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駄話[08] ■

「つまり、それが勝利への鍵となるわけか」
説明を聞き終え、ケビンは言った。憮然としているが、納得はしているようだ。
まだ存在を確認されていない、キン肉族以外の超人にも秘められているといわれる『K.K.D』の名。
K.K.D。すなわち、火事場のクソ力のことだが、これまではその力がキン肉星の王族にのみ伝わるとされ、その定説に対して誰も異論を唱えなかった。戦闘能力に秀でた一族だからこそ、持ち得るものだと信じられていた。だが、実際には素質に恵まれた超人ならば、個々にそれと同じようなものが備わっているという仮説がまことしやかにかに囁かれ続けていた。
戦いにおいて極限を察した『本能』が引き出す、未曽有のパワー。
その力が超人にも元来備わっているということは、超人研究者の一部で囁かれる程度で、これまでそれを証明できた者がいなかった。
そして、密かに実証の”機会”を待ち望まれていたもの。
なぜ難しいのか、これまで取り上げられなかったのか。
理由としては、立証には『実験台』が必要だったのだろうということが推測できる。秘めたる力を持つに”見合う”超人。並の凡人ならば未知の力が潜在する可能性は低いが、凡夫ではなく超一流の超人ならば、あるいは。
今までそんな夢物語のために、モルモットとして自らの身を研究者たちに差し出す超人がいなかった。平和に馴らされ、勝利に執着する者が極端に減少したことがその原因とも思える。力を得るためなら何でもする。その精神が、勝つことに渇望する悪行の類いでしか存在しなかったから。
だから、これまで実現することがなかった”もの”。
ふと、視線が落ちる。
もしやそのために、自分をケビンマスクの元へ派遣したのか。雇われる以前に書き溜めていた論文をどこかで読んで、ケビンをその題材として使えと暗に言っているのか。
探求したかった謎について。いや、存在し得るか否か、その可能性について調べ上げろと。確かに願ってもない逸材ではある。その事実は否定出来ない。悪行超人ならば、金を渡せばあるいは実験を許可してくれるかもしれなかったが、エリート超人では望みが薄い。実力はともかく、何しろ正義超人としてのプライドが人一倍高いからだ。”試し”に使いたい、と言われて快く承諾するような人物は稀有。
それを見越して、国は”ケビンマスク”を素材として選んだのか。
黙したままを気遣い、相手が視線を投げかけてくる。思念を読み取られまいと無言でじっと見返せば、わずかに表情がほころんだようだ。何が嬉しいのだろう。ここに、こうして二人でいることが。
「面白え。賭けてみるか、その”未知の力”ってやつに」
動いた表情に続いて、にやり、と不敵な笑みが浮かぶ。
利用されるのがそんなに喜ばしいのだろうか。
否。ケビンは純粋に勝つことを切望している。誰の手も借りず、自らの力で勝ち取るものを願い、焦がれて。
輝ける者、というのは決して他者の光によって発光しているのではない。自身の能力だけで光り輝く。協力など、そこに至るまでのただの踏み台でしかない。
”だし”にされているのは、果たしてどちらなのか。
黙視する先には、揺るぎない自信に裏打ちされた容貌が留まる。負けることなど端から考えていない王者の風格。それに対して後ろめたい気持ちを感じるのは、恐らく錯覚ではないのだろう。
告げるには勇気が要る。
必要不可欠ではない、言い出す”きっかけ”。
背後に潜む陰謀や策略を暴露することは容易であって、難い。自身の身の振り方を顧みることが要求される。思考する前に行動する者なら容易いかもしれないが、しかし。
べらべらと不用意の発言をする質ではないことが災いしてか、思考回路はこれ以上の発言を拒否した。
欲求はある。この一連の行動が、誰のためになされていることなのか。まだ目にしたことのないものが、実際に存在するのかどうか。
矛盾し、交錯する。二つの思いは『自』と『我』。
一方は厚い忠義心と愛国心から。そして他方は自分のための執着、我執だ。探求者ではなかったが、知りたい知識の分野ではある。恐らく、前人未到の力の域。
どちらにせよ、選択はどちらか一つ。あるいは、どっちつかずか。
すべてはケビンマスクを中心にして張り巡らされた蜘蛛の巣のようなものだ。客観視すれば相互の関わり合いを解読することは可能だが、中に入れば道筋を正すことは難しくなる。
明確な自身の立場は、所属する機関の側、ということだ。
ケビンマスクにいかなる感慨を持とうとも、それの前では塵に等しい。例え如何なる同情を感じようとも。
同情。
何に対して。
不可解な思念に自ら眉間を寄せる。他人を哀れむこととは無縁のはずだ。思うだけ無駄。誰かに心を砕いても、時の流れは人の心の機微を汲み取ってはくれない。
だったらなぜ、そんな思考に陥るのだろう。
「どうした」
態度が急変したことを空気を通して察してか、不意に腕が伸ばされた。眼前でぴたりと止まり、指先が頬に触れる。
見開かれた目は、動作への驚きか、それとも怯えか。
「何もない」
異変など何も。
だから。
「問題はない」
無意識に吐き出された自制の言葉に、一瞬我を疑う。ない振りをしているだけの、ただの強がり。動揺を引き出すだけのパーツなど、どこにもないのだと自身に言い聞かせるような断言のし方。
ケビンは黙って聞いていた。独白に耳を傾け、撫でる頬の感触をその掌に刻む。
「クロエ」
呼ばれていることに気づかず、目線が慌てて直線に戻される。わずかな驚愕が、通常の反応をコンマ2秒ほど遅らせていた。少なからず、若き英国代表に引きずられかけていることに対する無言の嘆。絶対にあってはならないことだと意識しながら、結局防ぎきれなかったことに対する自信の喪失は免れない。
強烈で高慢。且つ、退くことを知らない威風堂々たる佇まい。時折見せる優しさと思しき仕草さえ、毒でも薬でもあるような。ひと目見て特筆すべきは何もないと意識したのは、囚われる前のせめてもの抵抗だったのかもしれない。
わかる。
今なら知覚する。
恐らく自分はこの男の敵にはなるまい。だが、味方になれるわけでもない。完全なる庇護者には。
もう一度、たくましい喉仏の陰影から声がする。焦点は合っていなかったが、目を伏せたわけではなかった。我を取り戻せば自ずとよみがえる青い現象。
頭部に頂く金色の眼さえ、今は険を忘れて見入っている。
敵視されるならばまだしも。
味方に引き込まんとするかのように、思いを流しこむのはやめてほしい。それも、他に無数に与えられるべきものではなく、一点に注ぎこむような密度の高い感情を見せるのだけは。
「おまえはオレの側(がわ)につけ」
インサイダーとなるように。
命じる。曇りのない声調。そう仕向けられるだろうという確信が込められた、紛れもない自信。どこからくるのか。それは多分、身の内からだ。何の確証もないままの、思い上がりにも似た宣言。一種独特の呪いに近い。
逃れられぬ呪縛。近付くのではなかった。こんな強烈な者に。自意識によるところではなく、他人の作為あってのことであれ。
ケビンマスクの言に素直に頷くことなど端から無理。完全にはなれない。そちら側につくことも、いずれ時が過ぎれば可能になるだろうという保証も、どこにもありはしない。
答えるべき返答を失し、凝視に込められた思念を読み取ってか相手はかすかに微笑した。
「オレは短気だが、時と場合による」
まあいい、と頬からその手を退けた。
ここで理解できるのは、やはり二つ。
ひとつは避けられない現実で、もう一つははるかな望み。
最終的。
到達するものの先には必ず裏切りがある。
味方にはなれないというただ一つの現。
目の前の偶像のために打ち捨てられるほど易くはない、自身で課した灰色の枷。
あとのひとつは。
「そちらのサイドにはつけない」
「が、協力者にはなる」
なることができる、と。
脳裏のしじま。厳かに頭を持ち上げたのは、口に出すことは憚られるたった二文字の幻影。

PAPER TIGER midoh.

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2002.03.31。