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李功(りこう)という男、その情事

「ん?……てことは、ここですんのか?」
 唇を離し、いつもとは違う乱れた呼吸を正さないまま、李功は、ぽ、と独白を漏らした。
「………………」
 相手の唇が唾液で濡れていることに気づき、返答に詰まって目線を逸らせると、今度は直接心に来た。
 ――おまえはしたいのか?趙(しょう)――
 あまりに直接的過ぎる問いかけだったが、心の中では嘘は吐けない。
 感じたことを、そのまま思いに乗せる。
 それが届いた瞬間、李功は呆けたように口を開けたが、すぐに気を取り直したようだ。
「なるようになるだろ」
 他人事のようにも聞こえたが、素っ気ない口振りは、こちらを傷つけないように慮っての行為だということは長い付き合いからも知れていた。
「…………………」
「何も言わねえんだな」
 何かを知っているかのように口の端を持ち上げ、李功は言う。
「こういう時に話をするのは得意じゃない。…それに、慣れてない」
 修行中の身である拳士が女の家に通うことはない。
 姦通によって破門されることはないが、その門派の長老によっては無用と判断された場合、出家させられることもあるからだ。
 返した言葉の深意を汲み取って、
「そーだな」
 おれも慣れてねえ、と李功は笑った。
 口元だけの笑顔は、その涼しそうな目元をどこか寂しげに見せた。


 いつの間にか日が落ち、周囲はただの闇に包まれている。
 人里から遠く離れているため、人工的な灯りはどこにもない。
 広大な土地を有する大国の深い山奥であれば、明かりを灯して長夜を楽しむ風習も少なかった。
 消息を尋ねる念話が案じていたらしき白華の大道師から届いたが、心配のない旨を告げてから、他心通を断った。
 李功にも黒龍の門弟が探しに来るのではないかと質したが、遅くなるようなら白華の里に泊まると言って出てきたらしい。
 黒龍を束ねる李功に対する部下の信頼は、もしかしたら自分よりも強いのかもしれなかった。


 ぼう、と周囲の暗闇を裂くように光が点る。
 上着の袖から腕を抜いた李功の肩の裏側にある印が光源になっているからだ。
 強い気の力を持つ李功の光は、暗い闇夜の中でもわかるほど鮮明な黄色みを帯びている。
 印の周辺から発された光は次第に暴かれていく李功の肌の面積に従って、どんどん大きくなっていった。
 気力を込めなくても、李功の体を明るい光が包んでいることが分かる。
 それほど、生来持つ気の力が強いのだ。
「とりあえず、結界を張って……」
「…周到過ぎるぞ、おまえ」
 虫に刺されでもしたら大変だと言って、生まれたばかりの愛する息子の周りに結界を常に張り続けていた白華の上司のことをすかさず揶揄された。
「…でもまあ、あった方がいいに決まってるよな」
 別にこの時のために勁の扱い方が旨くなったわけではないと胸中で弁解しつつ、地面に膝を付いていると、滝の岸辺から離れた草むらに尻餅を付き、李功はこちらを迎えるように腕を広げた。
「来いよ」
 どちらに主導権があるのかはわからなかったが、気持ちを受け入れる準備は整ったようだ。
「女役でいいのか…?」
 女扱いされることに抵抗はないのかと訊いたつもりだったが、予期せぬ答えが返って来た。
「…初めてじゃねえからな。…おれがやられた方が、おまえにとってもいいだろ」
「……………、え、」
「さっきから、『え、』とか、『は、』が多いんじゃねえか、おまえ」
 李功はこちらの間抜けな反応に苦笑したようだ。


 ――想定外だった。


「…前に、……四年前のトーナメントの後、おまえがおれに叩きのめされて負った大怪我を治療する時に言っただろ」
 あれはただの例えじゃねえ、と李功は言った。
 記憶を遡って思い出すのは、西派トーナメントが閉幕して一ヶ月。
 戦いで頭部に重傷を負った自分はもしかしたらこのまま師範の仕事に復帰することは不可能なのではないかと思っていた矢先。
 二人の指導者を失った黒龍の内部の混乱を治めた後、白華の里を訪ねてきた李功の言葉。
 長期間に及ぶ勁を使った治療を約束し、今回の一件で弱体化した自らが属する門派の再建を誓った。
 その時、四歳の頃から王きにしこまれたと自身の素性を語っていた。
 黒龍拳の一番の実力者であった王きに物心ついた時から師事したということだと思っていたが、それだけではないと李功は告白していたのだろう。
「………おれは気にしてねえけど、そういうことをおまえは気にするんだろ?」
 李功が言うには、確かに小さかった頃に王きの夜の相手をしていたが、並いる高弟たちの中で頭角を現すようになってからはその関係はぷっつりと断たれたそうだ。
 元々トーナメントに出場できるだけの腕前を持つ黒龍拳の精鋭たちを育て、優勝することが最終目的だったのだから、李功を最大限に鍛えることに目的がシフトしたのは当然だったのだろう。
 そして李功にとっても、その兄の劉宝にとっても、師であった王きの存在は絶対だと言っていた。
 その過去に対して李功に思うところはなく、ただの事実として受け入れているらしいことは、きっぱりとした口調からも大いに推し量れた。
「……そうか」
 わかった、とだけ告げると、李功はにんまりと口元だけを歪めて笑った。
「王き様と比べたりしねえから、安心しろよ」
「…おまえなら、そう言うだろうと思ったぜ」
 にやり、といつものように大胆な笑みで返す。
 李功はそこでようやく会心したようだった。


 裸の姿態を草むらに横たえ、上から抱きかかえるようにして覆いかぶさる。
 同じ男同士だというのに、まだ成長を続けている自身の体は李功の姿を覆い隠してしまうほどに大きい。
 生まれつき豊富な勁の力を持ち、体格に恵まれているのも優れた素質の一つだと、皮肉な顔つきで李功から告げられたことがある。
 身体が大きければその分、溢れる気を蓄積することができる上、体内で練る勁の量もそこに比例する。
 無論、大柄の拳士であっても、勁の扱いが下手な者。そもそも、使い方が稚拙な者は多い。
 大量の精気を蓄え、作り続けられる役割を担うのが、拳士が鍛え上げなければならない体の本来の役目だ。
 褒め言葉の裏に、四年前のあのチビ助がよくもここまで成長したもんだ、という李功の揶揄が含まれていることは言うに及ばずだったが。
 規模は違っても同じように生まれながらに膨大な気を体に宿している李功は、どちらかといえば自身とは異なり、無尽蔵に勁の力を使うことができる特殊な拳士だ。
 超人的な肉体の回復力を誇り、気力、精神力が長時間の戦いでも衰えることがないタフネスだ。
 同年代の拳士より背格好は劣ってはいるものの、素質的には他者の追随を一切許さない。
 それにおそらく、李功ほどの資質があれば、大きな五体を持った場合、逆にそれが足手纏いとなるのだろう。
 回復させる筋力や傷の表面積が多ければ、それが戦いの邪魔や負担となることも予想できるからだ。
 練る手間もなく、瞬時に気を全身に満たせる適度な器は、超回復という特殊能力を可能にする李功には相応だと言えた。

 冷たくなった地面の上で重なり、唇を合わせ、何度もキスを繰り返す。
 若い情熱に流されるまま、徐々に深まっては浅い位置で互いを啄み、舌を絡め合う。
 気恥かしさなど当に頭の中にはなく、無我夢中でその身体を貪った。
 李功の肌に歯を立て、首筋や胸を流れる汗を指や舌先で辿り続けた。
 息遣いに紛れて、鼓膜に李功の小さな喘ぎ声が届く。
 食い縛っていた歯の間が緩められ、与えられる刺激の大小で詰める息の色が変わり始めた。
 広げられた両足を持ち上げ、剥き出しのままの雄を二本まとめて握り込むと、頭上から詰まったような声が聞こえた。
「…、っ触るな…、漏れる…っ…」
 精が出てしまうと制されたが、構わず一度に扱き上げると両腕を首の裏に回し、食い縛った歯を軋ませて李功は汗で濡れそぼった黒髪を振った。
 はあ、はあ、と肩で息をし、意識を集中させて中心に集まる熱が体外に放出されないようにコントロールしているのだろう。
 それは自分も同様だったが、なぜか李功の方が行為によって強く感覚器官を刺激されているようだ。
 前を時にゆるく、時に強く動かしているもう片方で、空いた手の指を口中で濡らし、李功の後孔を探る。
 こうなるのであれば前以て潤滑油を用意しておけばよかったのが悔やまれる。
 入口を割ってそろそろと指を差し入れ、抜き出す度に、舌打ちのような苦しげな息が険しくなった表情の恋人の口元から聞こえた。

「………初めての……おま、えを…なぐさめる…っ、つもりは、…ねえ…けど…」
 逡巡していたところに、苦々しげな、けれどどこか浮ついたような、平素とは程遠い音が届いた。
「ケガしたところで、……大した、ことは、……ね、え…っから…」
 おれならな、と、途切れ途切れの声を響かせる。
「…………!」
 そこが裂けたところですぐに治せると言っているということに思い至った瞬間、一気に全身の血が沸騰した。
「李功……!!」
 自身でも信じられないくらい乱暴に、太ももの付け根の後ろに、硬くなった熱を押し当てる。


「おまえが嫌いじゃねえんだから、仕方ねえ」


 どこかでそう、皮肉屋の一言が聞こえたような気がした。




-2013/10/09
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