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李功(りこう)という男、その寝所が持つ意味

 影なき影が覆いかぶさるように、暗闇の中で結合の一部始終をどこか冴えた感覚が見守る。
 焦らすように湿った粘膜をかき分け、少しずつ距離を進ませ最後まで到達すると、無意識に深い嘆息を吐いた。

 下にした李功の体は精一杯広げた脚の間を見せつけるように、腰を動かして奥に達した雄をさらに引き込むような動きを見せた。
 自身の所作であるのに、毎回そこで一度極まったかのような顔つきと息継ぎをする。
 自分の倍の体積を根元まで銜えこんでいるのだから苦しくないはずはないだろうに、次に来る刺激を期待しているかのようにどこか恍惚としているようだ。
 その頭の中を覗き込んでしまうことは可能だったが、こういう時は決まって地面から生まれ水の中を昇って行く気泡のようなとりとめのない思いばかりが浮かんでは消える。
 あらゆる感情が弾けて消えて行く中に、たった一つの思いだけが残るよう、徐々に腰を突く動きを速めた。
 最初は小刻みに。
 次第に繋がった箇所がシーツから離れるくらい振り幅を大きく。
 相手を囲うように両腕を寝台の上に突き、李功の頭上に顔を近づける。
 耳目を近くに寄せれば、小気味良い呼吸音が聞こえてきた。
 合わせるように李功が感じ、全身を喘がせていることがわかるから、これが一人の作業だと錯覚することはない。
 気持ち好さそうだと心底実感するのは、腕を伸ばして相手から抱きしめられる時よりも、繋がった一点を通して互いが高まっていると感じられる瞬間だ。
 たん、たん、と尻を打たれ、穿つ回数が増して行くにつれて、李功が下肢を捻り、上体をしならせる。
 貌の脇についた太い手首に指を這わせ、耐えきれなかったのか汗で濡れた額をそこへ擦りつけてきた。
「………っ………」
 黒の艶だけが印象的な髪と睫毛とその端正な鼻筋の陰影。
 そこから覗く切れ長の双眸から何かを訴えるような光が瞬く。
 もっと激しいものを欲しがっているようにも見えるし、このまま同じ調子で突き続けてほしいと切願しているようにも受け取れる。
 媚態というにはあまりにも静かだが、李功は行為の最中眼を閉じていることが少ない。
 しっかりと何が行われているのかを捉え、本当に思考で知覚しているのかはわからないが、性交の始めから終わりまでを長い睫毛の奥から注視していた。
 それはまるで、仕方なくおまえにおかされてやっていると訴えているのではなく、誰とこうして交わっているのかを確かめることそのものが喜びであるかのように映る。
 今更相手の視線に気恥かしさを感じる初心な心などなかったが、そんな顔を見つめながら李功の好きな場所を選んで突いてやれば、ようやく大きめの声が上がった。
「…あ、…っ…!」
 それに興が乗ったように、李功が反応したところにぐりぐりと硬い部分を擦りつけ、嬌態を見せる姿を存分に視界に捉える。
 まだ余裕があるかと思ったが、下半身を揺らす速度が意図しない内にさらに速まっていたようだ。
 性急過ぎるな、と心のどこかで他人事のように思いながら、両腕の肘を折った。
 李功の側頭に額をつけるように上体を屈め、下の動きに専心する。
 絶頂に至るぎりぎりのラインまでを見定め、達する直前に加速していた注挿をぴたりと停止する。
 ひどい仕打ちだと思われても仕方がないが、ここで早々に射精するわけにはいかないからだ。
 下敷きにされている李功は、はあ、はあ、と大きく胸を喘がせている。
 下腹部のさらに奥様に、盛大に膨張し無数の血管を浮き上がらせた男根を収め、中心で自らも屹立させたまま呼吸を正そうと苦心しているのだろう。
 一度手で精液を伴わない射精を促してやっていたが、受け入れる側特有の性的な興奮を治めるのはかなり苦労するようだ。
 後ろと前に二つの爆弾を抱えているようなものなので、常人であれば気を割く必要などない生殖的な欲求に身を任せてしまえない今の状況は正に修練といっても差し支えないものだ。
 自分などは一つのことに集中すれば良いだけなので申し訳ないといつか気真面目な性根に触発されて相手に告げたことがあったのだが、それはお互い様だと鼻を鳴らされた。
 そもそも李功の絶頂の手綱を握っているのも自身なのだから、気にするな、と。
 その直後に、真昼間からこんな話を二度とするなよと、相貌を険しくして窘められた。
 尤もだとは思うが、いつ爆発するかもわからない肥大したものを銜えこんだままで自らの欲望も同時に制御しなければならないのであれば、並大抵の精神力では務まらないだろう。
 ふう、と軽く息を吐き出し、再び体をゆすり始めると、今度は李功は声を殺さずに喉を震わせた。
 感じていることを素直に明かすように、縋っている腕に汗を滴らせた頬を摺り寄せる。
 辛うじて浮かんでいた眸の光は今は大分かすんでぼやけている。
 おれもそろそろ終わると声なき声で白状し、ふと歪な笑みに顔を歪ませた。

 何年も就寝していたであろうこの広い寝台の上で、憎み忌々しく思っていた門派の師範に実の弟が組み敷かれ抱かれている情況を知ったら、李功の兄であったあの男はどんな気分になるだろう。
 そして李功も、何ら後ろめたい気持ちになることはないのだろうか。
 自分がわかっていることは、少なくとも李功に感じるところは少ないだろうということ。
 ここを使っていた本来の持ち主が誰であろうと、現実に繋がり、この空間を埋め尽くしている呼吸音と汗の弾ける音、嗚咽とそして時間を分け合っているのは他の誰でもないことを理解していると思った。
 ちゃんと李功は自身を受け入れてくれている。
 単純で紛うことのない一本の線で結ばれている事実。
 誰かと代わったわけではなく、一人の人間として目の前に居る、その現実を素直に受け止め認めてくれている。

 だからおれはおまえを選んだんだ。


 李功の背後に腕を伸ばし、シーツから掬い上げるように抱え上げる。
 接合した部分がわずかに浮き、重力とともに太股の上にはっきりとした水音を伴って落ちてきた。
 さらに深くなった結合に喘ぐように、李功の両腕が広い背に回る。
 力強い手で縋るように抱きしめてくる微妙な力加減に知らず眩暈を感じ、相手の首筋に鼻先を埋めながら片手をついてもう一度腰を浮かせ、長い下肢を器用に組んで胡坐をかいた。
 繋がったまますっぽりと、大きな体の上に李功の全身が収まった。
 ん、ん、と堪えるような声音を喉から発し、睫毛を震わせる李功の口角が耳朶に触れた。
 そこでようやく。
 今日初めてだろう、互いの唇をやっとのことで味わった。
 最初から口と口を深く合わせ、李功に両方の頬を掌で捕えられたまま角度を変えてとろとろに溶けた熱い口内を貪り合う。
 離れた隙間から透明なさらさらとした唾液が流れ、相手の首や鎖骨、胸を濡らす。
 好きだと言葉にするよりも明確な、上で繋がる行為。
 李功の腹の中で大きくなる自身を別の次元で捉えながら、陶然と口での交接を味わいながら飲み干すように貪り尽くす。
 まだ足りないと思って肩甲骨の当たりを押して尚も李功を追い詰めようとしたが、背筋に触れられた途端びくりと相手の体が撓った。
 そのまま直線的な動きで指先を揃えて下方へ下して行くと、今度はぞくぞくとした震えに。
 ぬちぬちと一定のリズムを刻み続ける結合部に後ろから直接触れた瞬間、指を求めるように李功の腰が後方に逸れた。
 反射的に予測していなかった部分をぎゅうと締め上げられた反動で、眉間の裏で強烈な光がいくつか閃いた。
 堪えるように額を険しくし、瞑目したが、間に合わず少量の精を放ってしまう。
 敏感になった李功の臀部の隙間を爪先で二三回ひっかくと、追うように相手も達したようだ。
 李功は抱きしめてくる体を片腕で抱き返し腹筋を浮き上がらせたまま幾度か前後に蠢き、粘りのある透明な液を上を向いた先端から吐いた。
「…………っ………はあ、………っ…」
 あ、と、追いすがるような喘ぎ声を漏らし、その上で両手で分厚い筋肉に覆われた肩をぎゅっと強く抱擁した。
 肌と肌が密着し、聞こえてくるのはくぐもったような啜りあげる音色だ。
 暫くの間李功の体の震えは治まることがなかったが、深いため息のようなものを吐き、上気した容貌が腕の間から持ちあがった。

「………まずいな…………」
 小さく喘がされ続けただけだというのに掠れた声にはまだ熱がこもっている。
 何を指して言ったのか、十中八九わかってしまったのは慧眼でもなんでもない。

「…『まだ足りない』、だろ……?」
 台詞の続きを代弁して返してやると、はあ、と艶っぽい息を吐き出しながら、現状には似つかわしくないような憎まれ口を叩いた。
 そうじゃない、とかぶりを振って。
「………『もっと、………い』、……だ」
 足りない、という下手に出るような感想ではなく、もっと強く、望んでいる方の形容が相応しいと。

「じゃあ、おれも望んでいいか…?」
「……?………」

 濡れた顔を大きな眼を開いてじっと覗きこむと、呆けたように李功の唇が薄く開いた。




(本格的な初夜が長い…!)
-2014/01/14
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