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李功(りこう)という男、そのやさしい眠り

 上から覆いかぶさったまま、李功の桜色に染まった耳朶に静かに息を吹き込むように低い声で囁いた。
 一秒にも満たないと思ったが、意味を理解するまでの間わずかに開いていた唇が震え、そして徐々に切れのある双眸が見開かれた。
 どんな表情をしているのか知るのは少し躊躇われたが、言った本人が申し訳ないと思っているのでは説得力に欠く。
 浮かび上がりそうになる苦笑を口の中で噛み殺し、かすかに瞼を伏せながら挑むように李功の貌を視界に捉えた。
「……………」
 閉口していると言っていいほど、相手の様子は静まり返っている。
 暗闇の中、内心を窺うようにこちらの動向の一切を注視されているようにも受け取れるし、どう返答して良いものか思案しているようにも見えた。
 強請るつもりはなかった。
 ただ、望んだものを言葉にして、それを実行したいと宣言した。
 単純に考えれば断られるのが普通だ。
 行為そのものの結果を先に言ってしまえば、まったく無意味なことだからだ。
 夫婦でも、況してや男女間でもない。
 気を含んだ精を体内で循環させずにその直腸のさらに奥でほとばしらせたいのだという提案は、拳士として高名を得ている者が発する内容としては相応しくなかっただろう。
 おまえの中に射精したい。
 雌雄の交合ではないから、勿論生殖のためではない。
 それでも欲したのは、ずっと望んでいたからだ。
 体外に精子を伴った精水を放つなら、李功のそこがいいと。
 考えれば考えるだけ馬鹿げた発想だと思う。
 男として、雄としての欲求そのものでしかないそれを、尊敬すべき親友であり、ライバルであり、まだ二十歳にも満たない年齢でありながら一門派を束ねている人間が善しと判断するわけがない。
 それでも、欲しくてたまらないという、けがらわしいが純粋な我欲だけで李功に告げた。
 闇が静寂を打つほど静まり返った寝台の上で、李功は潜めていた息をひとつ吐きだした。
 李功の所作は酷く緩慢だったのでその胸裏は計れなかったが、浮かされていた熱が鎮まったような顔つきでこちらを黙視した。
 呆れられているのだろう。
 男同士で繋がって、互いに高まり、欲望の際を迎えあっているだけでも滑稽なのに、その上をまだ欲することを。
 修行中の身にはあるまじき言動だと咎められても反論のしようがない。
 なのに、李功はいつものように口元を皮肉な笑いで歪めた。

「……………年長者として、おまえを殴りつけてでも、ここは止めるべきなんだろうが…………」
 つと声を途切れさせたのは言い淀む何かがあったのだろう。
 確かめるような真剣な面持ちで見返していると、李功は顔の下半分だけで苦笑した。
 目は笑っていないが、眉尻は下がり、なだらかな額の下で八の字を描いている。
「…………今は、おまえを離したくないっていう、……感情の方が……強いみてーだ…」
 李功は正直に自身の肉欲を認め、受け入れてくれた。


 言葉を返すことなく、口を噤んだまま再び李功の上で注挿を始めると、身を逸らすように相手の上体が枕の上に乗り上げた。
 返事もせずにいきなり始めるなと言いたかったのかもしれないが、衝動のままに動くことがここでは正解だと思った。
 結合部分で急加速した活塞運動に対応しきれず、あ、あ、とその口から声が漏れる。
 背後で出し入れをされる律動に全身をおかされ、跳ね上がる体を抑え込むように李功の両方の手指に指を添えて握り込んだ。
 体の両脇のシーツに貼りつけるように拘束し、ずぷずぷと激しいまぐわいを繰り返す。
 腰を入れられ、深い部分に感じるたびに歯を食いしばった李功が咽喉から嗚咽を吐く。
「……っじゃ、……」
 これじゃ、と、聞き取れないくらい逼迫した呼吸音の中で李功は今の状況を表した。
「……けだもの、の………ッ…、……じゃ、ねえか……っ……」
 動物の交尾と違わないだろうという例えは、明るい場所で耳にしていたら間違いなく自尊心を傷つけるものだったろうが、現状では李功の比喩に納得せざるを得ない。
 こうしてぐちゅぐちゅと体液を混ぜ合わせながら互いの敏感な局所を擦り続けているのだから。
 ああ、交尾だな、と頭の隅で苦笑いを浮かべる自分を感じながら、がつがつと貪るように李功の後ろの肉に獰猛になった下腹を叩きつけた。
 怒張した雄の象徴に貫かれ、本来狭いはずの箇所を拡げられただけでなく、加減を知らない強さで抜き差しをされる度、汗を浮かべた腹筋を反らせたり凹ませたりしながら逃げようとする下肢をさらに追い詰めるように背筋から下半身に至るすべての筋骨を使ってその一点を責め立てる。
 いつもの沈着冷静さなど失ったかのような荒っぽい所業に、反動で李功の両脚が持ち上がり、自身の下腹部で尻を文字通り縫いつけられたように体が折り曲がった。
 やめろという制止はなかったが、ほとんど正気を失ったような李功の鳴く声だけが荒く切迫したような呼吸音と心音の中に反響する。
 触れればあっという間に生き物を塵に変えてしまう炎を纏った炭で焼かれたように、決して鎮まることのない火が体の中央で勢いを増す。
 ん、とか、あ、とか、すでに泣き声に近いような李功の嬌声には、この激し過ぎる生殖行為を治めてほしいという懇願が含まれていたのかもしれない。
 であるのに、今の自分には、最後まで続けてくれと鳴いているように聞こえた。
「………っ」
 どくどくと脈打つ男根が柔らかい粘膜をかき分け抜き出す動きを脳裏と視覚で生々しく感じながら、振り子が振れるような大きな動作で一回二回三回、四回。
 血管を浮き上がらせ膨張し硬化した凶器が抜けるぎりぎりまで引き出し、李功の湿り熱された一番奥へと打ち付ける。
 五回目。
 今日最も深い部分へ到達した途端、びくびくと李功の全身が慄いた。
 内側で何かを感じる前に、口腔を開いて形の好い赤い舌を出す。
 昏い目元でそれを捉えると、無意識に自らの唇を舐め李功のそこに蓋をした。
 口内を分厚い他人の肉と唾液で蹂躙され、吸い上げられ絡め取られ、ぐうっ、と李功の喉が鳴る。
 瞬間、張り詰めていた李功の先端から白い汁が弾け飛んだ。
 尻肉をすぼめ、胸を反らせて精を出しきろうと体が動く。
 同時にぴたりと止まった腰の動きに異変を感じたのだろう。
 自身の知らない場所のその先で熱いものが溢れ、叩きつけられたことに。
「………!!!」
 悲鳴のような声音が漏れることすら許さず、李功の口中をおかす。
 宙に浮いた下肢をひきつらせても瓶の入口に栓をしたように動かずにいれば、受け入れる側にはどうにもならない。
 李功の体内の一番無防備なところで信じられない勢いで熱の塊が放出されていることを否が応にも感じているのだろう、反射的にその目に無数の水滴が浮かび上がる。
 李功の全身の自由を奪ったまま、肉棒の鈴口からびゅるびゅると迸る精液を本能のままに何度かに分け、すべて吐き切った。


「…………………」
 はあ、と逞しい胸を喘がせる。
 同じ男の射精からようやく解放された李功は、興奮の波の中で溺れ続けているかのように、まだ旨く言葉を発することすらできないようだ。
 ぼんやりとこちらを見上げているかと思えば、ぶるりと肌を震わせていまだ醒めきっていない体の内側と外側での射精の余韻を思い出しているようだ。
 少々というか、かなり一方的な、乱暴な性交だったという自覚がある。
 李功の濡れて赤らんだままの頬と半分伏せられた睫毛の下の焦点の合わない眸を眺め、相手の頭上で少しずつ呼吸を整えながらも申し訳ない気分になった。
「………………」
 何を思ったのか、見返してくる目がかすかに険しい。
「………?」
 不思議そうに見つめ返すと、なんて面してんだよ、と顔をしかめられた。
「………ああ、悪い」
 情けない面構えだったのだろう。
 自覚があったことなので、片言で詫びる。
「……………鼻の下、伸ばしやがって………」
 え?
 一応先ほどまでの行為を回想して反省をしていたつもりだったのだが。
 だが李功も怒っているように見えて頬の色が些かも変わっていないのだから、見咎めているようには少しも見えない。
 この場面で謝罪をするのはまさしく間の抜けたことだったのだろう。
「………さすがのおまえも、整わないみてえだな……」
 呼気が正常ではないことに気づいていたのだろう。
 気を高めるのとは真逆の行動だったのだから当然だ。
 肯定をする代わりに肩を竦めると、李功の手が伸びてきた。
 大きな背中を抱きしめる。
「おれの気、使えよ」
 耳元で小さく囁かれ、知らず笑みがこぼれた。
 承諾する意味で、ぎゅ、と抱き返す。
 李功の後ろの印に触れ、外気功を行って全身に行き渡らせる。
 冷たかった指先が温まって行くような温もりを細胞に至るまで感じ、恍惚と息を吐く。
 李功自身はまだ気怠げだったが、思い出したようにため息を吐いてはうっとりとしているようだった。
 重なったままでは思う通りに休めないだろうと察し、李功の半身を抱き、小さな頭部を枕に乗せてやろうとした。
「…おまえが使えよ」
 要らないと言われ、それならば、と片腕を李功の頭の下に伸ばした。
「……………」
 照れくさいと言わんばかりの顔つきで見つめ返される。
 至近距離で正面を向きあいながら横になったのは初めてだったかもしれない。
 李功の貌を見ながら眠りに就ける日が来るとは夢にも思わなかったが。
 寝ろよ、と口にする言葉の表面は乱暴にも聞こえるが、どこか気の抜けたような声調が届く。
「おまえこそ、先に眠っていいぞ」
 闇の中でかすかに好戦的な目つきではにかみながら返すと、李功は嘆息したようだ。
 しようがねえな、とでも思ったのだろう。
 ゆっくりと瞼を下ろし、最後にもう一度だけ鼻から抜けるような吐息を漏らした。
 あっという間に深い眠りに落ちたのだろう。
 強力な気の力の影響で李功は何をするにも切り替えが速い。
 意識を手放す直前に、ありがとうという短い音が聞こえた気がした。




(祝、初○出し…!)
-2014/01/17
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