おれも歳かもしれねェな、と、今まで聞いたことのない台詞に我知らず耳を疑った。
「そんなことねェ。伝説の大海賊のあんたに、年齢なんて関係ねェ」
「馬鹿を言うな。おれだって、てめェとおんなじ人間だ」
そんなはずがねェと、思わず次に出かかる言葉を飲み込んだ。
そうだ、どんなに強大でどんなに頼もしくても、人という種族も魚人も巨人族もみんな同じ人間だ。
特別だと思ったり伝説だ何だのと崇めたり神格化をするのは、周りの勝手な欲に過ぎない。
「…だからって、物忘れにしちゃ突然過ぎねェか?」
馬鹿野郎、と大きな口が髭の下で曲がる。
「忘れちまったモンは忘れちまったんだ。仕方がねェだろう」
他に方法がないと、言外に諭される。
「…勿論協力はするさ。あんたのためなら、おれは何だってできる」
正確には眼前の船長と、同船する仲間たちのためなら、だ。
「…けど、あんたも知ってるとおり、おれはあんまり巧くねェんだ」
それでもやるのか?、と黒髪の青年は問う。
当たり前ェだ、と一回り以上歳の離れた白い髭の大男は凄んだ。
わかった、と念を押すようにベッドの端で片膝だけで胡座をかいていた膝に拳を置き、エースと呼ばれた半裸の若者は頷いた。
まさか、この手解きを自分がすることになろうとは。
実際、心の中では相手の酔狂、所謂、からかわれているのではないかとの疑念がないわけではない。
だが、深い信頼と尊敬の念が邪魔をして中々言い出せないのだ。
他の者たちにするように、冗談を言うなよと、笑ってやり過ごすことができない。もしかしたら、本当なのではないかと思うからだ。
家族というものを持たず、過去にいたのは大勢の他人と兄弟二人だけ。ジジイと呼んでいた実父のかつての敵とは顔見知り程度で、特段親しかったわけではない。
出生に関しては世間に憚る身だが、好き勝手に育っただけに、年齢という概念に捉われた経験がなかった。
だから、この大船長の言ったことが本当か嘘かわからないのだ。
わからなければいつも通り、周囲の仲間に尋ねれば済むわけだが、脱いだズボンを履き直して寝静まった船内をうろつくわけには行かない。
「じゃあ、やろうぜ」
中途半端な邪念を振り払い、セックスのやり方を忘却したと言った白ひげの言葉をそのまま信じた。
「オヤジ、気持ち好いか?」
大きな胡座の上に腹這いになったまま、腹の下に生えた巨大な性器を丹念に扱く。
見た目以上に器用で目にしたものをすぐに覚えてしまえるほど技術を習得する能力は高いはずだったが、殊色事に関してはまだまだ納得できるようには動けない。
一言で性交と言っても、一般のそれとはスケールが違うからだとの理由は、相手が初めてで他とは一切関係を持ったことがないからこそ、判断することはできなかった。
掌に込める力の加減の凡そは見当がついている。握りが浅過ぎては味気ないと揶揄され、強過ぎたかと思えばまあまあだと評される。
片手では足りないほど立派な男根は、幸い勃起時も普段とあまり大差がない。しかし、元々のサイズが規格外を通り越して特大級であるから、安心できるわけではなかった。
しかも、張りと硬さは年相応とは言えないほど逞しく雄々しい。
いつも通り、オヤジも若ェな、と腹の中で感嘆する。
わずかに米神に汗を浮かべながら両手で扱くことに専念していると、のんびりとした口調が聞こえた。
「そうしてるだけか?」
手を上下に動かすことに集中していたために、反応が遅れた。
「おれのチンポコを擦るだけで終わりかって聞いてんだ」
畳み掛けられ、あれ?、と思う。
「オヤジ、思い出したのか…?」
セックスのいろはを綺麗さっぱり忘れたと言っていた本人から先を催促され、驚いたように顔を上げる。
「アホンダラ。今のまんまじゃ、こそばゆいだけだ。この調子で続くなら、間違って眠っちまうじゃねェか」
「…………!!」
やはり、気持ち好くはないらしい。
以前言われた下手くそだとの痛烈にして簡潔な批評は、まだ胸の奥に突き刺さったままだ。
どうすりゃ巧くなれるんだと独りごちた時、何気なく側にいた仲間の一人に、そりゃあ経験の差だ、と言われた。
だからといって、目の前の相手以外と交渉を持ちたいとは思わない。
何でもかんでも教えてくれと意気込んだ時もあったが、臆面もなく閨中のことを喚くなと諭された。
勿論、二人きりになってから教えを請うているのだが、直接尋ねたところで取り合ってくれることは少ない。
人生経験の差というやつなのだろうが、前置きもなしにストレートに訊くことは少し間違ったやり方であるらしい。
だったらどうすればいいんだと苛立ったのは、そう言えば久しぶりだなと思った。
これまで過ごしてきた場所では、自分以上の才能の持ち主はいなかった。
厳密に言えば自身などより優れた者は沢山いたが、どれも自我を揺るがすほどではなかった。
動揺しない、と言うのが正しいだろうか。
子どもながらに大人顔負けの威勢を張り、育った海を離れてからは若干一七歳にして一団の船長となり、信頼され信用する側だった。
けれど今は違う。
おのれよりも大器に出逢い、存在を許され、互いに認めている。
そんな人間が近くにいて、こうして夜を共にして、笑ったり、へそを曲げたり、苛立ったりしている。
普通の人間のように過ごしている。
「オヤジ。まだ始めたばかりなのに、眠っちまうのか…?」
「てめェこそ、寝呆けるんじゃねェ」
チンポコを硬くしたまま眠る馬鹿がいるか、アホンダラ、と続く。
確かにその気になった後、自分や相手が途中で行為を放り出したことはない。
飽きずに夜を共にしているのにそのことに空虚を覚えた試しがないのは、ひとえに昼間の生活がある程度充実していたからかもしれない。
客人を歓迎しての大宴会が催された日でも、例え明け方まで飲んでいたとしてもいつの間にか船長室の広い寝台の上に連れ立って横になっていた。
行為に及ぶこともあれば、寝転んだまま話だけをして終わることもある。
どちらかが催せば付き合うのが常だ。拒まれたりすることは稀だったし、拒むことができた記憶もない。
だから、あっさりと引き下がるわけがないのは当然と言えた。
「……オヤジ、」
応えるように、切れ長の鋭い視線で額の真ん中を射抜かれる。
「こんなことは、あんたにしかしないからな…?」
他人のペニスにキスをするなど、どんなに価値のあるお宝を山積みにされても絶対にできないことだと訴える。
『白ひげ』相手だからこそ、文句のひとつも言わずにやれるのだ。
何らかの見返りを意図したわけではない率直な思いだったのだが、呆れを通り越して怒り出すような具合に、相手は顔全体を歪めて不機嫌な面になった。
「…てめェの寝言には、心底参るぜ」
「…寝言じゃねェ」
だったら、天然のコマシだと返される。
天性の娼婦だと言われたこともあるだけに、それよりはまだ増しであるようだ。
オヤジは時々わけのわからないことを言うと思うが、それこそが相手の台詞だという事実は心中で高言した張本人には知る由もない。
-2011/10/08
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