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ながいかみのなかま
 っさびさ、と弾むような調子で、仁王立ちした男は言いながら口端を高く吊り上げた。

「……………………………」
 恐らく数秒と間を置かずに開かれるだろうドアを当然のように待っている友の姿を想像し、げんなりとした様子で、悟られぬよう息を吐く。
「…………」
 一言、一文字を音として外に出せば、あとは流れるように必要な単語が無難な数だけ続いたであろうに、嫌気が差しているのか、漏れる声もない。
 いよいよ待ちくたびれたのか、入口の開閉を催促するように、ごん、と扉を叩く鈍い音色が耳元に響いた。

「……壊すなよ、サニー」
 ボクの家なんだ、とため息混じりに釘を刺すと、ふん、と小ばかにしたような短い息が、細い鼻梁から漏れた。
 横柄な態度を崩さぬまま、さも当たり前のように大股で敷居を跨ぎ、家主の許しもなく入室を果たす。
 強引な人柄はグルメ四天王と呼ばれる面子の中では珍しくないのが、気心の知れた友人たちであるとはいえ、彼らのことをあまり好ましいと言って他者に紹介できない理由の一つだと表しても過言ではなかった。
「…、いっ変わらず、一昔前、の趣味だよなあ〜」
 開口一番、建物の中へ入るなり、設えに文句を言い出すだろうことも、前以て予期していなかったわけではない。
 どこで嗅ぎつけたのかは不明だが、転々としていた所在を一つ所に定めた自身の、辺境とも思しき新しい住処を誰よりも早く見つけ出したのは、四人の内で最も接近戦に於いて優秀だと評されるサニーだ。
 IGOの外へ出てからも、仕事目当てではあろうが、事ある毎に組織を出入りしているようなので、大方情報の出所はその辺りにあるのだろう。
 内部の人脈という、伝手だけに関して言えば、それを築こうと真剣に努めているような人間が自分たちの中にいるとは言えなかったが、それでも耳に入ってくる有力なねたはある。
 挨拶もそこそこに、あれからトリコとは会っていないのかと尋ねられたが、それも予測の範疇だった。
 いつの時間を指して言っているのか判別は定かではなかったが、会っていないと答えると、相貌の筋肉を歪ませて訪れた側は快活に笑ったようだ。
 壁に向かって背を向けたまま紅茶を淹れている最中なので、相手の仔細はおぼろげな温度と光くらいからしか知覚できないが、愉快だという、いつもの感想であるということは容易に推測できた。
「…トリコに、良いよ、に、使われてんなぁ?」
 どこか寸詰まりな、独特の抑揚が少々耳障りにも感じる特徴的な物言いも、いつものことだ。
 サニーという人物の性質上、含みがあるようで、実は文字面以上の意味がそこに含まれていないことはわかっていたのだが、余計なお世話だという反論と、どこまで知っているんだという疑念が胸裡に小さな波紋を描いた。
 だが吐くべき言葉を飲み込み、混ぜ返すことでわずかな動揺をやり過ごした。
「……そういうおまえは、どうなんだ?…サニー」
 独立をしたはずの美食屋が、以前と変わらず組織の都合の下で働いている事実を横へ流し目を送って揶揄する。
 問いで答えたにも関わらず、機嫌を損ねるほどの効果はなかったようだ。
 無論、そんなものは最初から期待をしていなかったが。
 、つに、いつも通り勝手にやってるぜ?、と、余裕綽々といった風情で、相手は客用の椅子に腰かけたまま踏ん反り返った。
 耐荷重が百キロほどのソファを軋ませるほど体重が重いわけではないが、何よりも頭髪の量が尋常ではない。
 さながら高級な毛皮を羽織っているような、華美な色に染められた髪の毛は、溢れんばかりの健康的な光沢に彩られていた。
 孔雀の尾羽。あるいは、南国に生える単一の茎を持つ巨大な植物の葉のようでもある。
 それらを頭部と背面に従えた装いは、派手だという他はない。
 だが男のことを、堂々とした性根と外見を持っていると表現するよりも、どこか着飾った滑稽さを感じると思えるのは、比べられる者が自分の記憶の中にいたためかもしれない。
 質素で落ち着きのある木製の家具の上で優雅に足を組み。
 否、組んでいるつもりなのだろう。
 内に秘めた意気を示すように、背もたれを飛び越えて背後に広がる大量の長い毛髪が、昼間の陽光を乗せながら棚引いている。
 見るからに毳毳しい、物腰だけなら右に出る者がいないと断言できるほど、色彩的にも雰囲気的にも仰々しい見てくれだ。
 趣味を履き違えたような過度なデザインが強調された、いわゆる流行遅れのファッションを好む上司もいるにはいるが、それとはまた少々異相だといえるだろう。
 どんなに人の目を引くような、悪目立ちをする出で立ちであろうと、すでに見慣れた光景であるだけに、頭痛の種となるほど問題ではないが、昔も今も、何某かの感動が生まれるわけでもない。
 むしろ、浮かんで来るものはといえば。

「、ーいや、何なんだ?あの、、つくしくない物体は?」
「…………………」
 何を指して美しくないと形容をしているのかは凡そ見当が付いたが、態と聞こえない振りをする。
 業を煮やしたのかわざわざ利き手を伸ばし、目線だけでなく、ちょんちょんと大げさに上空に向けて、毛むくじゃらの『、つくしい』美食屋は指をさした。
「………何のことを言っているのか、わからないな」
 単に事細かに事情と経緯を説明するのが億劫なだけだが、向こうはそのつっけんどんな発言を挑戦状だと受け取ったのだろう。
 案の定、棘のある口調がものの見事に帰ってくる。
「、の、小汚い…。汚すぎる、卵のことだ」
 、りゃ、卵っていえるような代物か?
 泥の塊じゃないのか?、と、当の昔に見えない触覚を伸ばし、正体を調べ終えているだろうに、わざとらしく口を大きく抉じ開けて大音響で連呼するのは、品性が低等である証拠のようなものだ。
 しかも、語彙が豊富とは言えないのであれば、子ども染みたからかいにすらなりはしない。
 同じ単語を繰り返し用いるのは、学力と想像力が足りていないことを自ら訴えている行為と等しいからだ。
 その考えを、我が突出しているとさえ思える友人を相手に、今更懇々と説くつもりなど毛頭ないが。
 ふう、と、我知らず低い嘆息が唇を過ぎる。
「…………今時点で、ボクの命よりも大切なものだと言ったら……?」
 湯気を昇らせるカップと皿を相手の目の前に差し出し、自分はといえばベストな温度と時間で煎れた茶を愛用の茶器から含み、一口で多すぎない適度の量を飲み下す。
 音を立てず、香りと味を嗅覚と舌で味わうのは、何度繰り返しても飽きることがない。
 聞くなり、サニーは、ひゅうとひとつ口笛を吹いた。
 明朗な音が空気の摩擦となって、鼓膜をぴりりと奮わせる。
 先を尖らせ、蛸のように突き出した唇は、柔らかいというより、よく動く器官だ。柔軟というよりも、軟体と言った方が的確なのではないかとすら思う。
「…恋人でも、入ってんのか?」
 無難な内容を笑いながら話す癖は、もう一人の四天王の、青髪の男を髣髴とさせる。
 物を言う口元が達者と言えるほど果敢に動く様も、性質的に近い部分があるからかもしれない。
 属性だけを言えば、確かに二人は相反する対極にいるとは言い難い。
「…似たようなものかな……」
 ふと思案するような眼差しをしてから、簡単な一言で答えると、深読みをしない真っ当な反応が返ってきた。
「、りゃあ、『ココ様』にとっては、、いことなんじゃね?」
「………」
 人一人が住む分には狭くはないが、決して広いとは言えない石造りの部屋の片隅に、蜘蛛の糸を張ったように丈夫なロープと獣皮のような分厚い綿に包まれ、呼吸をしているかのようにわずかに揺れるその物体を、目を細めて見上げながら告げる。
 訳知り顔だという解釈が、一番適していたかもしれない。
「…おまえもトリコも、家族がいねえよーなもんだろ?」
 だから、肉親が増えるのは悪いことではない。
 むしろ歓迎すべき事柄だと、屈託なく笑い、漂白されたような、作り物と見紛うばかりの白い歯を見せる。
「………………………」
 あまりに長いこと閉口をしていたために、気がそれほど短いとはいえないが、お世辞にも長いとは言えない色とりどりの毛色の男から、早速、沈黙し過ぎだろ、と注意が入る。
 ああ、と片言で応えたものの、虚を突かれた瞬間は、どうしても思考が、どこかにぽっかりと穴が開いて、そこへ落ちてしまった時のように静まり返ってしまうのだ。
 間が抜けているとは常々思っているのだが、それを自身に対して実行できる人間は限られているのだから、訓練のし様がない。
「………ありがとう、サニー…」
 辛うじて、思い浮かんだことを声に出して伝えると、にんまりと、あまり上品とは言えない安っぽい笑顔が返った。
「…トリコには、おまえから紹か、してやれよ?」
 野暮な真似は、、つくしくねえからな、とわけのわからないことを付け加え、さらに知ったような顔つきのまま、出された茶を最後まで啜った。


「少しは、、つくしー行為が心底似合う、俺に感謝しろよ!?」
「………………………………………………」
 IGOの庭で修行を積んでいた少年時代から変わらず、言っていることを解読するのに苦労すると、無表情な面を取り繕うことなく考えていると、だからおまえは、、ちいち沈黙が長すぎんだよ、と怒声が飛んでくる。
 適当に去なし、聞き流していると、こちらの虫の居所の悪い原因を突き止めたと勘違いをしたのだろう。
 トリコの奴がおまえに焦れて居場所を探し当てるまでは会うのは我慢しろと諭された瞬間。
 金輪際、サニーの口から出る言葉は耳を通さないことにした。




-2009/05/28
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