second generations ◆ 駄話-


 世の中の不思議をすべて解明したい。
 そんな無駄な欲求ほど、阿呆らしいものはないだろう。

 春はもうそこまで来ている。そんな感じにマスクマン(語弊あり)が街中に溢れる2月、クロエが妙なことを言い出した。
「少ないな」
 正確には、少なかったな、と言いたかったらしい。
 咳払いをひとつして、言い改める麗しの(毛超人に限り)セコンドを眺めながら、青いマスクの超人は軽く肩を竦めた。
「だったら昨夜、遠慮するんじゃなかったぜ」
 そうじゃない、と鉄拳(爪付き)を食らわなかっただけまだマシだったが、発言を受けた当人はそれどころではないと言うように、神妙な顔つきをしていた。
 実際には、白いマスク越しなのでその真意は定かではない。
「回数、の話じゃないのか」
 多い少ないといったら、カウントの他に何があるのかと言えば、量だろうか。それとも湿気とかそういう気象についての話題になるのだろうか。
 何にせよ、意図することがさっぱりわからねえと、ケビンマスクは早々に降参の白旗を挙げた。
「包み紙というか、例の包装紙が、だ」
 例の、と言われて何のことかわかるわけはない。
 しかし、ここで意味がわからないからもっと具体的に簡潔な言葉を使いやがれと喧嘩を売るのも、恋人と自負している手前、自分にはできないと冷静に判断した。
 ここまで自身を慎重に、且つある側面では荒ぶらせる超人は他にはいないとばかりに不敵な笑みを口元に宿し、普段はあまり使わない脳味噌を酷使した。
 超人パワーは、裕に110万を軽く越す。力が知能指数に直結することは絶対にないわけだが、そのパワーをここで見せてやろうじゃねえかと、英国代表の天才超人は殊勝にも考えた。
 大分長い間沈黙がその場を支配したが、クロエはソファの脇で顎を押さえたまま動こうとしない。どっしりと座り込んでいるケビンはそのおかげで熟考する時間を得ていたわけだが、数分後、ようやくははあ、と思い当たる節を見つけた。
「例の、イベントの件か?」
 止まっていた時が再び動き出したかのように、まるで時計の針が新しい電池に取り替えられて動いたときのように、かくりと相手の顔が振り向いた。
「送られてきたカカオ菓子の量が、少なかったと言いたいんだろう?」
 英国のお菓子はあまり褒められたものではない。というと、どこからかお叱りを受けそうだが、人それぞれの嗜好がある。
 なぜだかそれとは相性が良くないらしいケビンにとって、贈り物であろうと自発的に母親に買うものであろうと、菓子類というものとはあまりお近づきになりたくない類いの人種だった。だから、人気のバロメータであるバレンタインのチョコの量が、去年を下回っているというクロエの指摘にも特段の驚きはなかった。
 むしろ、そんなのことを気にしているのは、どこか故障したからではないかと危ぶみたくなる。
「去年はもう少し。いや、二倍はあったろう」
 正確な数字は把握していないらしいが、見た目からも確かに超人競技会を介してジム宛に送られてきた量は、昨年をはるかに下回っていた。場所を取らなくて良いぜ、とのケビンの意見など端から聞く耳など持たぬ風に、クロエはやはり考え込むようにかすかに首を傾げている。
 どうでも良いと思うようなことを思い悩んでいる相棒に臍を曲げ、ケビンは有無を言わせず腕を伸ばして腰を引き寄せた。しなる鞭のような体躯が、何の抵抗もなくすとんと腕の中に落ちる。膝の上に恋人を座らせ、押さえている顎を人差し指に乗せ上向かせた。
「だったら、何か問題があるのか?」
 何を懸念していると促すように、鼻先を近づける。
「ケビン、おまえ」
 大して嫌がりもせず、真正面からあからさまな視線を受け止めながら、血よりも紅く鮮やかな双眸で見返した。
 意思表示に遠慮のない、ぱっちりとした大きな瞳に見つめられながら、その台詞を聞くまで、ケビンはひどくご満悦だった。
「顔が悪くなったのか」
「…………」
 チョコレート菓子が減るのと、不細工になるのと、一体どこにつながりがあるのか。
 今日はどうやらクロエの電子回路が相当いかれているらしい。静電気でどこかの信号が狂ったのか、それともデリートしていないおかしなデータが掘り起こされた拍子に、伝達神経でバグが発生したのか。
 しかしそんな原因を追求するよりも先に、むらむらと沸き起こった怒りを鎮めることの方が先決だった。
 突如仁王立ちし、膝から降りた相手を見下ろしながらケビンは眼光をぎらつかせて宣言した。
「脱げ」
 昼間から何を言い出すのかこの男は、とは、長年(かなり長い年月)生きてきたロボ超人には意味がない。というより、腹が立ったら突然抱きたくなるという衝動の方が理解し難い。
 まだまだ二十歳を過ぎたばかりの若造だからだろうかと若干哀れみながらも、クロエは寛容に接することに努めた。
「それは後でもできるだろう。それより俺の質問に答えろ」
 慈悲深い一言とは程遠い。ある次元ではものすごい譲歩があるように思えたが、要するに切り札をちらつかせて要求を呑むよう迫っただけに過ぎない。
 そこで向こうの意図が読めず、容易に陥落するのは、頭が未熟以外の何者でもなかった。
「顔のことは知っちゃあいねえ。大体、ロビン家の人間はマスクの下の素顔を他人に見せることはねえ」
 ぞんざいな口調になっているのは、さっさと話を終わらせて目的に及ばんがためだ。
 わかり易過ぎると冷たい目線を投げかけながら、クロエはそうか、と深く頷いた。
「では、なぜ去年より人気が下がったんだ?」
 一昨年より減っているという決定的な理由というものを問う。
 さも下らないと言わんばかりに、ケビンは荒く鼻から息を吐き出した。
「大方ブームが去ったんだろう。超人オリンピックが終わって、久しいからな」
 熱狂するイベントがなければ、過去にどれほど活躍していたとしても人々の記憶に残り続けることは難い。
 人心など移ろいやすいものである上に、テレビなどの放送媒体に取り上げられなければ、人気など一方的に沈み続けるだけだ。
 幸いなことに名門の出という肩書きを持ち、定着したファンを得ているケビンマスク自身にとって、ぼうふらのように湧いては水泡のように消え去る一時限りの人気になど興味はなかった。
「そうか、流行か」
 なるほど、と見解に納得し、ソファから立ち上がる。
 突っ立っている長身の超人を見上げるのも首が疲れると、同じ高さまで高度を上げても、やはり目線は相手の肩口までしか届かない。それでも大分楽になったと、クロエはマスクから無造作に伸びている金髪に手を伸ばした。
 一房掬い上げ、こちらに近寄るよう軽く引き寄せる。
「おまえの流行は、まだ続いているのか?」
 手放しても良いと思える時期は来ないのかと問う。
 挑むように、静かな熱を孕んだまま、紅の双眼が見つめる。
 当然のようにシルエットが明らかな腰に腕を回し、男はその部分だけを密着させた。
「流行り廃りは関係ねえ、ってこともある」
 皮肉な笑みに口を歪め、はっきりと断言した。
 陳腐なものに惑わされるような、そんな易い類いではないと。

 それが果たして、相手をしてなのか。自分をして、なのか。
 意図するものは、誰にもわからない。


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2004.02.22up

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