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◆、その招かざる客たち

 ごめんなさい、私ったら。
 ついはしゃいじゃって、と両方の頬を桜色に染めた妙齢の女性は李功の前でしおらしい態度を見せた。


 一瞬にしてそれが何者であるかを、記憶力の高い脳細胞が知覚する。
 抱きつかれた側の李功は束の間その綺麗な柳眉を寄せていたが、彼女が自ら名前を名乗ったところでようやく合点が行ったらしい。
「冬の大祝賀パーティ以来ですね」
 忘れられていたことに些かショックを受けながらも、にこやかに、そしてどこか照れたようにおずおずと笑いかけてくる。
 半年以上前に会った時にはもっと大人びた女性だと思っていたが、今の彼女はまるで少女のような天真爛漫さだ。
 どこが違うのか、瞬時にわかってしまったのは恨めしいほど聡い自身の性質が由来している。
 唇に施す紅の色が、娼婦のようなそれではなかったからだ。
 想像しなくても、白華を束ねる第二の実力者である最高師範の梁(りょう)に窘められたのだろうことは明白だった。
 華美な装飾や濃い化粧は、この土地では毒婦や淫売といった堕落した女の象徴だ。
 人目を引くどころか風当たりがきつくなることをつっけんどんな言葉で教えたのだろう。
 現にあれほど露出が激しかった服装も、襟のついた半袖のシャツと足首が見えるだけのパンツに履きかえられている。
 こうして見ると、年齢以上にあどけなく映る。
 唯一変わらないのは、頭の上で束ねた長い黒髪と、標的へのあからさまなアプローチだ。
「趙(しょう)…さん、でしたよね。ご無沙汰してました」
 ぺこりと向き直って礼儀正しくお辞儀をしてくる。
 まるで李功の若妻気取りのようだとの印象を覚えたのは、ただの錯覚だろうか。
 何とか波風が立たない程度の会釈に留めつつ、彼女の後方を窺うと、意外な人物と目が合った。
「智光(ちこう)師範」
 不機嫌なオーラを隠そうともせずに、毛穴の目立つ、縦にも横にも長い顔面積を持つ白華の師範は、自身と李功。
 二人の実力者を値踏みするように見比べた。


「ターちゃんとヂェーンさんに、こどもが生まれたのかー」
 赤ん坊を背負いながら奥さんとにこやかに笑い合う写真を食い入るように見つめながら、李功は思わず大きな声を上げてしまったようだ。
 髪の毛濃いな、とか、髪色はもしかして黒じゃなくて濃い茶色か?、などと、取るに足らない感想を漏らしている。
 両親が揃って茶色みかかった金髪なので面白いとでも思ったのだろう。
 遺伝的な観点からも、別に珍しくはないだろう、と横から茶茶を入れると、それもそうか、と素直な返事が返った。
 黒龍拳の総帥がそんなに無防備な姿を晒していいのか、と心中で注意を促したくなる思いを抑え、嘆息するだけに留めた。
 李功が親しい間柄の人間に対して表情が至極豊かであるのは今更確かめる必要はないほどの自明だったが、そうではない者が見ている手前、あまり朗らかに笑い続けてほしくはない。
 恋敵を見るように、ぎらぎらとした目つきで背の低い男に睨まれていることは気にならないらしい。
 これは一波乱。
 いや、それ以上あるだろうな、と否が上でも自覚せざるを得なかった。


「趙師範」
 案の定、李功よりも数センチほど低い位置からお呼びがかかった。
 ちょっと、と手招きで促され、仕方なく李功の側から離れる。
 本心を言えば、先ほどから笑顔を絶やさない、普段以上に柔和な雰囲気の親友からあまり目を離したくはなかったのだが。
「……何すか」
 一年半振りくらいだろうか。
 すっかり失念していたが、遠い彼の地へ赴任してからすっかりその存在を記憶の彼方に押しやっていたことを思い出す。
 一応年上ではあるが、自身の方が倍の長さを白華拳で暮らし、貢献した実績が山とある。
 どう贔屓目に見ても器量良しとは正反対の同僚を改めて見下ろすと、成長した、というより、一回り太ったのではないだろうかとの悪い印象が拭えない。
 常春ともいうべき土地で、修行らしい修行もせずに怠惰な生活を送っていたのだな、と思うと、西派の拳士の恥だと言ってしまいたくもなる。
 だがそれは男の師である梁(りょう)から口を酸っぱくして説教をされるべきであって、今ここで自身が諌めるのは出過ぎた真似なのだろう。
 智光は明らかに他者が同席しているにもかかわらず、聞こえないように配慮していることを明示するために、片方の指を揃えて口の横に当てながら声をひそめた。
「どうなってるんスか、そっちは……」
「………どっちのことすか」
 まともに取り合いたくないと、態度にも滲み出ているのも構わず、智光はどこか必死の体で答えを促してきた。
「『こっち』のことっスよ……!」
「……………………………………………………」
 智光がおのれの鼻先で指で輪を作り、人差し指と中指を揃えて前後に出し入れを繰り返す。
 同じ白華の師範とは思いたくないほど下品で卑猥な動作に、閉口を通り越して、汚物でも見るような目つきになってしまったのは致し方ない。
「僕がジャングルで日夜密猟者どもと激しい戦闘を繰り広げている間に、ヤッたんじゃなかったんスか…!」
 あいつと、と李功を顎で示し、スコスコ、と男女の交合を彷彿とさせるような男の腰使いを目撃したところで、ぶちり、と何かが切れた。
 殺気を瞬時に察し、ひいっ、と一瞬で眼下の智光が地面から飛び上がった。
 米神に青筋が浮かんでいるのが自身でもわかったが、同門の人間に暴力を振るうほど短絡的でもない。
 理性を保つべく、ふうーっ、と長い深呼吸をする。
 その前に智光の言った、『日夜敵と激しい闘いを繰り広げていた』のは大仰だろう、との胸中のツッコミも忘れない。
「……………それが、何か、……智光師範と関係あるんすか?……」
 自分と李功の仲の進展の度合いがそちらの動向に関与するものなのか、と。
 ひい、とまたしても小さな悲鳴を上げ、すっかり青ざめてしまった同僚を、質すように見下ろす。
 相手はもごもごと返答を濁したが、大きな瞳で睨みつけられ、覚悟を決めたようだ。
「…………あいつが、趙師範のモノになってないと、色々と困るんっスよ………!」
「…………………。」
 なるほど、と。
 その一言だけで、この状況のすべてを理解した。


 趙、と聞き馴染んだ声音に呼ばれ、踵を返すとそのまま呼んだ者の側に移動した。
 下劣な男の言動にいちいち付き合っていられないと思ったのも確かだが、李功の右腕にあろうことか二の腕を巻き付けて寄り添っている女の姿を目にしたからだ。
「どうした…?」
 仲の好い親友以上の間柄ではないと感じさせるような、何気ない口調で尋ねる。
「ペドロが結婚してたって、おまえは知ってたか?」
「いや……」
 ターちゃんの一番弟子である仏出身の青年が、野生動物を狙う密猟者たちへの対抗策として雇われていた元レンジャーの女性と新しい家庭を持ったことを教えてくれた。
 ペドロさんのところも、来年こどもが生まれるんですよ、と李功の真横から補足のような説明が届いた。
 だから彼女はここへやって来たんだな、と大体の見当をつけるには充分過ぎるほどの材料だった。

 十中八九、ヘレン野口と名乗る彼女は、お目当てだった周囲の男性たちが揃って家庭やこどもを持ってしまったため、その心の傷を癒すためにかつてターちゃん一家の一員だった梁の元へ身を寄せようと考えたのだろう。
 梁の息子の命を狙った刺客たちの一件にも関わっていたため、ここにいる人間とはそもそも面識がある。
 空総(くうそう)の誕生を祝う席でターちゃんの細君であるヂェーンの妨害に遭い、一度は李功を諦めたかに思えたが、周りにカップルしかいなくなったジャングルを離れ、今だフリーであるはずの李功に狙いを定めたのだろう。
 これで、予告もなく彼女が目の前に現れたことの辻褄が合う。
 そしてこれも単なる勘だが、なぜか彼女に懸想しているらしい智光を白華の里への案内役兼荷物持ちとして伴ったのだろうという予想はあながち外れてはいないだろう。
 単純に智光は、騎士さながらの護衛役のつもりで彼女の後を付いてきただけかもしれないが。

「……………」
 青天井を見上げ、鼻からため息を吐き出すと、不意に李功と目線が合った。
 おかしなところを見せてしまったかと反省し、口元に少しだけ微笑を浮かべると、すぐに視線は外された。
「……………?」
 建物から出てきた大道師の腕の中にいる赤ん坊がその原因だったのだろう。
 蓮苞(れんほう)に抱いてみるかと訊かれ、照れくさそうにしながら温かくてやわらかな対象をその胸に抱く。
 自然とヘレンなる者の腕が離れ、李功の剥き出しの素肌が自由になった。
 李功さんって、赤ちゃんが好きなのね、と、うっとりしながら、母になったことなどない彼女が呟く。
 赤ちゃんが好きで、こどもの扱いにも慣れている男性って理想的だと、脳裏の声が届く。
 知りたくもなかったが、事実そうなのだろう。
 李功は男が持ちたいと願うものすべてを備えている。


 こりゃ、ひと騒動ありそうだな、と。
 苦笑いを浮かべながら見守っている影が背後にもう一つあったことにも気づかなかった。

額は竜ですが…

ファイル 2898-1.jpg

額の文字は『竜』ですが
李功兼普氾ということで。

銀普(…なのか、趙李なのか…)。

ちびな相手に後ろから乗っかられて
気持ち好くなっちゃっているかもしれない
普氾というか李功でした(どっち)。

◆、その招かざる客

「これでいいか…?」
 新しい上着の内側に膨大な気の放出を抑えるための黄色の札を綺麗に縫い込み終えると同時に、折り目を整え丁寧に畳んで持ち主に手渡す。
 ああ、と答えた相手の顔に無心の笑みが宿っていることを認め、知らずこちらも笑顔になった。
 李功が素直に満足していることを知れば、余計な口を挟みたいとは思わないからだ。

「何か礼をしないとな」
 律義にこう付け加えてくれるのだから、相手との会話は退屈しない。
 だったら、と、数日前から思案していたことを打ち明ける。
「……おれの家に来ないか?」
 おまえの都合さえよければ、そのまま。
 続きを発するだけで、多少の緊張を舌が覚えたのは仕方のないことだった。

 そのまま、過ごさないか、と。

 明日が休息日であったので、仮に、李功に特別な予定がないのであれば。
 立て続けに驚くような内容を聞かされて、李功はやはりというか、案の定何度も瞬きを繰り返していた。

 随分昔からの話になるが、大分前から十七になったら白華拳の敷地内にある宿舎を出ようと考えていた。
 白華の村に実家を持たず、男で尚且つ独身者であれば修行の場で共同生活を選択することは珍しくない。
 数百人規模の門弟が犇めく白華ではそのすべてを収容できるような大規模な施設があるわけではなかったので、毎年空きが出ればその一室やベッドを巡って高倍率の抽選が行われた。
 逆に家族を持っている人間は、そこから通ったり、週に数日だけ妻子の元へ帰り、時間をともに過ごすことが慣例となっていたようだ。
 自身はまだ未婚の身だったが、幼い頃から養ってもらっていた白華からできるだけ早いうちに独立しようと計画をしていた。
 それは飽くまで単純な独立心から来るものであって、大恩のある白華拳という組織から逃げ出すための選択ではなかった。
 一人の男として自らの身を立てたいと願っていただけであることは、時に本当の姉弟のように接してくれた第七十五代目の大道師にも前以て打ち明けていた経緯もある。
 現に、白華から荷物をまとめ、前々から居住しようと考えていた建物に移る日も、蓮苞(れんほう)は手伝うことはないかと気遣いながらも最後には晴れやかな態度で夫や息子とともに見送ってくれた。
 一人前の拳士として成長した弟のような存在である自分がこれまで暮らしていた場所から旅立って行く姿を、どこか眩しそうに見つめていたのが印象的だった。

 一人暮らしの舞台となったのは、以前から交流のあった老夫婦が住んでいた一軒家。
 大きな村の中でも外へと続く門に程近く、隣は空き家になっているという、閑静な立地が住むのに適していると感じた。
 元々の住民は年齢のこともあって息子夫婦の元へ身を寄せてしまったので、もし良ければということで使わせてもらう機会を得ることができた。
 借家ではあるが住んでくれるだけでいいとの申し出を丁重に断り、毎月わずかだが金を払っている。
 職を持たない西派の拳士であっても、貯蓄することは可能だ。
 給金と呼ぶべきものではないが、修行中に何らかの収入を得ることはできる。
 農作業を手伝ったり治療を行った礼として、食料が手渡されることもあるし、それをさらに売り払って得られる金銭があった。
 それらは決して高額ではなかったが、小さな時分から将来を見越して少しずつ貯めてきた元手を使い、いつか自分の家を持とうと考えていた。
 もしこのまま住み続けて行くのなら、いずれは譲り受ける形になるだろうとの憶測もあるにはあったが、その時が来たらまた考えればいい。
 役職上、日々のほとんどを白華で過ごしている身分なのだから、定住することにこだわるつもりは毛頭なく、横になって眠れる居場所さえあれば事が足りるという考えは、師範用の私房を与えられていた時と変わらない。
 無論その手に入れた家屋が、恋人や伴侶と過ごす愛の巣になるだろうという目論見は、本来ならばゼロであったはずなのだが。


「…黒龍じゃ、住み込みで修行するのが一般的だからな」
 白華の村へ続く山道を肩を並べてともに進みながら、大人数を抱える白華だからこそ外から通うことが許されるんだな、と、他門派らしい感想を李功は口にした。
 ただ、黒龍拳の場合は三十二門派の中でも少し独特で、人数がそれほど多くないことは勿論だが、暮らしの基盤が鍛錬という一点に絞られている所以ではないかと推測される。
 俗世との隔たりを明確にして、朝から晩まで肉体と技を鍛えることに時間を費やすためだ。
 だからこそ黒龍拳は古来から女人禁制の一派の代表格であり、それゆえ結婚の適齢も平均より少し上なのだと、現在の総帥である李功から聞かされたことがある。
 黒龍とは異なり、修行の場とそうではない生活空間の境があやふやである門派も数多く、それは時代の変化に対応した結果であるというよりも、やはり慣習に近いものであったのかもしれない。
 一つの門派につきひとつの村を持つ西派独自の形態に従って、村人たちとの関係はそれぞれの地域で異なる。
 白華拳が三十二ある西派拳法の中で抜きん出た数の門弟を抱えていることも古くから変わらないことであったので、自分のように宛てがあれば宿舎を出て行く者がいることは特殊な例であるとは言えなかった。
 そして当然、独り身であった者が妻を持てば、おのずと村で暮らすようになった。

「荷物は片付いてるのか?」
 とはいっても、ほとんど私物はなかったようなものだから、心配するには値しないか、とかつて私室を訪れたことのある者らしい解釈が続く。
「持ち出したのは、特注の寝台と本棚くらいだな」
 それ以外はすでに家の中に備え付けられていたものを使用している。
 部屋は台所兼居間と寝室の二つしかないが、風呂が付いているので、独りで暮らすには充分過ぎるほどだ。
 近隣の村では当たり前のことだが、用を足すところは村人たちが共同で使っている。
 水は雨水を利用するか、自分で運んでくるしかないが、電気も少ないながらも一応通っているのでさほど不自由ではない。
 特に電化製品を持っているわけではないので、いっそ、夜は蝋燭一本で過ごしてもいいくらいだ。
「薪も一週間分を一度に運んでしまえば楽だからな」
 体力的にも力仕事というものに関して問題があるわけではないし、家の裏に回れば備蓄できるだけの小さな小屋もある。
 水だけは必要な時に溜めておかなくてはならないが、風呂など滅多に入ることもない。
 ふと、李功が破顔しているのを見咎める。
 いや、と李功は笑みを浮かべた理由を話すことを一旦躊躇ったが、隠す必要もないと思ったのか、続けて明言した。
「ほんとにおまえは、しっかりしてるよな」
 嫌みのない感情で笑いかけられ、ほのかに頬が上気した。


 他愛のない日常的な話題を選んで進んで行くうちに、あっという間に白華の領内に入ってしまった。
 李功と過ごす時間というのはいくらあっても足りるということがない。
 仲の良い兄弟のようだと評されたことは少なくない。
 門派の異なる歳の近いライバルであることは、その力量や素質が拮抗していることを知る誰もが認める事実だが、性格は全くと言っていいほど違うのに、生来気が合っていたのだろうとつくづく実感する。
 体の相性もどうやら好いらしいと評価するのは、さすがに調子が好過ぎるだろう。
 いつの間にかそうなった、と表した方が相応だったかもしれない。
 ぶつけ合うだけだったはずの互いの激しい勁(けい)の力が、重ねた肌を通して調和し、和合しているという実情。
 ひとりであれば決して手に入れられなかった幸運。


「…………………」
 不意に止めた足に気づき、李功が数歩手前で振り返った。
 あと数メートルで、村に続く大門を潜ることのできる距離まで来ている。
 なのに、何かが前へ進むことを躊躇わせた。
「どうした、趙(しょう)」
 訝るほどではなかったが、李功の問いにはっきりとした返答ができなかった。
 明瞭な言葉や形となって見えているわけではなかったが、脳裏に浮かんだのはもやもやというか、鬱々としたイメージ。
 嫌な予感がする、と拳士としての第六感が鈍い警鐘を鳴らしている。
 回避の可否を逡巡するいとますらなく、それが現実となって現れた。
 門をくぐったところで、眼前に飛び込んできたのは。

「……李功さんっ!!!」

 長い黒髪を頭上で束ねた影が、一直線に傍らの友人の胸に白い腕を伸ばしてしがみついた。

どちらに入れようか悩んだのですが…

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趙李と銀普と、どちらに分類すべきか
悩んだのですが、ひとまず次回新作のペン入れなので
オリジナルの方にアップしてみました。

後ろからはめこまれて(何を)
うーん、うーん、となっている、普氾(もとい李功)
でした。

四年前・趙李と同じく
銀針(というか趙)が目に包帯を巻いているので
何だか雰囲気的には
ちょっぴりブル炎のブルースっぽい気もしないでもないです。

どうでもいいですが、原作(文庫版2巻)で
どうして負傷後、李功に治療してもらう時に
目に包帯をしていればいいだけなのに
帽子(気を封印するアイテム)を
被っていないのだろうと疑問に思ったのですが
これから李功とアレなことに励むためにぱわー(なんのぱわー)を
溜めていたのかな、と思うと、
げふん、な脳内になるとかでした。
って、結局趙李かたりになってしまいました…。

◆、その貞操観念

 訪ねた先の他門派の敷地内で。
 頼みがある、と言われ、差し出された上着と呪符の双方を同一の視界に収め。
 普段であれば、教えてやるから自分でやれ、と無下に突き返すところだったが。

「……今回だけだぞ」
 短いため息とともに糸と針を受け取った。
 李功が携えてきたのは、新調したのであろう、真新しい衣服が三着。
 公式用が一着と、それ以外は普段使うものだろう。
「おれとしちゃ目一杯奮発したから、買って早々ぼろぼろにしたくなかったんだよ」
 耳に心地好い声音が奏でるその台詞を聞きながら口元にだけ苦笑を浮かべる。
 四年来の親友の手先が器用ではないのは百も承知していたからこその自然な反応だった。
 正しく表すなら、李功は不器用な人間ではない。
 実戦で見せる集中力は自分と同じくらいであるし、瞬時に精神統一を行った際の気の上昇の幅は、実際白華の最高師範である梁(りょう)と比べても遜色がなかった。
 ただ、こうした実生活に絡むことに関しては有り余る能力を発揮できない、要するに実用的な場面では一般の同性と変わらないくらいのレベルしかないと表すのが適当だろうか。
 黒龍拳の中で暮らしてきたのだから、幼い頃から身の回りのことは自力で何とかしていただろうとは思うのだが、この手の作法には一向に進歩が見られなかった。
 あの厳しそうな。
 現実に至極厳格であったろう歳の離れた実兄からも散々言われたであろうことを、皮肉な表情を浮かべて改めて発した。
「黒龍の若き総帥が、他人に頼り過ぎるのは感心しないな」
「………おまえ以外には頼んでねえよ」
 憮然として李功は言い放った。
「………」
 一瞬きょとんとしたが、相手に下から睨みつけられ、なるほどな、と得心する。
 必要以上に他人を頼っているのではなく、自分を宛てにしてくれていたらしい。

 さすがに、『早くいい嫁さんを貰えよ』などと口にしなかったのは、相手を誰にも渡すつもりがないからだ。


 気の放出を抑える特殊な札を手際良く懐の内側に縫い込んで行く様を眺めながら、李功は感嘆しつつ語りかけてきた。
「…趙(しょう)。おまえ、やっぱり女に持てるだろ…?」
 藪から棒だな、と思いながら、続きがありそうなのでそのまま耳を傾けようかと考えたが、自分にとってはどうでもよい部類の話題だったのでさっさと打ち切ることに決めた。
「そうでもないぞ。…むしろ色恋に気を割いてるような男も女も、西派拳士としちゃ二流以下だな」
 だったらおれは二流以下か、と朗らかに笑みを浮かべながら、李功はその鍛えられた肩を揺らした。
「なんで、持てると思うんだ…?」
 どうしてそんな感想を持ったのかと問う。
 注がれる眼差しが幾分穏やかだったのか、李功は素直に理由を明かした。
「まず一番に、内養功の術が得意だろう?……料理も旨いみてえだし、裁縫の腕も達者で家事も万能の師範なんて、そこら辺の里の中を探してもおまえ以外に見当たらねーよ」
 聞いているうちに気恥かしさを感じ、手元に視線を戻す。
 向こうは気づいていないようだが、好いた本人から惚気を直接聞かされているようで、居た堪れなさを感じたからだ。
「おれは李功の方が持てると思うぞ」
 辛うじて出たのは、前々から感じていた事柄だった。
 そんなことねえよ、と即座に怒ったような口調で否定してきたが、どうやら李功に自覚はなかったらしい。
 おのれが良くも悪くも悪目立ちをする事実を。
「気づかなかったかもしれないが、おまえが白華の村に通い始めた頃、何度もおまえのことを聞かれたんだぞ」
 数年前の武道大会で負った頭部の傷を治療するため、李功が半年もの長い間、白華を訪れていたことがある。
「珍しかったからだろ?」
 事も無げな返答が返る。
 余所の村の人間が物珍しく映っただけだろうとの見解は完全には間違ってはいないだろうが。
「……尋ねてきたのは女性ばかりだったんだ」
 それは異性に対して積極的に興味を持つような不道徳な娘など滅多にいない山村の風景には似つかわしくないものだったと記憶している。
 わずかだが、苦い思いが口の中に蘇ったような気がして目を顰める。
「おまえの気のせいじゃねーのか…?」
「……気の所為じゃない。…おまえはもう少し自覚を持て」
 好色とまでは行かなくても、見目好いというだけで心の食指が動くのは単純に人の性だ。
 男女の区別なく、好もしいと思った者に興味を持つのが生きている人間の当然の心理だからだ。
「そうは言ってもなー」
 おれには心配する要素が見当たらない、と李功は困ったような顔つきでこちらを凝視した。
 綺麗に整った、艶のある双眸でじっと見つめられ、思わず閉口してしまった。
 どうやら本気でそう感じているらしい。
 確かに李功は誰も伴侶として迎えるつもりはないと断言していたが、もしかしてそれだけで自身に浮気の心配はないと捉えているのだろうか。
 自分にそのつもりがなければ、他人がどう思おうとも無関係だとの解釈は、かなり強引だが、生来持っている気の強さゆえに意思が強固である李功らしい発想だと解釈できないこともない。

 言っておくが、と、敢えて語気を強めて忠告を添えた。
「………………おれの前で鼻の下を伸ばしてたら、何をするかわからないからな」
 好意を寄せてくる異性に対して油断をしている姿をもし目にしたら、李功に向かってどんな言動をするのか真実不明であるからこそ。
 自身が存外相手にだけは嫉妬深いということを理解してからは、そのどろどろとした熱情を我慢をしたり隠したりする行為が馬鹿馬鹿しく感じるようになった。

 おまえはとことんおれを舐めてるな、と憤慨したように眼下の李功は声を荒げた。
 さすがに他人に聞かれるのは憚られる内容だったので、事実夜はよくその胸や腹を舐めてるだろ、とは言わずに置いた。


(実は趙以外にもいい(?)男はいる、というのが内心のオチです。つづく…!)

あっという間に二月も間近

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ちいさい銀普。

一月があっという間に終わってしまう感じでしたが
そんなわけではないのですが
何となくバレンタインネタに。

一応銀針は白龍の中では薬師らしいので
こういう手作りっぽいものは得意かもしれませんでした。

こうなったら、あーん、だ、あーん、しかない…!
…と思ったことは秘密です。

舌の長さを比べてどうす(略)

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水百アニメGIF小ネタ。

百鶏にちょっかいを出すというか襲うのが日課というか
百鶏へのセクハラが日常茶飯事の
水×百(どんな関係)。

善は急げ?

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小さいバージョンの、銀普。

結局カワイコちゃん(?)のくち~びる~をゲットした、銀針。

好きになったこには
早々に唾をつけておかないとね!、の心の許、
やったことはないけれど何とかなるだろうということで
ほにゃららな行為になだれ込もうとした
勢いのあり過ぎる、ちいさい銀針でした。

*当時から横暴でした

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R18
何か言っていたら、趙に「黙ってろ」と言われる始末。

裏漫画のネームの名残の四年前・趙李ですが
何となく「えっ」と思っちゃう李功が
初心で可愛いかもしれないと思ったカットです。

ついでにこちらも

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水百の小さいバージョンとプラス(虹袍)。

言葉遣いの悪さというかくだけ具合からも
水錦と百鶏は子どもの頃は相当の
やんちゃをしていたのではと想像しています。

逆に虹袍は、さわやかに自分が好きな子だったような。

男らしさで言うと一番は百鶏なのですが(今も)
水錦は物凄く柔軟性があるというか、固過ぎない男らしさなので
色々とその辺は二人の口調にも表れていそうなイメージです。

何だかよくわかりませんが、水百でも小さいバージョンを
描いてみました。

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