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李功(りこう)という男、その晩夏の朝

 恋人兼親友とともに伏した寝台を空が明ける前に降り、手早く身支度を整える。
 一週間振りに触れ合った懐かしい人肌とは離れがたく、だからこそできるだけその寝顔を覗かないよう。視線を外し、気配を殺して地面に降り立った。

 美人が羨むのではないかと思われるほど整い、無心でいる時は意外と幼さを残した相貌を覗き込んでしまえば、昨夜の微熱と高熱を一瞬で蘇らせてしまいそうだ。
 事を終えた後、自身の手指を使い丁寧に整えたはずの黒髪が、今は無造作に白い額にかかっている。
 若干日に焼けているとはいえ、白皙と表して差し支えのない容貌に鮮明な黒の艶が影を落とし、開きかけた薄い唇はやはり目の毒だ。
 相手の意識があるときであればここまで煽情的ではないだろうと思う理由は、正気の李功が一種の近寄りがたい雰囲気を持っているからだろう。
 一派を背負った総帥としての威厳と、男としての矜持。
 西派拳士ならではの気迫や威圧感を隠すことなくその身に漲らせている姿は、好戦的だと他人からは捉えられなくもない。
 だが、臆せずそれらを貫き通す様は、若さもあったかもしれないが、白華拳の最高師範である梁(りょう)に代表されるような、実力者のみに許された不遜な態度だったのかもしれない。
 自分を顧みれば、謙遜が勝ってそこまで堂々とおのれの力を見せつけるつもりはなかったが。
 そう考えているのは個人の話だけで、他者にとっては似たようなものだと思われているのだろう。
 身に摘んだ高位の修養というものは、どのように隠そうとも外見から滲み出てくるものであるらしい。
 それを眼前にして、頼もしい、と感じるか、挑戦的だと捉えるか。
 選ぶ基準は、無論、おのれの立ち位置ひとつだろう。

 そして、その真逆の場所にいるだろう、現在の無防備な李功は、自身の理性の一角を崩す破壊力を充分に持っていると言えただろう。
 極力物音を立てずに場を離れたとはいえ、恐らく向こうはうすらぼんやりとした意識の中で気づいてはいるのだろう。
 けれど、明確な反応を示さないのは、朦朧とした夢うつつの狭間を彷徨うことを諾としているからだ。
 緊張を呼び起こさない場面では、その選択は確かに正しい。
 李功が黒龍拳にある自室以上に寛いでくれているのだとしたら、心憎いと思うこともなかった。
 脱ぎ散らかした二人分の衣類を拾い、相手が起床した時の準備を整える。
 身につけていたものを洗い、風呂の用意ができたところで再び寝室へ戻った。
 今度は明確な意思を持って、シーツの上に仰臥した李功の顔を覗き込む。
「…………………」
 決して小さくはない声でその名を呼ぼうとした途端。
 白いが筋肉質な腕が上腕を掴んだ。
「………」
 そのまま相手に覆いかぶさってしまうかと思われたが、手を突っ張り、力で上体を支える。
 起きているのか?、と尋ねたつもりだったが、意図せずに声は何らかの期待を示すようにわずかに掠れていたようだ。
 眼下には、丹念に鍛えられた李功の上半身。
 腰帯こそ結んでいなかったが、下衣を穿いている。
 自分はと言えば、その上にタンクトップを着ただけだ。
 締め切られた窓の隙間から朝日が差し込み、少しずつ室内と、寝所に伏した者の陰影を浮かび上がらせている。
 気取られぬように唾を飲み込み、李功、と名を呼んだ。
 いらえはなかったが、その代わりというように腕がさらに引っ張られる。
 起きているんじゃないかと思ったが、どうした、と尋ねることで動揺を誤魔化した。
「いいだろ、別に………」
 李功としては有り得ぬほど消え入るような声音だったが、確かに聞こえてきたのは催促の言。
 何に対しての、と尋ねるのは愚直だ。
 いいのか、と反射的に問うたのは、自らの道徳観念に対しての是非だったのか、負担を強いるだろう向こうに対しての気づかいゆえか。
 無言でさらに太い首の裏に手が回され、早くしろとせっつくように指先に力がこもる。
 李功が積極的な場面というのは特段珍しくないが、昨夜の今朝、という状況で及ぶことを選択したのには驚いた。
 盛っているのか、盛られているのか。
 まあ、いいか。
 至極単純で、白華の師範らしくもない愚かな考えに、早々に賛同することを選んだ。




(朝から)
-2015/08/22
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