白華の梁(りょう)を倒すこと。
西派拳法家の中で最も恐れるべきはその男ただ一人だと師に教えられた。
実物に会う機会は次に開かれる西派トーナメント。
その間聞かされていたのは、憑かれたような男に対する対抗心。
復讐心、と言った方が相応だったかもしれない。
一流であればあるほど、拳士は勝敗にこだわるようになる。
鍛錬を始めた当初にはわからなかったが、実力をつけ、芽生えたわずかな自信を師であったあの男の前で粉々になるまで叩きのめされる都度、泥を飲んでも勝つことに執着するようになった。
どうすれば、それが叶うのか。
考える頭もまた、そこから学んだ。
時が経ち、敵(かたき)だと教えられていた白華拳の有力者の話が伝えられるようになると、倒すべき対象以外にも初めて聞く名前があった。
それが、趙(しょう)だった。
その話題が黒龍の門弟の間で取り上げられた時、王き様は一つも言葉を発さなかったが、眼光に宿る怒りのようなものは隠し切れていなかった。
前回同様、梁という男以外は取るに足らないと考えていたのだろう。
おのれのように若い芽を育てていたことを知り、忌々しく思ったとしても不思議ではなかった。
一見では何の感想も浮かばなかった。
それよりも気になったのは、出場選手の代理として連れて来た、腰布一丁の格闘家の方だったからだ。
拳法家ではないにも関わらず、それすら超越したような動きを警戒しないわけにはいかなかったからだ。
趙に関しての思い出は特にない。
ただ、あまり見慣れない、特徴的な見た目だな、と感じた。
「あの面構えは、北方の遊牧民のものだな」
客席から三回戦を一人で見物していた自身を迎えに来た劉宝がぽつりと言った。
「元々、露国との国境の近くに住んでいた民族の出身だろう」
正確には国籍が違うはずだが、何らかの事情があって幼い頃に白華の門弟になったのだろうと推測をする。
感情の起伏が感じられない低い声だが、兄もこの状況を冷静に観察していたのだろうと察する。
「国境沿いの元騎馬民族の出か。…それにしちゃ、体のバランスがおかしい気が…」
あんなにチビ助なのに、不自然なほど手足が太いことを示唆する。
それを聞いて、劉宝は鼻で笑ったようだ。
「あれはこの先体が大きく育つということだ。拳士の中でもあの年であそこまで首や関節を存分に鍛えられる奴は少ない」
五体の中で鍛えづらいと言われているのは、急所と呼ばれる頭を支える首だ。
四肢のように豊富な鍛錬の種類があるわけではなく、地味で地道な反復動作によってしか強さを培えない箇所だ。
格闘家であれば一番に補強しなければならない弱点を現時点でしっかりと補えているということは、体が相応の素質を持っている証拠だと説く。
恐らく成長すれば自分よりも大きくなるだろうと告げられ、へえ、と驚嘆したような声音が漏れた。
「王き様の話では、出場するはずだった大道師の二男が直接稽古をつけていたそうだ」
トーナメントの前に死んだと聞いた、開祖の血を引く兄弟の弟の方だ。
「…師だった男は勁(けい)の使い手だったそうだからな。奴の技も師匠譲りということだろう」
「……………」
勁の使い手であると言うなら、ライバルになるということか。
いまだにその力が未知数であることを反芻し、考え込むような顔つきになってしまったのだろう。
「気そのものの強さなら、おまえが上だ」
兄はこちらに視線を落としたようだ。
誰にも彼にも厳格で、何事にも厳しい存在だが、それが自分に対しても、ということはあまりない。
「…あー。でも、油断するつもりはないな」
師範という肩書は伊達じゃない。
多勢が占める白華拳の中で、十指に満たない重要かつ尊敬を集める役割を担っているくらいだ。
格下相手に見せていない実力が並大抵でないことくらい、わかっている。
会場を出る直前、目線が合った。
感情を押し殺したような、大きな目が射抜くように下から見上げてきた。
師やその兄弟、門弟の仇を見ているというよりは、どことなく無理に憎んでいるかのような気配があった。
本当の憎悪という負の感情など、自分よりガキの時分にはわからないだろうな、と思う。
平然と見下すような顔つきで返して暫く、音もなく逸らされた。
仲間たちに従って、退出することになったからだ。
何だか面白い奴らだな、と。
真剣勝負であるのに、そんなことを思わされた連中だった。
-2013/10/19
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