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李功(りこう)という男、その場外の女神

「趙(しょう)君、李功とは頻繁に会ってないの?」
 白華の村で村人たちの怪我の治療の役に当たっていた時、そんなことを訊かれた。


「…流派が違うので、会うことは少ないですね」
 それでも、特例措置ではあるが、手合わせのために月に一度くらいは顔を合わせていると告げる。
 本来であれば十年に一度の西派トーナメント大会でしか異なる門派の高弟が互いに接する機会はないのだが、大道師は李功を白華の身内の一人として認めてくれているようだ。
 おそらく李功が黒龍を率いる実力を完全に得るまでの緊急の処置のようなもので、白華側からの手助けの意味が含まれていると解釈するのが適当だったのだろう。
 李功が成人すれば、これまでのように比較的自由な行動は取れなくなるのではないかと思う節もないわけではない。

 梁(りょう)の息子の誕生祝賀会の後、一週間の短い期間だったが、ターちゃん一家は白華の村に滞在していた。
 ターちゃん本人は一日でも早く、ジャングルの平和を守るために帰国したかったようだが、久しぶりの旅行なんだからゆっくりさせなさいという妻の強引な要求には逆らえなかったようだ。
 やっとの思いで、一ヶ月間の滞在を一週間に縮めてもらったのだ、と言っていた。
 自分の切なる願いならぬ意見を通すためとはいえ、怒涛の反論を受けて文字通り例の場所も縮んだと、前貼りを指で指し示していたというのは余談だ。
 ファミリーの一員だった梁とも何度か一緒に鍛錬をしたり、白華が自給自足のために保有する広大な畑を耕すのを手伝ったりしていたようなので、ターちゃんやその弟子ペドロにとっては慰安旅行という雰囲気ではなかったが。

「ふーん。苦労してるのね」
「……?」
 村人が厚意で用意してくれたお茶と点心を摘まんで野外に設置した椅子に腰かけたヂェーンの向かい側に座り、思わずぱちくりと瞼をまたたかせる。
 だって、趙君は本当は李功に会いたいんでしょ、と言われ、え、と言葉に詰まった。
 普段であれば笑って受け流すのだが、動揺しそうになったのは、白華の窮地に際して彼らの一家に親身に対応してもらった恩があったからかもしれない。
「隠さなくていーわよ」
 湯気を上げる餡饅を大きな口と顎でもりもりと咀嚼しながら、事も無げにヂェーンは言った。
 夫婦揃って勘の鋭い彼女の目を誤魔化すことはできないらしい。
「だって、李功、物凄くかわいくなっちゃったもんね」
「は…?…」
 何をどう捉えたり表現しようとしたら、そんな形容が出てくるのだろうか。
 四年前は超が付くほどかわいくない奴だったじゃない。
 要するに彼女にとっては、仲間にことごとく重傷を負わせた憎たらしい奴、という悪いイメージの方が強かったのだろう。
 その後の経緯を経験した当事者としてはそれほどの違和感を覚えることは少なかったが、空白の時間が長かった側から見れば、驚くほどの変化だと受け止めても仕方がなかったのだろう。
 ただ、何となくだが、李功と対戦したターちゃん本人は、当時から李功が根っからの悪人ではない、見たままの子どもだと捉えている気配があったようだ。


「…………………」
 是とも非とも答えられず、ぴちぴちに肉が詰まった、鮮やかなピンク色のチャイナドレス姿の人妻を見る。
「…李功は李功のままですよ」
 黒龍拳の統率者としての風格が備わっただけで。
 他者も認める率直な見解を足してみたが、慧眼(けいがん)を持つ彼女の視線を逸らすことはできなかった。
「…趙君、自覚がないの?…それとも隠したいの?」
 ずん、と前に迫った広い顔面が、さらに自身の視界の大半を埋め尽くす。
「……………」
 口を噤んでしまうと言うことは、肯定していることと同じだ。
 特に彼女のように知性の塊のような人物と対するには、こちらも負けじと同じ厚みを持った言葉で返さなければ真意を容易に悟られてしまう。
 頭ではわかってはいるのだが、どうしても出すべきものが出て来なかった。
「……ま、わかるけどね。西派じゃ自由な恋愛っていっても、異性同士の間で、それも一族以外での話なんでしょ」
 古代と呼ばれる時世の頃はともかく、文明が発達してからは性には特に峻厳な国だしね、とヂェーンからフォローされているようでは反撃などできるはずもなく。
「私はちゃきちゃきのニューヨーク育ちのニューヨーカーだったから、そういうことに関しては大分おおらかなのよ」
 色んな人種や宗教、主義の違う人間がいて当たり前の国で育ったから。
 話によると、スレンダーのダイナマイト・ボディ(古)を誇っていた過去には、全世界に名を知られたセックス・シンボルだったらしい。
 女性として自慢にすべきことではなかったかもしれないが、奔放で自由な発想と豊富な経験を持つ彼女らしく、仮にそれが風俗に関した職業であっても、仕事というものに対して絶対の自信と誇りを持っていたのだろう。
 すべてを理解することは難しかったが、堂々とした口調は自らの歩んできた道を恥じることがないと立派に主張しているようだった。
「別に趙君のことを不思議だと思わないわよ。…恋愛を放棄した自称博愛主義者よりよっぽどマシだしね」
 他人の人生だから、とやかく言うことじゃないけどね、と窘めながら、最後に本題を切り出した。
「だから李功のことが好きなら、好きだって言っちゃわないと、この先どうにもならないわよ」
「………!!?」
 がた、とテーブルと椅子が音を立てた。



 離れた場所で白華の村人に依頼された家屋の修理を手伝っていたペドロは気づかなかったようだが、野生動物並の聴力を行使して妻の会話に聞き耳を立てていたらしきターちゃんの表情には無意識に汗が浮かんでいたようだった。
 しかし、そんなことを察していちいち取り繕っている場合ではなかった。
「ヂェーンさん、話が飛躍し過ぎじゃないですか」
 冷静に受け止め、それをそのまま返す。
 そう?、と悪びれもせず、ヂェーンは怒ったような顔の年下の友人を見つめ返した。
 本心を飾ることなく放っている側が非を感じることは少ない。
 むしろ、偽ったり婉曲すること自体が付き合いの上でのタブーだと捉えているのだろう。
 今の自分のように、建前を気にして目的を見誤っている人間の方がこの場にはそぐわなかったのかもしれない。
 好きか嫌いかを論じているのではなく、彼女が感じた事実をありのままに口にしているだけに過ぎないことはわかってはいたが。

「………おれを唆してるんですか」
 自分を李功にけしかけたいと思っているのかと。
「…そうじゃなくて、応援してんのよ」
「………………」
 善意だという事実はすでに承知していたので、それ以上は続けられない。
 参った、と観念したように思う外はなかった。
「……それに、李功もまんざらじゃないと思うのよね」
「……?……」
 だって、ヘレンちゃんがモーションかけても、全然動揺してなかったしね。
 むしろこちらに気を遣っていたくらいだから、とヂェーンはふと考えるような素振りをした。
 あの年頃の男の子だったら、フェロモンをまき散らしたむちむちの異性が接触してきただけで、拒絶反応を示したり、亭主のターちゃんのように色気に宛てられて溶けてしまうのは行き過ぎだとしても、赤面して言葉に詰まるくらいの変化はあっても当然だと説明する。
 さすがは性の象徴だっただけはある者の見事な観察眼だが、言われてみればそうかもしれないと感じる部分はある。
 仮に自身がヘレンという年上の女性に強引に胸を押しつけられたら、外見は落ち着きながらも歳相応の拒否反応を示したと思うからだ。
 けれど、と思う。
 それがすなわち、行為の正当性につながるような気はしない。



「誰かを好きになることは、いいことなのだ」
 それが例え同性(吐血)…………すまないのだ………でも。
「ターちゃん先生……」
 突然側に現れた夫に見向きもせず、そーよ、とお茶でぐびぐびと喉をうるおしながらヂェーンが応える。
「…だから今回の件を相談したくなったら、私たちにしなさい」
 身近にいる身内は、絶対に反対するからね。
 そういうものだから。
 にこり、と広い顔面積を柔らかくして微笑みかけられる。
 誰とは正確には言わなかったが、髭面のおっさんは見たまま頭が固いからねー、と言外に言っているようにも聞こえる。
「大丈夫なのだ。蓮苞(れんほう)ちゃんは、趙君の味方だから」
 白華のまとめ役である立場上、態度では違うかもしれないが、と腰布一丁の世界を救った格闘家が諭す。
 その直後に、馬鹿ね!!それじゃ、二人の結末がわからなくなるじゃない!!!、と愛妻に怒鳴られて、胸倉をつかまれながら両頬を複数回張られていたが。

「……………」
 困った人たちだな、と思う。
 妻の方は下心のある親切だったが、的を射ていないとは言い難い。
 困惑したように笑うしかなかったが、そうなのかもしれないと、納得する気持ちも確かにあった。




(知性と感性の人(ヂェーンさん))
-2013/10/25
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