駄話[--] ■
|
軋むベッドに身体を横たわらせ、戒めを解くように身につけていたものをすべて剥ぐ。その動きの最中にも、片方の掌はひっきりなしに肌を探っている。 滑らかな、引っかかりのない、白いなめし革のような体。うなじを通り、肩甲骨から脇へ。敷き詰められた筋細胞の張りが、直に手に伝わる。体格が小さいと言っても、クロエも超人だ。人より優れた『素質』を持っている。 人間から見れば、恵まれた体躯。余りのない肉付き、長く伸びた脚。鍛え上げられたような肢体は、だがしかし、真っ当なレスラー型超人のケビンの前ではか細く、不確かでしかない。 抱きしめてしまえば、腕に納まる印象。 たとえ屈強の戦士といえど、他人の胸に抱きかかえられれば赤子並みにしか映らない。少なくとも、力を込める者にとっては容易い存在だ。抱きしめて、守って。庇護欲を触発する対象にしかならない。 愛しい。 唇を寄せて、耳元にわざと吐息を投げかける。 こんなに衝動を奮い起こさせる者がかつていただろうか。いや、これからも。見つめているだけで沸きあがる思いは陶酔を通り越して、精神的な軽度の酸欠状態に近い。吐いた息を戻し、再び吐き出す。浅い呼吸の繰り返しを、ずっと脳内で繰り返すかのような、切なるものが今なお続く。 それを表す言葉なら知っている。誰しも一度は耳にするもの。まだ接点が多かった幼い頃、母親が幾度となく囁いていた単語。聞かなくなって、どれくらい経つのだろう。それすらもう、おぼろげな記憶でしかない。 相手より温度を持った掌が、径路を辿り奥へ至る。 二つの丘陵の間を縫って、深みに隠された直接の性感帯へ触れる。穏やかに返されていた反応が、そこで突如緊張に包まれる。普段なら、取りたてて抵抗を示さないはずだ。いつもと違うことは、ベッドに横たわったときから察していたことだが。 目の前にさらされた相手の肉体に没入するように垂れていた頭を持ち上げ、表情を窺おうと視線を上げる。黄色い光りの宿った先にあるのは、こちらを凝視する緑のゆらめき。雨の中の新緑。かすかにしかめられた睫毛の先端が、小刻みに振れている気がした。 行為を中断してほしいのではない。口にするのを憚られるほど、クロエは確かに続行を望んでいた。 思考の中で頭をもたげるのは、決して易い感想ではない。 今まで毛ほどの素振りも見せなかったというのに、いきなり思いが通じたとは到底考えられる状況ではない。短期間の付き合いから知り得た独自の情報の中でクロエという人物を評すならば、”思いきり”が良くないということだ。論理で言いくるめても、自身が納得してさえいても、常に物事を見る目に猜疑心を持つ。事象に関して”周到”だと言えば聞こえは良いが、一度決定を下したことにいつまでも囚われているのは、潔いこととは程遠い。思慮深く、軽率を嫌う。クロエが頭で考える質だからこそ、思いを無理に押し付けようという気にはなれないのだ。どうせ口に出しても、なんだかんだと理屈をつけて、結局回答を導き出さないままだろうからだ。 端から見れば手をこまねいているだけなのだろうが、こちらは至って真摯だ。好意というものに対して誇りと自尊心を兼ね備えているロビン家独特の構え方なのだろうが、心に決めた者に対しては一途なまでにひたむきに思いつめる。 潔癖、と評されるものだろうが、言い換えれば臆病なのかもしれない。おのれの信ずるものが覆されるのを恐れ、させまいと思考が働く。一見浮気の心配はなさそうだが、考えてみれば恐ろしい回路と評さざるを得ない節もないわけではない。 幸い、見た目や志が人に好意的に受けとめられるがために苦労をしたことはなかったが、自身に魅力を感じない者にそれを押し付けるのはいささか無謀すぎる。 確かに、そんな思慮を差し引いても、思いを遂げることができるという自信は揺るぎ無いものとして存在していたが。 それが一族の強みであり、最も秀でた魅力なのだろう。 クロエが自分を欲していることを、ただ安直に受け入れられたのだとは思わない。思わないが、引きずられる。身体を重ねて、内部に欲望を委ねて果てる。直腸に直接粘液をぶちまけられるクロエにとっては、何ら益のない行為。それでも拒まれないのだと思うと、思いあがりが増幅の一途を辿る。 これ以上を望んでも良いのか、と。 手酷いと思われるところまで踏みこんでも許されるものなのかと。 谷間に履かれた薄い汗の幕を掬いとって、そのまま指先に乗せ内側へ忍ばせる。部分的な筋肉による反射的な抗いはあったが、すんなり導き入れられた。深度を増すうちにも、何度か小さな痙攣が侵入者を締めつけた。慣れ親しんだ身体。親しむ以前にも、”馴らされて”いた下肢。 数を増やすのが先か、それとも根元まで納めるのが先決か。上半身の膚を合わせたまま問うと、一瞬の躊躇もなく奥に進むよう求められた。むずがゆい衝動に苛まれているのか、長い指の届く範囲を指名する。声に出して要求したのは初めてではない。 だが。 腰を抱えこむように自身に引き寄せ、奥を穿つ。指姦だというのに、受け入れている行為そのもののように、クロエの全身に鳥肌が立った。仰向けにされ腰を突き出した形のまま、次第にその前面を浮かび上がる水滴が埋め尽す。忙しない呼吸に、部屋の空気が一気に密度を増した。 許しも得ず、挿入していたものを引きぬき、数を加える。1本2本と増やすごとに抜き出される感覚に抗うかのように腕が伸びる。相手の上腕を押さえ、出て行かないよう哀願する。 その態度を見るに、男根を挿入した暁には果てるのは一度や二度で済みそうにはない。思わず浮かんだ想像に複雑な自嘲を口元に宿しながら、大きく広げさせた足の間に自身を割りこませた。 露出した肌に擦れるジーンズの硬さが不快なのか、避けるようにして後方の尻が持ちあがった。角度としては、絶好の位置。もし故意にしでかしたことならば、誉めてやるのが道理だろう。邪魔な両足をシーツに縫いつけるように両手で押さえつけ、固める。 突如として変じた相手の行動に、枕にうずもれていたままのクロエの頭が持ちあがり驚きに双眸が見開かれる。指戯の動きの仔細に感覚を没頭させていたために、瞬間虚を突かれたらしい。満足行くまで擦られていたわけではなかったらしく、白い面には戸惑いの表情が窺われた。だがそれも、取り出した欲望を前に我を忘れ目を奪われる。 屹立して存在を主張する大きくしなったものに、隠すことのできなかった期待が喉仏を上下させる。飲みこんだ唾が食道を通って形良く隆起した胸筋の裏に染み渡ったのだろうことを想像しながら、無言のまま静かにクロエを見つめた。 この先の展開を如何にすべきか。 選択権を、相手に委ね。 ためらいも逡巡も見せず、投げ出されていた腕が首裏に回った。不安定な身体を支えるように、引き寄せ顔を近付ける。 嘆息とともに言葉が吐かれ、許しを得た通りに腰の一物がクロエの下肢を穿った。 内部は充分に広げられ、大きさを誇示するものを余すことなく迎え入れた。鼻から抜ける声、間断なく突き上げる衝動。両太腿を押さえつけられた状態であるにもかかわらず、先を促すようにクロエの腰が揺れた。 密着し、揺すり離れる動き。 引き出すときの倍の速さで襲ってくる圧迫と存在感。 呼応するかのように緩急をつけて収縮する内側の洞(うろ)。 行為は肉のぶつかり合い。 白い寝具の上で繰り広げられる狂態。 しかし、その深層には、誰にも侵しがたい崇高なものすら見え隠れする。 |
PAPER TIGER midoh.
|