはない。これは、一種の甘さなのだろうか。 我々に不必要な、怠惰な感情。 沈黙し、吐露した。 沈痛でもなく、投げやりでも、悲愴でもない。 理解しがたい、あの6文字を。 ケビンマスクという超人の、人間としての言葉。 「愛してくれ」 腕は硬く閉ざされた。 |
PAPER TIGER midoh.
|