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*◆、その抑制なき欲望

R18
「な…ッ……!?」
 驚いたのはもちろん李功の方だった。
 手に持っていたタオルを弾みで落としかけ、慌てて持ち直そうとした隙を突いて壁際へ体ごと押し付ける。
 絶妙の手加減で痛みを感じさせないように、壁と自身の体の隙間に李功を閉じ込めた。
「趙(しょう)……?」
 高い位置から至近距離で見下ろされた黒い双眸はどこか濡れたように揺らめいた。
「…………」
 一言を発するのも難解だと思ったのは一瞬で、すぐさま理性に切り替える。
 先刻の動きは衝動に突き動かされた結果だが、おのれの暴走しかける意識を制御できないほど未熟ではない。
 こうした場合に於いては自制など早々に捨て去ってしまえばいいのかもしれなかったが、それでは獣の行動と変わらない。
 肉欲だけで相手に接することが叶うのなら、そもそも親友に手を出そうと考える人間はただの卑怯者だと断言できる。
「…………李功、」
 辛うじて平静を保ちつつ、やっとのことで声を出す。
 李功を凝視しながら、笑うべきなのか、困惑すべきなのか、それとも慄くべきなのか。
 選択肢すらあやふやでおぼろげではあったが、表情を取り繕えるだけの余裕は今の時点ではなかった。
「………おれと、…………」
 心中で深く息を吸い込む。

 朝まで。

 一語一語に動揺しそうになる自身を懸命に奮い立たせ、喉から音を絞り出した。
「過ごしてくれるか……?…………」

 まだ馴染むほどの回数の朝を迎えたわけではない寝室に、二人分の忙しない呼吸音が響く。
 たったひとつだけの灯り取り用の大きな飾り窓は閉じられ、暗くなり始めた外の気配など気にも留めず。
 完全な密室で互いの発する少ない息を夢中で奪い合う。
 李功の無言の肯定を認めた後、間髪を入れずにその肢体を両腕で掬い上げた。
 李功に防がれる前に抱き上げ、大股に居間を横切った。

 相手が、おそらく見間違いなどではなく、確かにこうすることを待っていてくれたのなら。
 自分と同じように、この先、あと数分もしないうちに訪れるだろう情景を期待してくれていたのだとしたら。
 あの黒龍の敷地内で、わずかな緊張を隠しながら、来ないか、来てほしいと。
 家へ誘った瞬間から、李功が自身を体ごと待っていてくれたのだ知っていたら。
 もっと早くにその全身を抱きしめて、ここに閉じ込めていたというのに。


「……っ…、…っ、……」
 鼻から抜ける甘い吐息を籠った音として捉えながら、噛みつくように接吻を繰り返す。
 口を離しては角度を変えて塞ぎ、李功の首裏を押さえるように長い指を添える。
 やがて距離を取るいとますら惜しむように、向こうの舌が追って来た。
 倍はあるだろう大きな体躯にしがみつき、熱烈に求めてくる。
 本当に欲しがっているのだということは、李功の積極的な態度からも明白だ。
 普段はこちらの好きにさせてくれるが、男としての性ゆえか、能動的な行為を選ぶことも少なくない。
 首を仰け反らせて貪る李功の好きなように口舌を吸わせながら、背筋を通って尻の付け根まで背後に回した指を下ろす。
 名を呼び、口角に音を立てて口付けた。
「………先に、つながりたいんだが」
 肌の上を愛撫する前戯を省略して、一刻も早くその奥を満たしたかった。
 鼻先を突きつけ、真正面から目線を捉える。
 プレッシャーを感じさせる算段はなかったが、相手は綺麗な二重の瞼を半ばまで下ろした。
 おまえの訊き方は。
 わずかに歪んだ下唇をぺろりと舐める。
「……おれの是非を窺うためのものじゃなくて、断定、だよな…………?」
 親切心から意向を尋ねるのではなく、有無を言わせないための確認だと。
 けれど、そんな強引なところも嫌いじゃないんだろう。
 元々李功は他人に主導権を握られることを苦だと感じることが少ない。
 すべてを委ね、道を譲っているわけではなく、かつての師であったあの男に無条件で付き従っていたように、信頼できる者には最大限におのれを活用してもらおうと考えてでもいるかのような。
 依存とはまったく別個である李功独特の親愛の情が、深くて熱いものだと実感する。
「…だったら、金輪際訊かない方がいいか?」
 李功がそうしてほしいのならするぜ、と。
 挑発するように、しかし真摯な面持ちで、見つめてくる眼差しを真っ直ぐに射抜くと、訊けよ、と李功は渋々本音を吐いた。

「…………おれに、おまえを、…確認、させろ」

 唾液で濡らした指を李功の後ろに宛がい、湿らせるように数回円を描いて窪みに爪先を押し当てる。
 小さな抵抗を受けながらも押し入り、出入り口を締める括約筋を解すように中でぐるりと動かしてかき混ぜた。
 李功から詰めたような呼気が届いたが、構わずに前を扱きながら後ろで出し入れを反復する。
 李功は自らがされるようにこちらの下腹部も触りたがったが、直接的な刺激よりも視覚と感覚から得られる今の状況の方がはるかに効果的だ。
 潤滑油を施してもいないのに柔らかく解けている内部の熱量と感触が、これから入るだろう自身の雄に遺憾無い早さで血流を集めている。
 徐々に勃ち上がり、太い血管が表面に浮き上がっているのが良い証拠だ。
 それを見越して早々と下穿きを脱いだのは正解だったようだ。
 李功の腰布を乱暴にならない程度のタイミングで引き抜き、股間をまさぐっている間に、手早く脱衣してしまったのだが、想像していた以上に奥底から湧き起こる昂りに急かされているのだと自覚する材料としては充分過ぎるほどだった。
 李功、と名を呼ぶ。
 発する側も、答える側も、浮かされるように声音は掠れている。
「…………自分で、やってたのか…?」
 ぎしり、と寝台を軋ませて上体を屈める。
 自室で及ぶ自慰のさなか、その手で後ろも慰めていたんじゃないかと。
 冷静な頭では決して訊けないだろうことも、熱い時間の中に一歩足を踏み入れてしまえば意外なほどに容易い。
 卑猥なことを舌に乗せて、相手にもしゃべらせようとしている。
 汗の粒が連なり、米神を伝って覗きこんだ先の肌の上に雫となって降った。
「……………は、っ……」
 今も尻の奥を太い節でぐるぐると蹂躙されたまま、はあ、と熱っぽいため息を吐く。
 否定も肯定も返らなかったが、入口に力が加わり、引き絞られる。
「………………………」
 そのまま腰を揺らして、自らのその行為だけで李功は前から透明な汁をこぼした。
 思わず苦笑が漏れ、相手の耳朶に吸いつくようにさらに身を屈めて李功の孔に息を吹き込んだ。
 意味を解したからか、びくり、と全身が縦に振れる。
 言わせてやる、と。
 宣戦布告にも似た揶揄を受け止め、好いのか辛いのか、李功が微妙な顔つきになった。
 肩を揺らして笑い出したくなったが、敢えて留め、指で李功の好きな部分を数度ノックすると、意を決してそこから引き抜いた。
 過度の負担から解放されたかのように、白い太股の強張りが解ける。
 片側だけそこを撫でてから、放置していた李功の中心を片手で握った。
 ゆるく、強く、裏筋を親指でなぞるように扱き上げると、簡単にいくつもの露を鈴口に作る。
 同じ男特有のにおいを放ちながら目に見えて高まっていく李功の快感におのれの欲望を添わせ、二本同時に握り込んだ。
「っ……」
 詰めた息や動きがどくりと、音を立てたように直接雄の象徴に伝わってくる。
 下部を動かしながら手を上下させ、互いの先走りに塗れてぬるついた男根を離した。
 相手の両脚の付け根を掴み、開きながら下肢を寄せる。
 挿入の瞬間をしっかりと目に焼き付けるために、李功の上へ殊更ゆっくりと身を傾けて行く。
 上は視覚を。
 下は触覚を。
 沈み込んで行く深度に従ってせり上がっていく上半身を縫いとめるように胴体の一番細い部分を片腕で抱き込むと、丁度喉仏の真下に李功の細いおとがいが来た。
 腰、重くなる、とうわごとのような、事態への客観的なのか主観的なのかわからない感想が聞こえる。
 これからもっと重くなるだろうな、と嫌みではない本心を上空から告げる。
 負荷を与える意図などなく、細心の配慮を払うことを怠らなかったとしても、結局は李功をなかからくたくたにしてしまう事実は変わらない。
 鉄ではない、びくびくと脈打つ体温よりも高い温度の肉の塊を受け入れ、瞬く間に李功の肌の至る所に汗が浮かび上がった。
 少し揺すっただけで弾け、滑らかな流線を描いて散じていく。
 李功の真っ白な額に宿る『竜』の一文字すら淫靡に光らせ。

 あ、、、あ、、と。
 喘ぎを紡ぐ音の間断が短くなる。
 その数を数えられなくなるほど、自身が持つべき自制心の箍が外れ始めていることを遠い場所で知覚しながら、ただ無心で李功の敏感な部分を穿ち、二つに折った体を揺さぶり続けた。

 あと数回突けば耐えられなくなる。
 李功が後ろを攻められながら放つ間際を見極め、最も深い場所で激しかった律動をぴたりと止める。
 心臓がばくばくと破裂寸前の鼓動をかき鳴らす様を鼓膜の奥で捉え。
 鼻から深く酸素を取り込み、口腔から吐き出す。
 その間もずっと李功のほのかに色づいた姿態を視界に留めたまま。

 絶頂を迎える寸前で止められたというのに、軽く達してしまったかのように溶けたような表情の溜息を漏らし、ゆるく何回かに分けて下腹を揺らす。
 趙、と。
 繰り返される呼び声に惹かれ、相手の腹から胸に節の目立つ手指を這わせ、撫で、潰し。
 再びその上で動き始めた。

 李功の喘ぎも嬌声も、極まって零れる制止の音も。
 快楽を押し留める枷にもなりはしなかった。


(長くなったらすみません)