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李功(りこう)という男

 中国拳法西派(せいは)三十二門派の中の一派、黒龍(こくりゅう)拳の使い手。
 その名前が耳に届くようになったのは、齢(よわい)十の時。
 すでに師範として頭角を現していた実力者・劉宝(りゅうほう)の実弟であり、生まれながらに膨大な気(精神力)を持つ特異体質の拳士(けんし)だということ。
 しかし実際には噂で耳にしただけで、他派の人間を直接目にする機会はなかった。

 十年に一度開催される、三十二門派から選出された選りすぐりのつわものが集い、覇権を争う西派トーナメントで対戦相手であった李功(りこう)に重傷を負わされた後、約束通り(義理堅くも)相手は半年もの間、治療のために黒龍(こくりゅう)の里から通い続けた。
 西派の拳士が使う勁(けい)と呼ばれる気を使った技で負傷した傷を癒すことは、並の医者では難しい。
 体内に送り込まれた他者の気が経孔(気の通り道)を辿り、細部という細部、毛細血管に至るすべてを破壊するからだ。
 同じ白華(はくか)の師範でさえ、長期間に渡って少しずつ体内の組織を回復させる術は決して容易くはない。
 けれど李功は得意とは言い難い内養功の術(回復の術)を使うために、長い間白華の里まで通い続けてくれたのだ。

 当時の黒龍拳の最高指導者・王き(おうき)によって育てられた李功はその持って生まれた素質ゆえに幼い頃から厳しい修練を積まされていたらしい。
 本人があまりその過去について口にしない理由は、他派の門弟たちも同じように激しい修行に明け暮れていることを知っているからだ。
 かく言う自分も、例に漏れず、物心ついた時から李功と同様若しくはそれ以上の鍛錬を行ってきたと自負している。

 ん?、と黒い瞳がこちらを凝視してきた。
 ほとんど怒っていると言ってもいいほどの目つきの悪さ(…は生まれつきだと当人は言っているが)で睨んでくる視線を大きな目で見つめ返すと、予想通りの反応が返って来た。
「ずいぶんとでかくなったんじゃないか?」
 気づくのが遅いと内心でツッコミつつ、わずかに低い位置から、ああ、と答える。
「成長期なのさ」
 平然と返すと、あははと快活な笑い声が帰って来た。
 昔は今よりももっと、むっつりと口を噤んだままの表情くらいしか記憶に残っていないと思っていたが、そういえばトーナメントの会場では同門の拳士と李功はよく談笑をしていたなと思い出す。
 白華の里に通い続けていた間どことなく不機嫌な様相だったのは、黒龍拳という一派のすべてを担うことへの重責と、大道師と呼ばれる白華の開祖の血筋を見殺しにしたことへの罪滅ぼしの意識が強かったからだろう。
 かつて神聖な試合会場で罪を犯した黒龍拳という名の流派の代表者として里を訪れていた李功と打ち解けるには少し時間はかかったが、生来気が好く、そして他派の誰よりも男らしい人柄であることを熟知するのに時は必要ではなかった。
 何よりも本人が持っている気の強さゆえの思い切りの良さ、気性の激しさが、まったく気質が逆だと言われる自分とは好く合った。
 だからこそ互いによく見える部分がある。
「そのうちおれよりでかくなったりしてな」
 冗談とも本気ともつかない台詞に、すぐに追い越すさと返せば、心底愉快そうな、無邪気な笑みが帰って来た。


 未来から時空を超えて現れた外魔瑠派(ゲマルハ)教団の暗殺者に李功は命を絶たれたが、白華の大道師の夫であり最高師範であった梁(りょう)の息子・空総(くうそう)の奇跡によって絶命した状態から復活した時には、本当に泣くほど嬉しかったし、事実泣き、安堵もした。
 夢と現実の区別すら曖昧になっていてもおかしくなかった極限状態の中、ただ純粋によみがえった姿を喜んだ。
 李功には他の誰よりも強者に立ち向かう勇気があることは知っていた。
 無鉄砲だと思われるかもしれないその性質は、当然犬死と近い関係にある。
 しかし、弱さを晒すことなく、躊躇なく邪心を持つ者に立ち向かう姿を厭う人間は少ないだろう。
 無謀だとも無策だとも言い、過去に諭しもしたが、一向に本質は変わらないだろうことはわかっていた。
 その度に、そうしたひとつの姿勢を変わらずに持ち続けられることをうらやましくも思った。
 そして、当然のようにばかだと思いもした。

 外魔瑠派(ゲマルハ)教団に襲われる数年前に黒龍拳の総帥(最高指導者)となっていた李功の元に顔を出し、本気の実践訓練の相手をすることは、西派トーナメントが開催された四年前からすっと習慣になっていた。
 西派が他派と交流をすることは公式では認められていなかったが、白華の大道師の特別な計らいによって許された。
 門弟すべてが認める最高実力者でありながら、わずか十八の若き総帥である李功の上昇志向は自分と同じくらい強く、技術を磨くことに余念がなかったからだ。
 西派でも一二を争う勁の使い手である二人の拳士の相手を務めることは師範級であっても無理だったが、幸いにも李功とは二つしか歳が違わなかったおかげで盛んに簡単な組み手を行うことができた。
 真剣勝負の後、差し出された布でともに汗を拭いながら、ふと気づく。
 その鍛えられた体の線が自分よりも細くなっていたことに。




-2013/10/09
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