オヤジに三十回もくちを奪われている、五尺エースさん。
オヤジからは一回も奪えていなかったそうです。
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DLショップにて販売中の峨円裏漫画シリーズ・第一作目『性欲処理QB(きゅーぴー)』(2008年1月作品)について
これまで未収録だった小ネタを加えて、作品ファイルの差替えを行いました。
スマートフォンには後日対応予定です。※対応しました…!
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オヤジにちょめちょめされて、思わず感じそうなエースさんでした。
『白火』原稿処理作業はお蔭様で九割を突破しました。
ははは、と快活に笑う声が聞こえる。
「……やってくれたな、トリコ」
「大人しく切られるおまえにも責任の一端はあるぞ、ココ」
間に立つ小柄な青年はまあまあと場の空気を宥めるために必死だ。
こんなことは昔から日常的であるし、これしきで関係が悪化するような浅い付き合いではないが、特段深い絆で繋がっているわけではない。
単独プレイが多い美食屋稼業だ。仲違いをするもしないも、初めから仲間という概念はさほど眼中にない。あるのは同じ目的意識だけだ。
「…トリコ」
先刻から呼んでいるのだが、相手は鼻唄交じりに機嫌良さげな態度でこちらを眺めているだけだ。
短気な方ではないが、少しも煮え切らない態度にいよいよもって我慢も限界だった。
「いい加減、手を放してくれないか」
懇願ではなく明らかな嫌悪を含めた上での遠回しの命令であるというのに、相も変わらず素知らぬ振りだ。
はあ、と目の前で盛大に息を吐き出す。
「ボクの拳の上から手を握るのはいい加減やめろ」
手指が開かないよう、ご丁寧に更に大きな掌で丸ごと握りこまれているのだ。他人が羨むほどの長く逞しい指を自慢したいのかどうかは知らないが、両手とも近距離で捕まっているとなれば、不愉快に思わないわけがない。
温かい体温が、否応なしに伝わってくる。
これを不快だと感じない人間がいたら、是非お目にかかってみたいものだ。
トリコは何も言わない。言葉を交わすことを拒否しているかのように、冷然と見つめてくる目線を見返している。
自由が利くのは頭部と両足の三箇所だけ。先の尖った革靴で脛を思い切り蹴ってやろうかと考えた瞬間、心の内を読まれたかのように先手を封じられた。
「トリコ……っ!」
ああ、すまん、と口先だけの悪びれない返事が返る。
靴の上から容赦のない重みが伝わる。しかも今度も左右両方に体重が加えられているときた。
こちらも身動きが取れないが、間の抜けた話、向こうも同じ有様だ。
「丁度置きたい場所におまえの足があったんだ」
「…そんなわけないだろう…っ…」
思わず額に険を履くと、なぜか相手は目を細めたようだ。
薄く開いた瞼の奥から少し眩しそうな眼差しが覗く。視線の先は、大方珍しく外の光を受けた額面か。
「……一体おまえは、ボクに何をさせたいんだ?」
業を煮やしたように荒い口調で尋ねると、トリコはまたにんまりと笑った。まるで悪戯がばれた子どもみたいに。
「…いや、どうするかは考えてねー」
「………?」
瞬きもせず言いつなぐ。
「おまえがどうするのか、それを見届けようと思ってな」
わけがわからないと即答すると、またあの下品な笑みが目の前に浮かんだ。
一般の人間にとっては屈託のない微笑なのだろうが、長い付き合いであればそれ以上のこともわかってしまう。
そしてその事実を男は承知の上で行っているのだ。
ちらりと横目で周囲を窺うと、有難いことに、青年シェフとグルメ美容師の二人は共通の仕事である料理談義に花を咲かせている。
見ている者のいない、今がチャンスなのだろう。全くもって、腹の立つことに。
トリコ、と至極低い声で相手の名を呼ぶ。
「………、目を瞑れ」
「ん?」
大仰に首を傾げる。大柄であるだけに見栄えのする仕草だ。
意図が見え見えだが、こんなところで体裁を乱している暇はない。
「嫌なら、ボクが目を瞑る」
「……………」
何から何まで不本意だ。
有名な理髪店に呼び出され、髪を勝手に刈られただけでなく、こんなことまでやんわりと強要してくる。
強引なのにこちらの出方を窺って、一歩退いた場所で悠然と状況を一つひとつ観察して楽しんでいる。
結末は、向こうの思う壷。あるいは、どう転んでも無意味ではないと考えているのか。
どこまでも楽観的で、いつまでも主導権を握り続けている強運の持ち主。
苦み走った胸中を悟られまいと唇の奥で歯を軽く食い縛る。
わずかに胸を突き出しただけで離れてしまう距離。
不承不承、半ば相手の冗談であることを願いつつ瞼を閉じた。
数十センチ上空から降りてくる気配を何とか意識の外へ追い出すことに集中。果たしてその効果があったのかどうかはわからないが。
そっと触れてきた温もりが、弾力を愉しむように一旦離れ。
舌で湿らせた口元が再び重なる前に顎を持ち上げ、行動を先に制してやった。
早々思い通りになって堪るか。
様を見ろと思ったが、唇を合わせながら含み笑いが耳腔に伝わったのはそのすぐ後だった。
オヤジ、なんて名前で他人を呼ぶ機会があるなんて思いもしなかった。
今も、そしてこれからも変わらないだろう呼称。
だからおれは誇らしげに呼ぶんだ。
少し声が上ずることもあるが、気づかれてはいないはずだ。知られていても構わないと言えるはずもなく。
あんたを前にしたら、恥も外聞も何もない。或いは、その全部がある。
素のままでいられる。極自然に。意識することなく。
あんたは何も言わないで見ていてくれるが、おれにとっては大した変化だ。
あんたが引き合わせてくれた新しい大勢の仲間たちが、今のおれの生きる意味そのものになっている。
何も言わずにその場に佇んでいるだけで、すべてに納得することができる。
だからあんたは。あんたや仲間たちは、おれが守るはずだった。取り柄のない、ちっぽけなおれにできるのはそれだけだと。
守ることすらできなくなって。その術を奪われて。苦しいだけだったおれに、最後に与えてくれたおもいが悔いや後悔を一遍に濯いでくれた。
何も持たずに行ける。それがおれの人生のすべてだとしたら、思い残すことはなにもない。
オヤジにじわじわとちょめちょめされる、
オヤジの本命にして四番目の嫁こと、六尺二寸エースさんでした。