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李功(りこう)という男、その祝宴で

 噂どおり、いい男になったじゃねえか、と。
 三年間という他流派での修業の歳月を経て白華に帰ってきた元最高師範の男は、そう言って李功を見た。


「趙(しょう)の奴の成長っ振りにも、そりゃ驚いたけどな」
 蓮苞の手紙で聞いちゃいたけどな、と言いながら、すでに何杯か空けた盃を呷る。
 一流の拳士の名に相応しい体格を手に入れて、図体だけはそこら辺の奴よりすっかりでかい野郎になりやがって、と憎まれ口を叩くように李功の隣に並んで膝を折った自分に一瞥を投げる。
 梁(りょう)の記憶の中では十四だった頃の李功よりもさらに小さく、こまっしゃくれた後輩だったイメージが強かったのだろう。
 李功そのものも目つきの悪い捻くれた子どもだと思い込んでいたので、その変貌振りというか、黒龍拳を背負っても遜色のない堂々とした見目に育ったことを目で認めると同時に、少なからず感心したようだ。
 会わない間に西派が確実に変わったことを年若い門弟たちの姿を通して実感したのだろう。
 梁はちょうど李功と一回り違う歳だったが、若い時分から師範としての能力を認められ、粗っぽいながらも気さくな性格ゆえに多くの者たちから人望を集めていた。

「梁師範の活躍は、趙から聞いてますよ」
 世界各地の格闘技大会でチャンピオンベルトを総なめにしたことを差して、李功が口を開く。
「ありゃ、ちょっとした因縁の清算ってやつだ」
 大した大会じゃなかった、と謙遜ではなく本音を漏らす。
 本来西派が土地の外でその秘拳と呼ばれた技を外部の人間たちに見せることはない。
 しかし、親友であり、白華の恩人でもあるターちゃんのために、彼の一門の代表として戦ったと聞かされる。
 であれば、長老たちが咎める道理はなかった。

 婚礼を祝う白華の祝賀会に李功を呼んだのは、梁と大道師の意思だ。
 人づてに聞いた話だけでなく、実際にその目で今の西派の現状を確かめたかったらしく、婚礼を機に様々な代表者たちと直接膝を交えたかったのだと聞く。
 黒龍は、先代の大道師の二人の息子たちが海外の組織によって毒殺されるのを見て見ぬ振りをした責任がある。
 開祖の血を引く者たちの殺害に間接的にであれ関与、協力したことは大罪だ。
 それゆえに白華に代わって西派の実権を握ろうとした首謀者の王きは重罪と処され、李功の兄・劉宝とともに刑罰に服している。
 かつて、七十四代目の大道師の二男には何度か稽古をつけてもらったことがあると告げたことがある。
 それを聞いた時の李功の顔色は少なからず青ざめていたのは気のせいではない。
 生前を思い出すと、徳に厚い一族の名に恥じず、彼らは勁(けい)の技に能く通じ、他者の話に耳を傾け続ける非常な忍耐力と穏やかな心を持っていた。
 剛毅な性格の長男は梁とも気が合い、彼を介して妹の蓮苞と知り合い、婚約に至ったと聞いたことがある。
 その兄二人を一度に亡くし、混乱を治めるために七十五代目の大道師となったのが、梁の妻。
 だからこそ三年前の黒龍拳の裏切りは、大きな禍根となっていたことも事実だった。
 だがな、と梁は考える。
 おそらくそれは、傍らから男を見守っている現大道師の気持ちでもあったのだろう。

「…李功。おまえ、黒龍拳を継げよ」
 おれが帰ってきたからにゃ、上の連中にも言っておくからよ、と少し酔いが回った体で男は言った。
「西派三十二門派が一枚岩にならなきゃいけねえ規則はねえ。お互いが競い合って高め合うのが分派したそもそもの目的だったからな」
 完全な武闘派と思われがちだが、鋭い洞察力と文武を問わぬ造詣の深さは折り紙つきだ。
 その口から滔々と、西派拳法の歴史が語られる。
「…だからよ、偏った一派の弱体化ってのは、白華にとっても歓迎できることじゃねえんだ。…古来から必殺拳を継承する、西派全体の問題と考えるのが普通だ」
「………」
 大道師も同じ考えだと言い、梁は自分の弟子たちに教え諭すような、神妙な面持ちになった。
 帰還とともに、梁は中国拳法西派の最高峰である白華拳の最高師範の座に再任することが確約されている。
 梁の言葉は暗に、諸外国で実績を積み続け、自他ともに認める西派拳法最強の男である自分が、李功が黒龍の指導者に就くことを推薦すると言っているのだ。
 歳が若く、各派の最長老たちから認められるような実績もさほどない。
 後ろ盾がなかったからこそ、いまだ李功は黒龍の実質的な指導者としては認められていなかったことを示唆し、妻となった大道師からの便りを読んでその前途を遠い大地から案じてくれていたのだろう。
 この地で最も強く、尊敬を集める最高実力者の梁が後押しをするのだとしたら、安心して黒龍を仕切り、引っ張っていくことができる。
 それらの能力があると、李功と対面し、改めて確信したからこその言だった。
「趙の奴は、蓮苞にとっちゃ弟みたいなもんだからな」
 女房の子弟であるということは自分の実の兄弟も同じだと言い、その弟と仲良くしているおまえも同然だと説く。
 一度だけ李功から無言の視線を浴びたが、その真意を読むことは咄嗟にはできなかった。
 とりあえず、心配はないと目配せすると、何事もなかったかのように細い顎が元の位置へ戻った。
 大道師の一族と懇意にしていることを隠すつもりはなかったが、そういうことは前以て言っておけよ、この野郎、とでも思われたのかもしれない。
「あとはおまえに任せる。…うまくやれよ」
 静かな迫力を言外に含ませた男から不敵に笑いかけられ、李功はそれを真正面から捉えると、しっかりと頷いた。




「黒龍なんていう癖のある男所帯の一門の中で、よくやってると思うぜ」
 李功を送り出した後自身が席に戻ってくるや否や、梁が感慨深げにつぶやいた。
 おれだったら一日中苛々して、二日とあの中にゃいられねえな、と珍しく冗談を交えず分析をする。
 現実にあの門派を訪れたことはなかったが、連中が放つ気そのものが白華とは異質だからなあ、と梁は独りごちた。
 その『気』が意味するのは、男臭いということだろうかと内心で首を傾げる。
 恐らく荒っぽいとか、低俗なユーモアが通じないとか許されないとか、その他色々な深味が含まれていたのだろう。
 少なくとも自身にとっては、李功しかほとんど目に入らないので気にはならなかったが。
「李功にとっては自分が育った場所ですからね」
 男のように、非日常的なものだと捉える機会はないのだろう。
 そーだな、と再び酒を呷る。
「力になってやれよ、趙」
 おまえらの時代は確実に来ると諭しているかのような口振りで、無精に生やした口髭を動かした。
「そのつもりすよ」
 軽口で返す後輩の横顔をどう捉えたのかはわからなかったが、梁は何かを得心したように赤ら顔で鼻を鳴らしたようだった。



 趙の奴が肩入れするのもわかるぜ。

 宴の最中にそんな意味ありげなことを言ったとか言わなかったとか、後から大道師に笑い混じりで聞かされた。




(梁師範、帰国…!)
-2013/10/15
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