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再会、わかれ
 さすがに手をかけた瞬間、ココは躊躇したようだったが、敢えて問わずに黒い衣服の下の下衣を剥ぎ取った。
 食卓に付属した椅子の上に浅く座らせたまま、鍛えられた足を左右に広げさせ、膝裏に掌を入れて均衡を整えさせる。
 狭い場所で、裸の尻だけで上体も下肢も支えなければならないような、窮屈で羞恥を煽るような体勢を取らされた側にとっては屈辱的な体位だろうが、ぎこちない手つきながらも、あの気難しい人間が素直に従っているのは正直意外だった。
 腕はこっちの方が良いと言って、自分から背中に腕と足を回してきた時には、本当は正気なのではないかと疑いもしたが。
 他愛のない会話を仕掛けて気を紛らせながら、散々指で解して柔らかくなった局所に徐々に体積を埋めて行くと、ココの唇から漏れていた喘ぎが次第に聞こえなくなってきた。
 唇を結び、意図して吐き出される嬌声を殺す仕草は、いつもと変わらない。
 早く終わらせてくれと、どこかで残った自我が訴えるように、張りのある素肌の上を這う長い指が、縋った先の筋肉の塊を引っかくように痙攣した。
 やがて聞こえてくる喉奥の嗚咽に、長年の苦労が報われた気持ちになってくる。
 態と勿体振るように、重い体をじわじわと進め、ココの中に硬い体積を埋めて行く。
 人の目がある場所では淡白なのに、こういう時に限って執拗なのはどうしてだと、下になった側から途切れ途切れに尋ねられたが、汗を浮かべながら返した答がどの程度まで向こうに理解されたのかはわからない。
 尤も、正確に耳に入ったところで、今よりも更に眉間の皺を増やすだけだということがわかっているので、この場合は幸運だったと思うべきなのだろう。
 どの恋人に対しても当て嵌まることだが、誰も知らない未踏の地に挑み、やっとのことで踏みしめることを許された湿った大地へ至るまでの経緯は、決して苦難に満ちたものだけではない。
 寧ろその反対だと。
 今だ口にしたことのない未知の味を求める者ならば、その神髄をおのずと知ることができただろう。

 自らの急所であり武器である部位を深々と収めた細長い器官の内で、腰を前後に、幅を持たせてゆっくりと揺り動かすと、顰められたココの眉がさらに歪曲する。
 整った部類に入るだろう面に付随した撓る短めの眉根に、額から伝う汗が透明な粒を宿らせ、苦悩するように食い縛った歯列が漏れる声を抑えきれず、律動を加える毎に浮つき始める。
 内部を掻き回すように抉る動きを見せれば、眼前で閉じられていた唇が浅く開き、と思ったと同時に根元を食いちぎるように入口がきつく締まった。
 ココの濡れた舌先が、何かを発するように暗い口内でのたうつ。
 早々に幕を下ろさせる腹積もりなどではなく、相手を悦ばせるための無意識の反応であることは確かめるまでもない。
 無自覚であるからこそ手に負えない淫蕩な黒い獣をあやすように、抱えた身体の背筋を上から下へと指でなぞれば、見事に割れた胸を反らせて喉仏を鳴らした。
 視覚的にも感覚的にも煽情的な光景を目の当たりにしながら、加速しつつある情欲を抑えるために声を出す。
「…っ、悪いが」
 もっと長く、愉しませてくれよ。
 金属の飾りが貫いた耳朶へ常にないほど低い声音で囁きかけ、ココから求められることとは逆に、さらに緩慢な動作で同じ距離を往き来した。
 急速に昂ぶるためではなく、繋がった箇所を存分に耽溺し貪り尽すためだけの行為に、もどかしげに背に回された踝が擦るように日に焼けた肌を掻いた。
「……、……」
 我慢を強いているのは双方である事実を表すように、息を詰め、ともすると荒れ狂ってしまうだろう自身の鼓動を限界まで抑え、のんびりと。しかし着実に、性器を埋めた肉体の距離と深さを増して行く。
 秘めた熱情がココ自身にも伝わったかのように、次第にだが、逞しい裸体の下でうねるように、豊かな胸部や引き締まった腰をくねらせた。
 与えられる注挿の動きに、自ら快感を見出したかのように、熱っぽい呼吸を吐きながら覆い被さってくる巨体を抱える腕に力を込める。
 ココほどの実力があれば、腕力だけでおのれの体重を支え、不安定な場所で身を起こすことも可能だ。
 腹が力み、力点を一定に保つことで重さを感じさせず、別固体であるはずの二つの肉体が、必然的に上の位置でも繋がった。
 秀麗な眼と鼻の先に朝露に濡れた黒草のような長い羽が揺れ、首の根元でかすかに野生動物のような息遣いを感じる。
 相手のわずかな加減が元で、自身が持つシンボルを締め上げられるような痛みを感じ、悟られぬよう牙を剥き、唸り声を噛み殺した。
 ココの中で猛り、脈を打つおのれの欲望がかなり限界まで来ていることは明白だったが、呆気なく白旗を揚げ、手綱を手放すような真似などしない。
 長時間交わることは、凡人とは真逆の次元に存在するような男を相手にするならば無謀の一言に尽るが、それらのリスクを踏まえた上で、味わわずにはいられない。
 このまま、ココに収めて蠢く内部を探り続けている男根が、咥え込まれた根元から腐れ落ちたとしても不思議ではないなと、我ながらぞっとしない想像が脳裏で赤く明滅していることを承知しながら、最上級の酒や煙草よりももっと厄介な常習性のある毒を抱く。
 性急な交わりでもないのに、個々に異なった性癖を持つはずの性感帯を何が刺激したのか、ぶるりと身を震わせ、ココは先に達した。
 滲むように体内を冒す、遅効性の肉欲の罠にかかったかのように、小さく名前を呼んで、一回り大きな他人の上半身に縋りついてきた。
 外気に晒された濡れた素肌が密着する感覚に、口端がわずかに緩む。
 頻繁というほどではないが、正体のない時分、ココがこちらの名を口にすることは間々ある。
 性欲だけの関係であれば、互いを認識する術である名称を発する必要性はないだろうにも拘らず、トリコ、と煙るように響く低音で、声帯を奮わせる。
 通常、任務を共にする時でさえ聞かないような、薄いオブラートでもかかったような、甘い余韻のある声音を耳にする都度、恋人から齎される美酒を味わっているかのような気分を覚えた。
 下腹で跳ねた欲望に指を絡ませ、大きな掌で握り潰さぬよう注意を払い、丹念に扱いてやると、喉を震わせたような音色が、さらに脳神経をかき回す。
 理性を根本から揺さぶり、麻痺させるのは、間断なく絡みついてくる粘膜の熱さと、含みのある声色だけで充分だった。
「…ッ…、っ、」
 何度かに呼気を分け、断続的に直腸の奥目掛けて濃い情交の証を吐き出すと、力が抜けた人形のように仰向けになっていたココが、再び下からぎこちない手つきで弾む身体を抱きしめてきた。
 胴体に回された両脚の間がきつく締まり、抜け出せないよう深部で射精するよう強要をしているようだったが、これも本人に意識のない行いだったのだろう。
 逼迫した心拍によって噴き出した汗が熱くなった肌膚の上を伝い、けだもののような劣情の交わりを、光を反射する雨で濡らして行く。
 一度暗くなった視界に再度光明が灯ろうとした矢先に、また自身の野生の血が前触れもなく沸き立つのを感じた。
 ぐっと、腹筋に力を入れ、堪えたが、一旦治まったはずの性器がまたもや硬く膨らみ始めたことに、繋がったままのココも否応なく気づかされたのだろう。
 耳元に慌てたような声が聞こえてきたが、それに頓着している余裕はなかった。
 おのれの支配下にある肉体を完全に破壊したいという凶暴な野心に突き動かされ、細胞ごと意識がぶれる。
 肉を裂いて現れたかのように、今や剥き出しとなった強靭な歯の隙間から高温の蒸気を吐き出し、がつがつと巨大な機械か猛獣のように抱えた腰を下から容赦なく穿った。
 溢れ返らんばかりの怒りを秘めた無情な鬼へと姿を変えた男を突き飛ばすために伸ばされた両腕を払い落とすように、全身の筋肉が倍に膨れ上がり、驚愕の色がココの白い面を覆う。
 鋼の如き腕の束縛から逃れられないまま、乱暴に鋭い凶器で内臓を幾度も突き上げられ、口中で浮いた舌が何事かを発しようとして、唾液で濡れたまま硬直した表面がてらてらと光った。
 それを食いちぎってやりたい残酷な衝動に駆られ、断末魔のような叫び声を奏でていた椅子を蹴り倒し、抱え上げた尻肉の奥を暴くように両手の指でたっぷりと臀部の肉を鷲掴んだ。
 女の陰部を抉り突き破るように出入りをする一方的な動きに、喉を反らせて堪えていたが、凶暴さを増した性交に、終には恐怖を感じ始めたのだろう。
 快感の充足のためなどではなく、捕らえた獲物を打ちのめし、壊すための行為を中断させようと、直線を描いて手刀が真下から喉元を突いてきた。
 しかし、それすら本能が優ったかのように、衝突する間際、首を突き出し、包帯が巻かれた手首に牙を打ち込んだ。
 筋を噛み千切るように鈍く骨が軋み、眼下のココの表情に苦悶が浮かぶ。
 男らしく歯を食い縛り、顔全体を歪めたような変貌を目の当たりにしても、自身の暴走した理性は、白い肉体を刻むようにセックスを叩き付けることを止めなかった。
 一度目の射精によって滑った局部を荒くれとなった者が自由に蹂躙するだけの陵辱へと移り変わった刹那、絹の束を締め上げたような苦痛の音が、忙しない空気の中に小さく響いた。
 慎重に扱っていたはずの武器が意図せず暴発したかのように、四方だけでなく、おのれ自身も熱と炎の色に染まった世界の中。
 辛うじて、裂ける、と噎ぶように告げられた言葉の意味に思い当たった時、爆発寸前の勃起した腸物をぎりぎりの位置まで引きずり出すと、躊躇わず内部に精液を放った。
 先刻よりも大量に放出された白色の種の汗は、温かなココの体内に注ぎ込まれ、滴りが穿っていた空間の奥へ達する。
 入口から溢れた一部は、逞しい裸の腿を伝い、脹脛を通って床で暗い染みを作った。
 すべてが終わり、動的な場面が静寂へと転換したところで、は、と胸に痞えていた息を吐き出した。
 肩で荒い呼吸を繰り返し、遅れて襲ってきた極限の疲労を感じる。
 かすかに頭を振ると、髪に含まれた細かな雫が上腕や鎖骨にかかった。
 鋭敏な眼光を細め、数回瞬きをし、留まる。
 視線を巡らせ、遠くへ行っていた生身の自意識が再び肉体に宿ったことを確認した。
 すぐさま脳裏に思い浮かんだのは、暴走した後の光景だ。
 視界の中で嗚咽を殺し、全身で怯えを表したような戦友の、半ば伏せられた双眸を見つけた時には、思わず、あ、と間の抜けたような声を出していた。
「…ココ…ッ!?」
 濡れて熱い直腸から男根を引き抜き、脱力してわずかに震える肢体を抱え起こすと、あらゆる水分が表面に流れ出したかのように、ずぶ濡れになった裸身が、ひくりと振れた。
「………っの、………」
 馬鹿が、と大声で罵りたかったのだろうが、それ以上は続かず、鍛え上げられた胸に寄りかかるようにして項垂れる。
 答える代わりに、背後に回された指先が猛禽類の鉤詰めのように曲げられた。
 抱きしめたくないのに、支えを失えば低い場所にある床に倒れ込んでしまうだろう自身の醜態を晒したくないがために、預けてくるプライド。
「…悪かった」
 完全にこっちの非だと、大げさなため息を吐いて改めて謝ると、首根に額を押し付けたまま、ココは何も言わなかった。
 臍を曲げたのではなく、不規則な呼吸に遮られ、返すべき言葉が思い浮かばなかったのだろう。
 そう合点して項から下の様子を覗くと、力の入らなくなった下肢の中央で、今だ存在を主張して黒い陰毛の側から生えている雄を見つけた。
「…………………」
 本能的に喉まで出かった声を喉を鳴らして飲み込み、気づかぬ振りを装って、片手で剥き出しの腰を抱え起こした。
 動きに驚き、ココが非難の篭った眼差しで睨みつけてくる。
 構わず、どこか勝ち誇ったかのように、柔らかな頬に強気の笑みを浮かべた。
「好くなかったとは、言わせないぜ。…ココ…?」
 半ば暴力的な性交であったにも係わらず、肉体的な性欲を感じていたことを示唆する。
 訝るような目線に晒され、しかし怯むことなく逆の手を伸ばして、腹部で撓る形の良いペニスを握り、指の腹で擦った。
「………!!」
 存在を自覚していなかったわけではないだろうに、触れられた途端、面白いように首から上が朱に染まった。
 動揺を他人に悟らせることの少ない相手の面が、鮮やかな色彩を放つ果物のように色づいた。
 実に興味深い、珍しい面体であることは言わずもがな。
「ほお…」
 皮肉を込めて、わざと感心したような声音を発せば、ぎり、と奥歯を噛み締めて威嚇をする。
 肉食獣の王者に比べれば、大型の敵を前にした小動物の牽制程度の効果しかなさそうなものだが、さらに興が乗ったように、機嫌の良い鼻歌とともに握った掌を上下に動かすと、こちらを睨め付けながら、悔しそうに喉で悲鳴を潰して精を放った。
 屈服の証であるかのようなココの温かな体液の感触を受け、にんまりと満面に笑顔を浮かべる。
 先ほどまで感じていた罪悪感などどこ吹く風であるかのように、愉快だとの思いに染められた。
「っ……、乱暴者の上に、趣味が悪い、なんて……」
 最低な奴だ、と。
 ようやく呼吸が落ち着いたのだろう、ココから発された苦言がおかしくて堪らなかった。
 触れてくる手を払い除け、そのままずるずると床へ崩れ落ちた黒髪を上から見下ろす。
「…狂っちまってるんだから、仕様がねえな」
 誰の所為だと教えたところで、当人には身に覚えのない事柄だろうが。
 明後日の方向を向き、裸のまま後ろ頭をかけば、支えをなくして床に尻餅を突いた相手からのいらえは帰らなかった。
 つくづく唾棄すべき性癖だと腹を立てていたとしても、不自然ではない。
 四天王一の常識人としての面子があるだろうことを見越し、敢えて追求することはしなかった。
 しかし、自ら放った精液と、股の間から溢れた他人の種で色づけをされた恰好に、幾何も哀れみを感じなかったわけではない。
「立てるか…?」
 無理そうだな、とは口には出さず、片手を伸ばして返答を待たずに背を抱えるようにして引き起こす。
 ふらつきはしたが、懸命に姿勢を保ち、ココは、治まりつつある怒りを鎮めるために鼻を鳴らした。
「すぐに…、元に戻ったんだから…」
 進歩があって良かったなと、唇の端を吊り上げ、挑発めいた虚勢を張る。
 理性の箍が完全に吹き飛んで、相手を文字通り手篭めにしたいつぞやと比較して、負け惜しみを言っているのだろう。
「ああ。…この調子で、おまえも愉しませてやるよ」
 にやりと余裕の笑みを見せ付けると、忌々しい目つきのまま、ココは無言でそっぽを向いた。


「三年は、待たん」
 俺の体が保たん、と付け加えたが、言われた側には何のことか、さっぱり要領を得なかったようだ。
 寝起きということもあるだろうが、常にないほど同情したような、頭の悪い親友を哀れむような顔つきと口調で、諭すように言葉を挟んだ。
「……ボクの占いの的中率は、理解しているだろ?」
 ベッドに腰掛けたまま首だけを後ろへ傾け、ああ、と深々と頷く。
「百発百中じゃないってことならな?」
 予見を破る意思を明確に明かすと、肩からシーツを羽織ったまま、呆れたように長いため息を零した。

 簡単な挨拶だけであっさりとココと分かれ、街を避けて道なき道を進むうち、そういえば鬼に戻っていた時、ココの毒は透き通るような肌色のまま体表に表れもしなかったという事実に気がついた。
 こちらの覇気が勝ったのか、相手の中に潜む病魔が怯えたのか。
 五体満足ならば何も問題はないな、と合点しながら、久しぶりに清々とした気分を味わった。

 腹が空腹の音を上げ、次なる獲物へ標的を定めて進路を取った先には、地平の果てまで続く青い空が広がっていた。




-2009/02/23
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