second generations ◆ 駄話-


 苛立たしげな会話が繰り返されている。何度同じことを言っても、相手が納得してくれないから。我知らず口調も乱暴なものになっていた。
「わからないか、ケビン」
 靴先で床を数回叩く。精神が普段より昂ぶっている証拠だ。誰にも止められない。国際電話の受話器から応答がないことを好機と見て一気にまくしたてる。
「ここから東京までの直行便に乗ったとしても、ゆうに8時間はかかる。このままでは、最終予選に間に合うかもどうかわからない」
 何としても出迎えたかったらしい友人は、電話の向こうで黙りこんでいる。恐らく言われるに任せて怒り満面なのだろうが、見えないこちらにはどこ吹く風だ。脅しにもならない。沈黙は、美徳ではない。降参かと思ったところにやはり仕返しがやってきた。理屈だけでは丸めこめない。まるで、聞き分けのない子どもと話をしているようだ。
「オレはおまえを出迎えると約束した。ポリシーを曲げることはできん」
 嘆息。呆れに近い。何を強情を張っているのかは知らないが、ケビンはどうあっても”直に顔を突き合わせ”たいらしい。急く気持ちはわかるが、超人オリンピック決勝に駒を進められるか否かの大事なときに、自分の陣営の人間を迎えに行って予選に遅れました、では説明のし様がない。
 いや待て。急くとは何なのだ。ギリギリ予選に間に合うか間に合わないかの便を辛うじて予約できた今、こちらが焦るべきはずだ。なのにどうして、ただ相手が到着するのを待つだけの側が眉間に皺を寄せて譲歩せずじまいなのか。
 理由は痛いほどわかる。
 同じ日程で日本へ向かうはずが、仕事だ何だと結局別々になってしまったから。その間ずっとケビンは一人で異国の地に留まっていた。それで焦燥に駆られているのだろう。知り合ってから、こんなにも長く離れたことは一度としてなかった。傍らにいないことの方が不思議なのだ。だが、必要不可欠なものを欠いたことで精神的に困窮しているのだとしても、大会を放棄して良いということにはならない。もし本当にそれを実行したとして、ケビンマスクを応援するサポーターの落胆する様が容易に想像できる。熱烈なファンによって暴動に発展しないかと懸念してしまうほどだ。
 ケビンはそれでも構わないと言う。構わないわけはない。本心は絶対に決勝に出るつもりだ。これは当人の宿願。決勝に出てキン肉マンの息子を倒す。父親に出来なかったことを自分が果たすことで、サー・ロビンマスクを見返してやりたいのだ。
 だったら。
「つまらん男の意地を張るのは超人と言えど醜い。あんたはオレを失望させるつもりか」
 きっぱりと切り捨てる。会いたいと思うのはこちらも同じだ。だからといって共犯になるつもりはない。無論、駄々っ子にも興味はない。アメを与えて甘やかすつもりも。
 常に言葉のラリーはケビンの方から打ち切られる。思考する”間”が自分より長いというか、とにかく相手なりに言葉を選んでから口に上らせる特有の気遣いがあるらしい。とはいえ、それが限られた”友人”に対してのみ発動する、癖のようなものであるらしいが。かといって、こちらには容赦するような理由はない。間違っていると思ったならば、てこでも意見は覆させない。強情だ、とケビンは言うが、それもお互い様。最終的に折れるか折れないかを比べたなら、どちらも似たり寄ったりだ。過去の論争を振りかえっても、一方だけが優遇されているわけではない。
「オレのことは構わず予選に集中してくれ」
 今はロンドンの時間で夜の7時。日本ならば朝の3時くらいだろう。まだ就寝していても良い時間の国際電話。宿泊しているホテルのロビーかららしいが、こっちは空港の待合室から。数時間もすれば日本では最終予選が開始する。毎朝のトレーニング・メニューをこなして、サポートできない分もそつなくこなしてほしいと励ましたかったというのに。
「わかった」
 端的に承諾の意思を告げると、一方的に回線を切られる、そんな予感に思わず相手を呼び止めた。
 また、わずかに間が空く。だが、言わずばなるまい。
 たった一言の、今までは社交辞令だった別れの挨拶。
「顔を見れるのを楽しみにしている」
 途切れ続きだった会話の糸を、最後にようやく拾い上げることが出来た。かすかに、応答が返った。鼻で笑う声。
「オレもおまえに会えるのを待ち望んでいるぜ」

 静かに携帯端末の回線を落とすと、待合室の電工掲示板が次の便の情報を示した。


back ** next
2002.05.03up

Copyright(C) PAPER TIGER (HARIKONOTORA) midoh All Rights Reserved.
materials by Kigen