李功の心には何も浮かんでいないようだった。
無意識に心の声が聞こえるかと思ったが、実際には心情には波一つ立っていなかった。
立っていなかったようだ、と表現するのが正しかったかもしれない。
「おまえが好きなんだ、李功」
自分でも驚くほど気真面目に発した声に対する応答はなかったが、わずかにその柳眉が潜められた様を見逃さなかった。
告げられた内容を不快だと捉えたのかもしれなかったが、その全身を覆った気配には明確な嫌悪感は滲んでいなかった。
何事かを発そうとして、ほの赤い色の唇がかすかに開く。
しかし音を形成することなく閉じられた口の中で、どうやら李功は軽く歯を食い縛ったようだ。
異様に長く感じる沈黙に耐えきれず、振り払われることのなかった手を引き寄せた。
そのまま避けられることを覚悟して口を合わせる。
同じ男から口を吸われた直後はぎくりと身体を強張らせたが、李功が殺気を放つことはなかった。
李功が実は、驚いているのだと理解した方が的確だったかもしれない。
しかしそれだけではないことは、四年間もの付き合いの長さからも知れた。
だとしたら、思いに応えてくれるということなのだろうか。
迷ったが、頭を離し、相手の名前を呼んだ。
「李功」
ああ、と返答が帰って来た時には正直、拍子抜けをした。
おそらく、驚いてはいるが、その中に理性はあるのだろう。
でなければ、返事など帰って来るはずがない。
李功は元来烈火のように烈しい気質の持ち主だと認識されているが、実際は冷静な部分がないわけではないことは一部の親しい人間なら誰しも気づいている。
真実を生まれつき備わった鋭い直感で捉え、それを頭の中で転がして、客観的に分析できる長者としての術に長けている。
おそらく今も、あらゆる情報を集めてこちらの心情の深いところまで考えようとしているのだろう。
けれど、そんなことをされても答えは見つからない。
自分が見つけられないものを、捉えることなどできないと考えた途端―――
「…おれもおまえが好きだぜ、趙」
「…………………、は?」
目をこれ以上ないほど丸くして、なんだって?、と思わず聞き返す。
その様子を特に咎めることなく、二つ年上の想い人は答えた。
「嫌いだって言ってほしいなら、そうするぜ」
くくく、と李功は目を綻ばせ、白い歯を見せて笑った。
十八の歳相応の、いたずらっぽい笑み。
いつものように他愛のない言葉でからかわれているのかと思ったが、明瞭な声音からそうではないらしいことが知れた。
「ほ、本当か?」
鵜呑みにしていいのか?、信じていいのか?、と質す。
普段の冷静さを欠いた情けない態度だったが、ここで大人振ってみても仕方がない。
「信じたくねえんなら、信じなきゃいい。おれは別にそれでも構わねえからな」
愛想のない物言いは、誰に対しても同じだ。
自分だけが特別というわけではない。
「…いや、信じる。」
そうすることが自身の長所だと考えているからこそ、真っ正直に言われたことを飲み込んだ。
李功の告げた言葉が正しいことであるなら。
もう一度、と顔を上げた瞬間、黒い髪と白い額が近づいてきた。
前髪の生え際から続く、『竜』の一文字。
下から伸び上がるようにして与えられた、柔らかい温もり。
二の腕を回して体を支え、手加減をせずにそこに力を込めた。
-2013/10/09
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