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李功(りこう)という男、そのちょっとした余波

 はあーーーー、と。
 ため息にしては奇妙な余韻と甘さを残した嘆息がその影から漏れる。
 間隔は広いが、何やら自覚のないものだったらしい。
「……?」
 どうした?、とようやくこちらに気づいたらしい短髪の拳士が一瞥を投げる。
 それはこの場に集ったその他大勢の台詞と言っても良かったが、思わぬ怒りを買いたくない者たちは一様にびくりと全身を竦ませた。
「止まってないで、どんどんかかって来いよ」
 時間が勿体ねえぞ、と表情を険しくする。
 剥き出しになった両腕を胸の前で組んで悠然と突っ立ったままの指導者に、勇気ある門弟の一人が大柄の体を縮めながら進言しようと前へ進んだ。
「その…、李功様…」
「なんだ」
 なんだよ、と睨みつける。
 気心が知れた仲であれば、それが普段通りの李功という男だと明察するところだが、そうではない人間にとってはすべてが恐ろしい振る舞いでしかない。
「いえ…、………稽古を続けてください」
「……?」
 どうやらわかってはいないらしい。
 先ほどから、いや、数日前から。
 物憂げな、艶のある吐息が一日に何度もその口から洩れていることに。


 黒龍拳は徒手(としゅ)武術派の拳法で、武器を用いる器械(きかい)武術を含まない。
 逆に、あらゆる武術を網羅しているのが白華拳だが、梁や趙といった名の知れた師範は両方の資格を持っていたものの、どちらかと言えば前者を得手としているようだった。
 西派の中で素手で戦う拳法の代表格とも評される黒龍拳は、破壊力を主とした体術と勁の技に特化したパワー重視の拳法家たちの集団だ。
 ゆえに門弟は素質のある男だけに絞られ、選りすぐられた力自慢の者たちが多勢を占めた。
 その中で高弟となるのは、さらに厳しい修練に耐えた剛の者。
 黒龍では、恵まれた体格と資質を備え、力さえあれば容易に頂点に立つことができる。
 ゆえに猛者たちが日々切磋琢磨し、おのれの得意とする技を極限まで鍛え上げるのだ。
 ごつごつとした背格好の、体育会系の男たちでひしめき合う、一種異様な門派。
 だからこそ、李功の存在は特異で異質なものだと言えた。


「白華の里に行った後からだよな……」
「ああ、見るからにおかしく…いや、何か…妖しい『気』が………否」
「……はっきりいって、目に毒だ…。………というのは、聞かなかったことにしてくれ」
 ひそひそと門弟たちの間で李功の変貌振りが語られるものの、対象の、体の底から震えが来るような恐ろしさと強さは身を以て知っている。
 そのため、それらの噂が公になることはなかったが、そんな無防備な様を見せる指導者に稽古をつけてもらった者がもぞもぞと自らの股間を気にする姿を目撃することは少なくなかった。

 掃き溜めの鶴、との形容は相応しくなかったかもしれない。
 しかし、かつての黒龍の最高実力者・王きと劉宝の陰に隠れていたが、李功の異能さを早くから指摘した人間は少なからずいる。
 無論、黒龍の全門弟たちの師であった王きの手前、口に上ることはなかったが、黒龍の拳士らしからないと認識する者は数多くいた。
 黒龍に稚児めいた輩など、自分たちの面汚しもいい所だと。
 だが真実は、陰口を叩いていた者こそが李功に叩き潰され、強力な勁の力で全身にその恐怖を教え込まれた。
 一度頭に火が点くと、興奮状態に陥り、子ども特有の純粋さがさらにそこへ油を注いでいるかのように、兄や師が止めない限り敵を殴打することをやめはしない。
 事実、果てることのない気の力によって疲れを知らない李功にとっては、どれほどのダメージを受けても、相手が意識を失うまで攻撃を続けることに何の負担も感じないからだ。
 沸き上がる暴力の衝動をセーブできないことは拳士として未熟であることを意味したが、自身の昂りを制御できるようになったのちも、闘いの場では上にいる二人以外歯が立つことがなかった。
 その頃から李功は門弟たちに恐れられるようになり、王き、劉宝の次の実力者として黒龍拳に君臨した。
 わずか十二になるかならないうちに、他の門弟たちをその力だけで黙らせたのだ。
 近年、歳の近い友人を得たことで多分に分別が付いたようだったが、今でも怒りの琴線に触れることを恐れられる存在だった。
 そんな李功の変化に股間を刺激されるのは、一部の嗜好者たちだけだと断言することができるが。

 早く、いつもの余裕のある総帥に戻ってほしいと。
 李功を支持する人間たちの誰もが願っていた。




(黒龍の陰のアイドル(???))
-2013/10/11
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